CASE 3-end


 なんだ?

 一体どういうことだ?


 イツキの目の前で繰り広げられているは、何だろう。


 眩暈を感じ、掴まるものを探して視線を泳がせた。何もない。あるわけがない。

 そっと隣に立つジンを盗み見る。

 凛として美しいその澄ました顔からは、どんな想いも覗き見ることが出来なければ、僅かな表情も浮かんではいない。

 自分は一体何を見せられているんだろう。

 この目が信じられなかった。

 この目を信じることが出来るのだろうか。

 信じても良いのだろうか。

 ああ、少年が見える。


 それは見覚えのある学生服の背中。

 


 その少年の見下ろす冷たい目の先にあるのは、ひとりの子供の姿だ。


「どうして? そんなのこっちが聞きたい。どうして僕の母親は、君のお父さんに殺されなくちゃならなかったんだ? どうして、君たちは笑顔で僕の前に現れたんだ? どうして? 聞いてみろよ。お父さんは人を殺したんですかって。君のお母さんに、聞いてみたら良いだろ? ほら聞けよ。聞けッ!! どうしてだよッ!! ……聞けないの? あっそ。そうだよな。なら……こんなものッ」

 


 少年は奪い取ったモノを、水辺に向かって思い切り投げた。

 

 それから……。


 それから?


 ……。

 


 少年は、ただじっと見ている。

 水の中に静かに沈んでゆく子供の顔。

 今度こそイツキにもはっきりと見えた。


ああ、そんな……。


 沈みゆく子供の大きく見開かれた驚愕の瞳に映る自分の顔を覗き込みながら、少年は呆然と己の両手を目の前に翳す。

 細かく震える罪に濡れたその手は、夕陽に染まって赤く見えた。



 少年は天を仰ぐ。

 その少年の顔。


 ……紛れもなく、新だ。


 新の頬に涙が伝うのが見えた。

 成し遂げた今、新は何を思うのだろう。


 そして新がジンにした願い。


 『……僕にも罰は与えられるべきなんだ』

 何故なら自分の責任は自分で負わなくては、ならないから。



「あんまりだ……。引き返そうと思えば、いつだって引き返すことが出来たはず! それに、それにあの子は……侑斗くんだった。侑斗くんだよ!? 京子さんの、京子さんの……息子の……」


 更にはこの少年の……新の末路を、その行く末を、ジンはイツキは知りすぎるほど

 なぜなら罰を与えたのは、これから罰を与えるのは、他ならぬだ。

 

 


 悪魔だ……おジンは、悪魔だ!


 涙でぐちゃぐちゃになった顔を向けて、イツキは叫んだ。

 どうしようもないこの想いを、何とすれば良いのだろう。こんな奴の手助けなんて、出来るわけない。こんな、こんな……。


 まるでその思いが聞こえたように、ジンが鼻で笑った。

 聞こえたように? 

 いや、確かに聞こえたに違いないのだ。イツキの考えることなど、イツキの思うことなど全て……。

 イツキに対し蔑む者を見る目をしたジンは、吐き出すように言った。

 

「悪魔……? ハッ。神だの悪魔だの。人間お前たちがどう呼ぼうとも、何と名付けようと構わない。その都合によって変わる名前とは単なる符号に過ぎないんだと、お前が一番よく分かっているんじゃないのか? それに、お前がした契約はまだ終わっていないぞ?」


契約?


「忘れたか? そうだよな。記憶を消したんだものな? さあ、最後まで付き合って貰おうじゃないか。このの素晴らしき世界でな」


 白く眩しい光は、イツキに精神的な痛みをもたらした後、常の如く全てを消し去った。

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