第9話 帰還③



 夜が明けるとテーレマコスは乳母のエウリュクレイアに命じて酒宴の用意をさせました。朝っぱらから宴会ですか……。



 豚飼いのエウマイオス、山羊飼いのメランティオス、牛飼いのピロイティオスもそれぞれの家畜を連れてやって来ました。勢ぞろいしてきましたね。使用人ばかりですが。メランティオスは相変わらずオデュッセウス(老人)に喧嘩を売りますが、ピロイティオスは「あんたには賢い人の面影があるで」と仲裁に入ります。賢い人……オデュッセウスの事なんでしょうかね。



 一方で求婚者達もやって来て、邪魔者のテーレマコス殺害の相談を始めます。ろくでなしですね、相変わらず。その時左手の空に一羽の鷲が鳩を掴んで飛ぶのを見ると凶兆だとして思いとどまります。やれやれ、意気地なしなのやら慎重なのやら……。



 そして一同連れ立って屋敷に入ると、いつものように(朝っぱらから)酒宴を始めました。



 さて、テーレマコスが客人(本当は父親オデュッセウス)に対して乱暴をはたらかないように求めたのですが、舐められ切っているお坊ちゃんのいう事など誰も聞きません。完全に逆効果になってしまいました。占い師のテオクリュメノスも窘めるのですがそれも聞きません。



 それもその筈、彼等の運命は既に決まってしまったからです。この無道な振る舞いも運命のうちなのです。



 アテナ様の指図で決心を固めたペーネロペイアはテストの準備を整えてあらわれます。



 オデュッセウスが使っていた弓と矢、そして十二本の斧を広間に用意させました。この弓矢で十二本の斧の穴(柄を差し込む穴)を一射で射抜いた者と再婚すると宣言したのです。



 早速挑戦する求婚者達。ですが誰一人として弓に弦を張る事すら出来ません。しつこく試し続ける求婚者達を冷ややかな目で眺めながら館を出るエウマイオスとピロイティオス。彼等を追ってオデュッセウス(老人)が外に出ました。



 そして優しい口調でもしオデュッセウスが帰ってきたら彼の味方をするかどうか尋ねました。答えは勿論YES。それを聞いたオデュッセウス(老人)は遂に正体を明かすのです!



「見てみい! ワシはここにおるぞ! 苦労を重ねて二十年、やっと帰ってきたんや! そして知ったで、お前らだけが忠実なのを! あのクソ野郎共を打ち倒したらお前らにも妻を与えるで。財産も分けたる。この近くに家もやろう。見てみい、この古傷こそが! ワシがワシである何よりの証拠や!」



 見せたのはエウリュクレイアが見つけた古傷。これを見て確信した二人は泣きながら主に抱き着くのでした。いい場面ですねぇ……。



 そして彼は二人に指示を出します。侍女達を巻き込まないよう、扉に閂をかけ、何があっても中で仕事をしているよう告げさせ、中庭の門を閉めて閂をかけ、さらに紐できつく縛り付けさせます。



 準備を整えると三人は広間に戻ってきました。求婚者達はまだ挑戦を続けていますが、正直に言って無駄な努力です。リーダー格のアンティノオスなどは神さまのせいにする始末です。情けないですね。



 そこでオデュッセウス(老人)は自分にも試させてくれと願い出ます。求婚者達はもしかしたら……と反対しますが、ペーネロペイアは好意から願いを聞いてやろうと提案。テーレマコスはいよいよと覚ったのか、母に弓矢は男の仕事だからと母と侍女を部屋に帰らせます。息子の(珍しく)男らしい言葉に驚いた彼女は自室に戻りました。



 オデュッセウス(老人)は易々と弓に弦を張り、一つ弾くと燕の声のような綺麗な音を立てました。これを聞いた一同は顔色を変えます。その時大神ゼウスが右手の方に雷鳴を轟かせます。吉兆の追加に気をよくしたオデュッセウス(老人)は一射で見事に斧の目(穴)を射通してしまいます。絶好調ですね。彼がテーレマコスに目配せすると、テーレマコスは剣を帯び槍を手にして父の傍に立ちました。オデュッセウス(老人)はボロボロの服を破り捨て、逞しい肉体をあらわにしました。そして敷居の大石の上に飛び乗り箙の中の矢を足元に並べました。アテナ様は「顔だけ老人」という手の込んだ姿に変えておいたのでしょうか。



「さぁ、これでこの茶番も終わりや! これからまだ誰も射た事のない的を狙ったろうか。それを当てたら……銀弓の神、アポロンはんもワシを褒めてくれるんとちゃうか……?」



 鋭く放った矢はアンティノオスの喉元を貫通。求婚者達はオデュッセウス(老人)を罵りますが、逆に一喝されます。



「このアホタレ共が! 自分らのした事を考えてみぃ! おんどれ等の命、残らずワシが貰ろうたるで!」



 ビビりあがる求婚者達。情けないですね。数では圧倒しているというのに。戦い方は幾つもあろうというものです。が、彼らは逃げ惑うだけでした。そして逃げ道は塞がれていると悟ると、互いに励まし合い、剣を抜き食卓を盾として死に物狂いで立ち向かうのでした。ここだけならいい場面ですが……ね。



