CASE 3-2
「じゃあな、
「お、また明日」
駅の改札口で片方の手をちょっとだけ上げ、挨拶を交わして友人と別れた。
バス停に向かう途中で、そうだコンビニに寄ろうと考えながら歩く。
あの事故のあった日から、
その中でも大きいもののひとつとして、今まで登下校に使用していた駅が使えなくなり、遠回りになると分かっていても別の路線とバスを利用して移動しなくてはならなくなったというのがある。
なぜなら、あの道を二度と通る気にはなれないからだ。
もちろん時間はかかるが、悪いことばかりでも無い。利点もある。
中学の卒業を間近に控えた今、いちばん仲の良い友達と残り少ない日々を一緒に登下校出来るようになったことだ。
この遠回りも、もうすぐ終わる。
高校に進学したら、何かが変わるだろうか。
ただあの道は、あの通りだけは、もう二度と普通に歩ける自信がない。
思い出しただけで足が竦む。
喉に何かが詰まったような気がする。
まさか自分の身に、こんなことが降りかかるなんて思ってもみなかった。
左肩が完全に治りきらないと感じるのも、医師からは精神的なものだと言われているが、それならこの先も治ることなど無いような気さえするのだった。欠けてしまった者には、二度と会えないように。
ふと顔を上げて前を見た。
何気なく。
考え事をしている最中は、なぜか足元ばかり見ながら歩いていることが多くなる。前を見ようと視線を持ち上げたその少し先に、見覚えのある顔が見えた。
あれ……。
あの顔?
途端、フラッシュバックした。
きょとん、とした妹の顔。
見たことのない母親の顔。
それは多分鬼気迫る、とか憤怒の表情とかいうのはこのことだと思ったその時。
同時に伸ばされた母親の腕。
予想もしなかったほどの強さで突き飛ばされる自分と妹。
その渾身の力が、運命を隔てた。
車が、突進して来ている。
運転席に見える男の顔が驚きと恐怖に歪んでいるのが見えた。
ハンドルを真横に切る手に力が入り、関節が白くなっているのも、目の下にある黒子も。
……見えた。
音のない世界。
その一瞬の悲劇。
それら一連の動きはコマ送りのスローモーションに似た非現実な現実。
母親は壁面に押し潰され崩れる壁の塊が車のガラスが……飛び散る。
唐突に音が戻る。
そして、世界の一変。
フラッシュバックが去った後は、自分の今いる場所に確信が持てなくなる。
地面の上に立つ自分の震える足を、しばらく不思議な気持ちで眺めていた。
新の荒い息遣いに、すれ違う人の何人かが怪訝そうに振り返り見る。
身体を動かそうとして、左肩に激痛が走り脂汗が流れる。
その肩に触れそうな程すぐ傍を、親子連れが過ぎて行った。
笑顔で。
楽しそうに笑い声を上げて。
すれ違いざまに目にしたのは、こちらにちらとも視線を寄越すことない、新の存在などには気づいてもいない笑顔だったが間違いようのない、忘れたことなどない、今にだって夢に出てくるあの顔!
あの男だ。
隣を歩く者に慈しむような視線を向けて、口元には今にも声を出して笑いそうな笑みを浮かべている。
アレはナンダ?
まさかそんな。
ユルセナイユルセナイユルセナイ。
笑うな笑うな笑うな。
母親の最期を為す術なく目の前で見ているだけだった新の後悔を笑っているように。
呆気なく壊れてしまった新の世界を笑うかのように。
ユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ。
新は両手を握りしめ、強く唇を結んだ。
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