CASE 1-3
水を
その空に吸い込まれた明日菜の悲鳴に似た願いはジンを、イツキを、混乱させた。
「……復讐は望まない、と?」
小さくこくり、と頷く明日菜は、しかしきっぱりと言った。
「そうです。……あたしの願いは、死んでしまったあたしの存在を、始めから無かったことにして欲しいということです」
「つまり?」
どういうこと?
「あたしの家族は、今はもうお父さんしかいません。だから……虐められて、どんなに辛くても我慢してきた。黙って独りで耐えてきたんです。お父さんに心配かけたりしたくなかったから。いつも、いつだってギリギリで思い止まってたのに……まさか、まさか本当に死んじゃうなんて……!」
「あー。だったら、生き返れば良いんじゃないんでしょうか? だって……それも出来るんですよね?」
これ以上ない名案に思えたイツキの提案は、明日菜の叫び声で一蹴される。
「……それは嫌っ!! もう嫌なんです……苦しいのも辛いのも、もうたくさんなんです。真っ直ぐに生きていれば、いつか良いことがある。そうやって……だから。自分の為だ、お父さんの為だってずっと我慢してたのに、悲しませたくなくて頑張ってたのに……あたし、死んじゃった。だったら、あたしの存在を最初から無かったことにしちゃえば、残されたお父さんは悲しむことも、苦しむこともない……そうでしょ?」
「ほう……なるほどな」
そう言って腕を組んだジンは、さも可笑しそうな笑い声をたてた。
「……って! そこ、笑うとこですか?」
「いや、何。良く似た人間を思い出してな」
くつくつと、
「それでお嬢さん? 明日菜の願いはそれで良いんだな?」
もはや仮面をかなぐり捨てたジンの妖しいまでに恐ろしくも目を逸らすことの出来ない美しさでもって絡め取られた明日菜は、合わせた視線を逸らすことなくその顔を青褪めさせたまま、今度こそきっぱりと力強く頷いたのだった。
「よろしい! その願い、しかと承った」
それを聞き、明日菜の浮かべた笑みは晴れやかなものだったが、イツキには泣いているようにも見えた。
晴天であるのに、降る雨のような……。
「……よかった。ありがとうございます。ああ……」
「じゃあ、さっそく明日菜の短い人生でも振り返ってみるか。飛び降りる前まで戻るぞ」
ジンがそう言い終えた途端。
あれほどまで晴れ渡っていた空に、すごい速さで渦を巻くように白い雲が押し寄せてきた。ぐんぐんと太陽の位置が変わる。空は茜色に染まりやがて薄暮は闇に変わった。
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