CASE 1-6
「明日菜さんのお兄さんが、人殺し……?」
イツキの
「そう、なんです。……やっぱり、引いちゃいますよね? それで、あたしとお父さんは、それが人に知られる度にまるで共犯者のような目で見られて……ううん、違う。あれは同じような人殺しのように見ている目だった。追いやられるようにして、あちこち引っ越しを繰り返してたんです」
「……共犯者? え? それって」
「実際の意味では、ないだろうよ」
ジンの言葉に、明日菜は力なく首を横に振る。
「いえ。ある意味においては、共犯者だとも言えます……お兄ちゃんの罪を隠して生きようとしている共犯者。楽になりたいと思いながらも、抜け駆けを許さないのは
あたしは独りじゃない。まだお父さんがいる。そして、お父さんもきっと同じように思っていたんだと思います。まだ明日菜が居る。
だから。
ありがたいことに……。
残念なことに……。
まだ、死ぬ訳にはいかない。
引っ越しを繰り返すようになる前の、はじめのうち、あたしは学校を辞めることも、変えることも考えていたけど、それだけはお父さんがきっぱり反対しました。あんなに受験頑張って入った学校だからって。
あたしにはそんなこと、もうどうでも良かった。
お父さんは、何にも分かってないって。
でもそうじゃないことは……何にも分かっていなかったのは、あたしでした。あたしが間違っていたことは、後になって分かるんですけどね。
学校は、皆と違うことがくっきりと浮き彫りになるだけの場所です。
あたしのこと見えている筈なのに、それまで見ていた筈なのに、その日を境に突然、透明人間になったみたいでした。
話しかけられることなんて無くなった。ちらと目を向けてくれることさえない。道端の石の方がまだマシかもしれない。
そうやって徹底的に無視しているそのくせに、すれ違いざまにあらぬ方向を見たまま『生きていられるの信じらんない』『死ね』『消えろ』『気持ち悪い』とか言われたり、階段で背後から押されたり。
虐めは、いつの間にかエスカレートしていきました。きっと良い
止める人はいません。先生たちにとっても、扱い辛い生徒がこれを機に居なくなってくれるのを待っていたんだと思う。
今まであった筈の、あたしの居場所なんてものは幻想にすぎなかった。
……だけど、それはお父さんも多分同じ。会社では針の
あたしが話さなかったように、お父さんもあたしに何も言わなかったけど。
それに学校は、まだ良かった。
あたしが人殺しの妹だと分かる前から知り合った人は、悪意を向けることの戸惑いを隠せなかったから。
困惑……かな。どうやって対応したら正解なのか、測っているような……だから無視に繋がるんでしょうね。
それは、あたしのことを、あたし自身がどんな人間かを、彼女たちは知っていた。まさか、人殺しの妹になるとは思っていなかった頃があったからです。
わずかに憐憫を見せる人もいたけれど、それは、拒絶に似ていた。そうして、あたしに怯えたような様子を見せるその子達の心の声が、聞こえるんです。
『可哀想だとは思うけど、どうにもできない。だからこっちを見ないで、こっちに来ないで……絶対に!!』
それに学校は、あたしに悪意を向ける人が、ちゃんと見えていたのもまた悪いことでなかったと、今になると思うんです。
ここに人殺しの家族が住んでいるんだと知られてしまってからの会ったこともない人の方が、うんと怖かった。
見ず知らずの人からの理由も分からない……理由は人殺しの家族ってことなんでしょうけど、あたしにはその理由の分かりようのない、迫害。
なぜ? どうして何もしていないあたしとお父さんまで?
何もしなかったから?
お兄ちゃんが人を殺すなんて、分かるはずないのに……家族なら、何でも分かるって言うの? そう? そうかな?
あたしが同じことを誰かにするかもしれない
その知らない人達の幾重にも増幅された悪意による執拗な攻撃は、それこそ恐怖以外の何ものでもありませんでした。
姿を見せずに落書きをされたり、石を投げられて窓が割れるなんて、まだ良い方。たくさんの知らない人が突然、悪意を
人殺しの家族は、人ではないの?
死んで償え、生きていてはいけないと言う口で、死んだら許さないって言うのはなぜ?
どんどん卑屈になっていくのが分かった。
それであたし、最初は分からなかったけどそれらから逃げようと繰り返し引っ越していく中で、分かったんです。お父さんが、あたしに学校を辞めさせなかった訳が。
逃げるのは、騒ぎに巻き込まれる近所の方々の圧力が大きかったからなんですけど、その人達にしてみれば、災難ですよね。よく知らない人が越して来たと思ったら、人殺しの家族。なんて気味が悪いって。
まあ、実際に嫌がらせの半分くらいは、その人達でもあるわけです。わたしとお父さんに出て行って欲しいから。
本当は逃げる必要なんて、ないんです。
だってこの先何処へ行っても、どこまで逃げてもあたしが人殺しの妹である事実は変わらないんですから。
だから追い出されないで済んでいるのなら、逃げずにその場所にいた方が良いって。……どこに行っても何も変わらないなら、顔を上げて真っ直ぐに生きていれば、知り合った人の中で、いつか分かってくれる人が現れるかもしれない。あたしとお兄ちゃんは同じではないって。
そうやって希望を持っていたかった。
そうやって希望を持たされていた。
「けれど、そんな人が本当に居るのかどうか知る前に死んじゃったから……もう分からないですけどね」
語り終えた明日菜は、すっきりとした表情で目の端で小さく笑って見せる。
その足元の辺りでは、
「人間はな。どんなに綺麗事を言っている奴でも、どっかで悪意を吐きだす相手が欲しいと思っているんだよ。機会さえあればと窺ってるんだ。そして、それを見つけては虫のように群がる。人間ほど浅ましい生き物を知らないね」
そう言ったジンが軽く蹴飛ばした空のペットボトルは、明日菜の父親の前までころころと転がって止まった。
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