 遂に始まる最終決戦。まずエウリュマコスが胸に矢を受けて命を落とします。急に男らしくなったテーレマコスはアンピノモスを穂先にかけます。彼はその勢いのままに武器庫に入り込み、四人分の武具を運び出し、父とエウマイオス達に渡して武装させます。これで完全に形勢逆転。数の不利もなんのその、一気に優勢になります。



 俄然張り切り攻勢に出るオデュッセウス達。オデュッセウス自身は矢を使い切り槍を手にして獅子の如く賊達に襲いかかります。



 この間に山羊飼いのメランティオスはこっそりと武器庫に入り込み、多くの武具を運び出して求婚者達に武装させてしまうのです。全くもって忘恩の輩としか言いようがありませんね、こいつは。主の正体がまだ分かっていないのでしょうか。ハッキリと名乗っているわけではありませんし……いや、分かっていたら尚更「おくたばり」いただかないとアウトですね、こいつの場合は。



 テーレマコスは武器庫の扉を閉めていない事を思い出してエウマイオスとピロイティオスを向かわせました。急ぎ駆け込んだ二人はそこでメランティオスと遭遇。二人がかりでこいつを縛り上げて梁に吊るしてしまいます。ざまぁありませんね。裏切り者の末路です。



 二人は扉を閉ざして広間に戻ると再び主に加勢します。火花を散らす剣と槍。殺戮の暴風を防ぐ盾。その中にアテナ様がオデュッセウスの友人メントールの姿で現れました。彼らを励まし、風のように天井の梁に飛び上がると賊達が投げる槍を逸らして加勢するのです。



 これで無敵モードに入ったオデュッセウス達は容赦なく敵を追い詰め切り伏せ、獅子奮迅の活躍を繰り広げます。最終的に許されたのは怜人のペーミオスと伝令使のメドーンだけという有様でした。



 そしてオデュッセウスは老女エウリュクレイアに命じて硫黄を燃やして広間を清めさせ、忠実だった侍女達と対面しました。彼女達は主の手を取り、嬉し涙を流すのです。



 エウリュクレイアは気を取り戻すと一目散にペーネロペイアに事と次第を報告に行きます。が、アテナ様の力で眠っていた彼女。いきなりそんな事を言われても信じられません。



 とにかく広間に行くと、彼女はただじっと見守るだけです。まぁ……えらい有様でしょうし、そうなるでしょうね。オデュッセウスは微笑みかけ、汚い身なりをしているから分からないのも仕方ないとして当面の策を出します。



「この騒ぎが外に漏れたらこいつらの家族が騒ごうさかい、ワシが身なりを整える間は音楽を奏でさせて宴会しとるように見せかけといてくれへんか」



 さすがは智将ですね。カモフラージュに余念がありません。テーレマコスがこの策を実行している間に彼は湯を浴びて全身にオリーブ油を塗り、新しい服を着ると追加でアテナ様がイケメン度をアップさせました。



 これでもまだ信じられないペーネロペイアは策を講じます。



「オデュッセウスの手製の寝台をここに運びなさい。この人が休めるように支度しいや」



 オデュッセウスはそれを聞いていぶかしむのです。



「いやそれ、ワシがオリーブの老木の幹に作りつけとるんやから動かせへんやろ」



 他人が知る筈もない事を語った事で彼女の疑いは全て消え去り、二人はかたく抱き合うのです。夫は放浪中の艱難の数々を語り、妻は彼の不在中の苦しみを事細かに語り、やがて二人は快い眠りを共にするのでした。



 一方でお使い神ヘルメスは眠りを自在に操る黄金の杖を揮って求婚者達の屍に眠る魂を呼び起こし、ぶつぶつと文句をたれる彼らをハーデスの館に連れて行きました。



 翌朝、オデュッセウスは息子や豚飼い達を連れ、用心のために武器も持って老父ラーエルテースの許に赴きました。一人畑で働いていた父に全てを報告しますが、さすがに信じられません。そこで脚の古傷を見せると喜びのあまり失神しかけるのでした。



 この頃になると一連の騒ぎが街中に知れ渡っていきました。求婚者達の家族がそれぞれの亡骸を引き取る為に館を訪れます。殊にアンティノオスの父エウペイテースはオデュッセウスを恨み、周囲が諌めるのも聞かず決闘を望んで館まで押しかけてくる始末です。逆恨みもいいところですね。しかも相手は領主様ですよ……。



 オデュッセウスは老父の召使ドリオスに命じて門を偵察をさせると、事態の深刻さを理解したのか一同完全武装で出迎えるのです。そこにアテナ様がメントースの姿で現れ、ラーエルテースの傍らに立ち彼に剛力を送り込むと老父が投げた槍はエウペイテースの胸に命中。アテナ様に祈りを込めて投げたのが良かったのでしょう。



 同時にオデュッセウスは息子と共に剣を抜いて勇躍切り込もうとしました。そこにアテナ様が正体を現して両勢の間に立ち塞がり停戦するよう宣告します。すると敵勢は恐怖に青ざめ蜘蛛の子を散らすように逃げ去るのでした。



「ゼウスの裔であるラーエルテースの子、智謀に秀でたオデュッセウスよ、クロノスの御子の憎しみを受けへんようにこれで収めとき。ゼウス大神がそう思し召しなんやから」



 オデュッセウスは自分の守護神アテナ様のお言葉に喜んで従い、アテナ様にお礼の生贄を捧げにかかるのでした。


                     ――完―― 




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本当は笑えるギリシャ神話~智将オデュッセウス編 秋月白兎 @sirius1

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