第三章 転ぶ

CASE 3-1


 見つけた。


 ついに見つけたんだ。

 こんなに時間がかかるとは思っていなかった。違う。こんなにすぐに見つかるなんて、思ってもいなかった。

 

 その信じられない光景を目にしたとき全身の血が逆流するとは、こういうことなんだと知ったあの日とはまた違う震えがあった。

 今日のは、武者震いとか粟肌が立つともいうものかもしれない。

 それはきっと、探していたはずなのにとうとう見つけてしまったなんていう『いっそのこと見つからなきゃ良かった』的な逃げ腰にも似たある少しの後ろめたさや恐怖。

 こんなにすぐに見つかるなんて。

 生活圏が近いのだから考えようによっては当たり前だ。

 だけど今、僕は怖い。

 なぜなら、この後の僕に残されているのはあの日からずっと考えてきたを実行に移すだけだからということなんだろう。

 でもそれ以上にやっぱり許せない。

 あの笑顔が許せない。

 幸せそうに歩くなんて馬鹿にしてる。

 壊してやる。

 僕たちが壊されたように。

 僕が壊れてしまったように。

 大切な人を失うことのツラさが分かるなら、あんな笑顔でいられるはずなんてない。

 でも。

 果たして僕はそれを、成し遂げられるのだろうか?

 やらなければならない。

 やるんだ。

 どうしても。

 同じ思いをさせてやるんだと、あの日に誓ったように。

 


 ひと息にそこまで書いた後、ペンを置きノートを閉じた少年の横顔をジンとイツキは見ていた。

 その思い詰めた少年の横顔は、白く青くとても若い。優しく丸みを帯びた頬はまだ幼さを残し、春の夜空に浮かぶ朧月のようだ。

 何かを吹っ切るように乱暴な手つきでノートを抽斗に仕舞い机の上に突っ伏す背中に窓の外から花びらが一枚、何処からか飛んで来たのだろうか、柔らかく撫でるように着地する。

 イツキは思わずその背中に手を置いてあげたい衝動に駆られた自分に気づき、ぐっと両足を踏ん張った。

 あれ? どうしたんだろう?

 首を捻るも自身に向けて何か説明しようにも、この自分の感情の分からなさに釈然としない。


「……この少年が『あの日』に見たのは何ですか? それが今回ののヒントになるんでしょう?」


 訳の分からない感情を断ち切るようにジンの方を振り返り見れば「そうだ。分かってきたようだな」と頬に笑みを浮かべるジンの眼が少しも笑っていないことにイツキは恐ろしいものを見てしまったような気がして、思わず目を逸らす。


「いつ姿を現しますか? 今?」


 まだ幼さの残るこの少年が、誰かに復讐をしようとしているのは、イツキでも容易に分かった。ここまで思い詰める何かが『あの日』にあったのだということも。


「いや……この少年の『あの日』を見に行ってからにしよう。お前も知りたいだろう?」


 どうやったって知りたくないとは言わせないだろう。

 ジンの有無を言わさぬ言葉に大人しく従うイツキは、少年の背中を見ながら思う。


 自分はいったい、誰の助けになっているのだろう? 誰を助けているのだろう? 


 今頃になってもたげてきたイツキの疑問は、強烈な白い光と共に霧散した。

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