CASE 4-2



 通夜の日は、細かい雨が降っていた。


 傘に当たる雨音が、余計な雑音を消してくれるようにと、葉子が誰かに頼んだのかもしれない。

 夕闇に浮かぶ灯りが雨に滲んでなんだか現実ではないみたいで、なんて幻想的なんだろうと考えていた。

 いや、現実離れをしたいのは自分か。

 涙は涸れることはないんだと、明日菜の泣き腫らした赤く重そうな両瞼からそれらが止めどなく流れるのを、痛そうだなぁと瘡蓋になりかけた頬の傷を濡らすのを、ぼんやりと見ながら思う。

 新は怖い顔をしたまま、吊った左腕を抱えるようにして足元を見ている。

 その様子に既視感を感じて、ああそうかと思い至る。

 ふいに幼い頃の二人を思い出した。

 この感じは、そう。怒られた時の二人の様子に良く似ている。

 静かに涙を流す明日菜と、唇をきつく結び怖い顔で下を向く新。

 悲しくて辛くてやりきれなくて、言葉にしたいことは沢山あるのに、何をどうやって言えば良いのか分からなくて悔しい二人。

 ごめんなさい、と全身で叫んでいる。

 今回は、二人が悪い訳じゃないのに。

 自分は、といえば夢の中にいるようで未だにまるきり実感が湧かない。

 騙されているような気持ちだった。



 脇見運転ですって。

 可哀想に。

 下のお子さんは、まだ小学生?

 どんなに無念かしらね。



 参列者から漏れ聞こえる話し声。

 耳を塞ぎたくとも、出来ないもどかしさ。

 雨音は、全てを消してはくれないみたいだ。


 

 お顔は見られないみたいよ。

 そんなに酷い事故だったの?

 あんな道でスピードを出していたみたい。

 壁に挟まれただけじゃなくて。

 それが崩れてさらに車の。

 怖いわねぇ。


 

 明日の葬式も雨かな、なんて考えている自分がおかしい。天気なんて本当のところどうでも良かった。

 疲れた。

 天気といえば、秋晴れの空が自分と似ていると、笑って言っていた葉子。

 どこが似てるのか聞いてなかったな。

 ああ、そういえば話し忘れてもいたっけ。

 新の名前は、葉子がヒントなんだって。

 ほら、新緑の季節に産まれただろ?

 それに産まれたての新を身体にくっつけるアレ……ほら、カンガルーケアだったよね? 見た途端に爆笑して、葉子にムッとされたアレ。産まれたてにもかかわらず二人があまりにも良く似ているものだから、新しい葉っぱをつけた葉子だって思ったらもう可笑しくて、幸せで、笑ってたんだ。

 明日菜の名前に菜の花があるのも、植物繋がりで考えたんだよ。

 まあ……多分、知ってたと思うけど。

 二人で考えたんだもんな。


 どうしたら良い?

 話したいことは、まだまだあるのに。

 聞きたいことも、たくさんあるのに。

 

 新に目を向ければ、今になってようやく涙が頬を濡らしていた。

 妹が出来たことに喜んで、だけどそれと同時に、母親を独り占め出来ないことに気づいた新が、兄らしくなったのはいつだったかな……そうだ、二人で迷子になった時だ。

 いや、正しくは明日菜が迷子になって思わず新が焦って探しに行ってしまったんだよな。二人が会えたのは良いけど、二人で迷子になって……。


 『迷子になったら動かないんだよ』


 そうそう。見つけたとき、明日菜が泣きべそをかく新の袖をぎゅっと掴んで立ってたんだ……今みたいに。

 迷子か……。

 そうだなぁ。

 どうやらお父さんも、迷子になってしまったみたいだよ。


 三人で動かないで待ってたら、迎えに来てくれるかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る