不死身

六田

第1話

 僕は不死身だ。

 僕はスーパーヒーローじゃないし、回復する魔法が使える訳じゃない。だけど僕は死ななかった。

 昨日、おじいちゃんと登山をしていたときおじいちゃんが足を踏み外して崖から落ちた。薄暗い山の中で一人になった恐怖から、辞めておけばいいのに僕は崖の下に降りようと試みた。何故だかとても自信があったのだ。その時は自分の手や足が不自然なほどに大きく見えていた。

 崖の四割ほどを下り終えたところで汗が目に入った。不快感を感じ、目を擦るために片手を離すともう一方の手を置いていた部分が崩れ、そのまま僕は崖下に転落した。そのまま地面に叩きつけられ死んだ。頭や肺が潰れるように痛かった。


 気がつくとそこはお風呂の中だった。

「いつまで入ってるの」お母さんの僕を呼ぶ声でこれまでの人生を全て思い出したような気がした。だけれど、何故か自分の名前は思い出せなかった。

 急いでお風呂から出ると「おじいちゃんに電話したい」と伝えた。最初は忙しいから、と断られたが必死に訴え続けていると電話を繋げてもらえた。

 おじいちゃんは生きていた。それどころか一緒に登山に行ったことなど一度もなかった。もちろん安心したのだが、どうも納得がいかなかった。お母さんに登山のことを話したのだが、夢を見たのだと言われた。それでも崖から落ち、地面に叩きつけられた痛みを僕は明白に覚えていた。あれが夢だとは考えられない。


 「翔太くん、いつもみたいに外であそばないの?」里美先生に声をかけられ、僕は幼稚園の教室の隅にいたことを思い出した。里美先生はハキハキとしていて美人だから幼稚園でも人気者だった。

 先生に昨日のことを話そうかとも思ったが、変なことを言う子だ、と思われたくなくて逃げるように外に出た。

 何をする訳でもなくウロウロとしていると滑り台の下でうずくまっている人影が目に入った。山田くんだ。

 山田くんはいつもみんなと少し離れたところで難しい本を読んでいた。お父さんが小説家だから家にたくさん本があるそうだ。よく難しい言葉を使うのでみんなから質問されてそのたびに嫌そうな顔をしている。

 僕はうずくまる山田くんの横に腰を下ろしていた。彼は僕の方を見ること無く「なに」と短く言った。

 僕は彼に昨日の出来事を話した。また、例の嫌な顔をされるかと覚悟したが意外にも山田くんは興味深そうに僕の話を聞いてくれた。

 「君は自分のことをどう思う」僕が話し終えると今度は山田くんがそう言って話し始めた。「それは前世の記憶かもしれない。君が君として生まれる前の別の誰かだった記憶が何かのタイミングで帰ってきたのかも。」難しい言葉だったが不思議と内容は理解できた。

 「それか、君は自分が死んだことをその理由ごとなかったことにできるのかもしれない。」

 普段難しい本ばかり読んでいる彼からそんな突拍子もない漫画みたいな話が出てきたことに呆気にとられていると、山田くんは笑いながら言った。「幼稚園ではカッコつけて難しい本ばかり読んでるけど、実は読んでも何にもわかんないんだ、家では漫画ばっかり読んでるんだ」山田くんの笑っている顔なんて初めて見た。

 でも、難しい言葉を知っているじゃないか、と僕が言うと「あんなの漫画にもよく出てくるし、小学校に行けば習うよ。」

 僕が落胆をあらわにしていると山田くんはより一層、愉快そうに笑った。

 しばらくしてから「どうせなら〝自分は人にはない能力を持ってるぞ″て強気でいた方が楽しいじゃないか。」と山田くんは言った。

 僕は不死身だ、そう思うのは悪いことじゃないのかもしれない。なんだかカッコいい気もしてきたぞ。


 「そういえば山田くんはこんなとこでなにしてたの?」僕が尋ねると山田くんは足元を指差し、「近くに猫がいるんだ」と言った。指差す先には猫の足跡と糞があった。

 するとタイミングを見計らっていたかのように「木の上に猫がいる。」という声がグラウンドの反対側から聞こえた。

 グラウンドの隅の桜の木の周りに人だかりが出来ていた。僕の背丈よりはるかに高い枝の上に三毛猫の子猫がバランスを取りながら立っていた。今にも落ちそうだ。

 誰もが怖がって木に登らない。僕は人だかりを押し除け一歩前に出た。

 僕がやるんだ。なんてったって僕は不死身なんだから。みんなが心配そうに僕を見上げている。遠くから里美先生が駆けてくるのも見える。ただ一人、山田くんだけが愉快そうに微笑みかけてくれている。

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不死身 六田 @sou-rokuta

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