CASE 2-6


 ……黒いランドセルを背負った男の子が、ひとり歩いている。

 やや俯きがちで、その歩く速度はひどくゆっくりだ。前に進むのを渋っている様子が良く分かる。

 俯瞰して見れば男の子の少し先には楽しそうに笑い合う同じ年頃の三人の子供達。

 仲間外れにされているわけではないらしいのは、その子供達が時折心配そうな顔で背後を何度か振り返ることからも分かる。


「見ろ。あの子供だ」


「……見てますって。京子さんの息子? 侑斗ゆうとくんでしたっけ。何があったんでしょうね……なんだか帰りたくなさそうに見えるんですけど」

 

 イツキとジンは友達から離れ一人で歩く男の子の後ろを並んで歩きながら、話していた。


「あの子が……殺されてしまったんですよね? 犯人は、友達のうちの誰かなんですか?」


「ひとつ目の答えは、そうだ。ふたつ目の答えは、違う」


「ところで、ですね。さっき言ってましたよね? 自分にも助けを求める人の声が聞こえるようになるって」


「言ったな」


「うーん……じゃあ、聞こえるようになるとが分かるようになるんですか?」


「それ、とは?」


「なんて言ったら良いか……えーっと……全体像? っていうんですかね。今、自分には全く分からないやつです」


 ジンが形の良い眉を片方だけ持ち上げて、イツキを見た。


「……ほう?」


「え? つまり、何です? どゆこと?」


「感心しているんだ。お前の向上心にな」


 それを聞いたイツキは、結局ジンにはぐらかされた恰好になったことを知って苦虫を噛み潰したような顔をしてみせる。


「いいんです。どーせ、そんなことだろうと思っていましたからね」


「……嫌でもそのうち分かる。嫌でもな」


 それって……とイツキが言いかけた時、ジンの片手が伸びて空中でぴたりと止まった。同時に二人の歩みも止まる。

 目の前に視線を戻すと京子の息子が、離れて歩いていた友達とは別の方向に曲って歩いて行く。

 友達は気づいていないようだった。

 突然の行動だったのだろう。後ろを歩く侑斗ゆうとに全く注意を払っていなかったらしく、バイバイと手を振る様子もなければ声を掛け合う様子もない。とすれば、やはりここはいつもの別れ道ではないのだろう。


「どこに行くんでしょう?」


「行けばわかる」

 

 そりゃそうでしょうとも。イツキとジンの二人が後を追って着いた先は、住宅街の中にある小さな公園だった。

 ベンチがふたつ、滑り台がひとつ。

 遊ぶ子供の姿はない。

 かと言って誰も居ない訳ではなかった。ふたつあるベンチの一方には既に男子高校生が座り、携帯スマホを覗き込んでいる。

 京子の息子、侑斗ゆうとは公園の中央まで真っ直ぐに歩いて行くと、そこにある滑り台に登りその天辺でランドセルをお腹に回し抱えるようにして座った。

 しばらくそのままぼんやりと、遠くに視線をさまよわせている。


「……誰か待っているんですかね?」


 痺れを切らしたイツキがそう言った時、ランドセルの中から耳障りな電子音が鳴り響いた。侑斗ゆうとがノロノロとした動作で中から取り出したそれは、いわゆるキッズ携帯ケータイである。


「……はい、もしもし。ママ? ……うん。そう。まさか……ちゃんと行くよ。……分かった。……じゃあね」


 電話を終え子供らしくない溜息と一緒に再びランドセルの中にケータイを戻すと、胸にその鞄を抱えたまま、ついっと滑り台を降りて地面に立つ。


「京子さんからですよね?」


「そうだ。あいつは塾に行きたくない。だからこうやって何度かサボってあの機械ケータイを持たされることになった。また今も居場所が京子にバレて叱られたところだな」


 地面を擦る音が聞こえるほど、侑斗は重い足取りで公園を出てどこかに向かう。今度こそ塾に行くのだろう。


「そんなにも行きたくないのに……」


「京子の沢山ある後悔のうちのひとつだな。侑斗に塾の無理強いをしなければ、そうしてさえいれば生きてきたんじゃないか、と京子は思っている」


 それは違うという含みを持たせたジンの言葉に、イツキは「どういうことですか?」と素直に疑問を口にした。


「お前らがよく口にする『運命』とは、一体いつから決められているんだと思う?」


 良い時も、悪い時もそれは『運命』だったのかもしれないと頭を過ぎるあの瞬間。

 それをもたらしているのは……。

 

「うーん……直前の行動とか? いや、待ってください……もしかして、産まれた時から? アレ? でもそうすると産まれた時になるんだろう……?」


 いつの間にかベンチに座っていた高校生も居なくなってしまい、がらんとした公園でイツキはジンと二人向かい合っていた。


「なあ、イツキ? 原因と結果の連鎖の始まりは、何処にあるんだろうな」


「そんな……自分にはが分からないから……アレ? あれ?」


 何かが見えたような気がした。あるいは何かを思い出しそうで思い出せない感覚が、イツキをひどくもどかしい気持ちにさせる。


「……京子が目を覚ました。戻るぞ」


 何処から何を知るのかまた唐突に空を見上げるようにしてジンがそう言った時、イツキはただただ自身の頭を抱え文字通り髪を掻きむしっていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る