第3話 ダメダメな二代目①



 さて、流れ着いたオデュッセウスは美しいニンフ・カリュブソーの洞窟に滞在しました。


 オリュンポスの神々はその殆どがオデュッセウスを憐れんでいましたが、海の支配者ポセイドンだけは彼を憎み続けていました。前回で述べたように、行きがかり上の事とはいえ、我が子であるサイクロプスのポリュペーモスの一つしかない眼をオデュッセウスに潰されてしまったからです。そりゃ怒りますよね。



 丁度この時オリュンポスの神々はゼウスの館に集まり饗宴を開いていました。が、ポセイドンだけはエチオピア人が捧げた百牛贄にあずかる為に西へと出向いていました。これも不幸と言うべきでしょうね。


 ゼウスはトロイア戦争を振り返り、人間たちを嘲笑って言い放ちます。



「自分達の愚かさが招いた災いやっちゅうのに神々のせいにして恨むとは……ほんまに愚かな奴らや」



 あれ? イリアスの冒頭で人類削減計画の為に大戦争を企てたのはゼウス様自身じゃなかったっけ……? まぁゼウス様がそう仰るのならそうなんでしょうね。人間なんかそんな扱いです。


 ですがアテナ様は違いました。



「アホなモンがアホさ故に滅ぶのは当然やけど……あの賢いオデュッセウスが……ウチのオデュッセウスがぁあぁぁぁぁぁ! ウチのぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ!」



 結構酷い言われ様ですが、アテナ様がオデュッセウス限定で慈悲深い事は分かります。実際この後もアテナ様が付きっ切りと言っていいくらいの展開になるのです。



 ゼウス様はアテナ様には甘いのか、急に態度を変えてしまいます。父親が娘には甘くなる法則は神々にも通じるようですね。



「お、落ち着け! 落ち着かんかい! ええ感じにしたるさかい! な? ワシら全員で決めたら、ポセイドンも一人だけ反対も出来へんやろうし……な?」



 こうなれば正に鶴の一声。あっさりとオデュッセウスを帰してやる事に決定です。早速オーギュギュエーのニンフ、カリュブソーの許に伝令神ヘルメスが遣わされます。



 一方でアテナ様はオデュッセウスの故郷イタケー島に降り立ち、留守を守っている彼の息子に会いに行きます。



 アテナ様はオデュッセウスの友人でタポスの領主メントール(メンテース)に姿を変えて屋敷に入りました。するとオデュッセウスの留守をいい事に我が物顔で酒盛りに興じているイタケーや近郷からの郷士達が目に留まりました。



「あかんわこれ……息子は無能な二代目やんけ……」



 と思ったことでしょうね。しかし無能な二代目テーレマコスは目ざとくメントール(中身はアテナ様)を見つけ、その手から青銅の槍を受け取り奥の間に招き入れました。



 横暴な郷士達は長椅子に横たわり好き勝手に飲み食いして騒いでいます。テーレマコスの無能ぶりが浮き彫りですね。やがて飲み食いに飽きたのか、竪琴が奏でられ歌が始まりました。


 それに隠れるようにメントール(中身はアテナ様)に囁くのです。



「こいつらは『おとん』のオデュッセウスが死んだと思うて母・ペーネロペイアに求婚して、毎日押しかけて来ては好き放題にしてるんや。もう『おとん』もアウトやろうし……」



 テーレマコスの無能・無力っぷりが遺憾なく発揮されてます。ですがアテナ様はお気に入りのオデュッセウスの為、情けない息子を励まさなくてはいけません。



「ワシはタポス島の領主メントール。あんたの父上とは昵懇の間柄です。あのオデュッセウスは大海原に囲まれた小島に閉じ込められてるのやろ。神々のお告げでもそうやったから間違いあらへん。そこでええ事をお教えまひょ。大急ぎで船と漕ぎ手ぇ用意して、まずピュロスに、次にスパルタのメネラーオスを訪ねて父上の消息をお聞きなはれ。このクズ達にもそれ知らせて帰らせなさい。あんたももう子供ちゃうのやさかい今後はしゃんとしぃや」



 余計なというか、キツイお言葉も添えて言い終えるや、アテナ様は海鷲へと姿を変えて飛び去りました。これを見たテーレマコスはアテナ様のお告げと覚り勇気百倍。不埒な郷士達に帰るよう言い渡し、「自分らのやった事にはいつか神々の報いが来んねんぞ!」と強気な捨て台詞まで付け加える次第です。神様が味方に付いた途端にこれですよ……小物っぷりが冴え渡りますね。



 翌朝、テーレマコスは使者を送りイタケーの人々を会議の場に招集しました。そこでテーレマコスは田舎郷士達が父の留守中母親に求婚し、我が物顔で自分達の財産を浪費する暴状を告発し、怒りのあまりに手にした笏を投げ捨て涙するのでした。



 なんでもっと早くそうしなかったのか……そこが駄目な二代目の証拠でしょうね。


 ともあれ、列席者達は一様に同情し、テーレマコスに反対する者はいませんでした。不埒者の首謀者アンティノオス以外は。



「テーレマコス、自分は怒り任せに偉そうな口を叩くがな、あれは自分の母親が悪いんや。ありゃ狡猾な女狐やで。居間におっきな機織りを据えてこう言うてん。『皆様、オデュッセウスは死んだけど、ウチがこの衣装を仕上げるまで待っとくんなはれ。彼の父ラーエルテースの死装束も用意せずにここを立ち去ったら皆に何を言われるか』て言うて我々を待たせといて、昼は機を織りながら夜にはそれ解いとってん。それじゃいつまで経っても終わらへんやんけ! 侍女の密告でわかったんや。現場も見つけた。もうちゃっちゃと再婚させてみぃ。そうせえへん限りワシらはおんどれの館を出て行かへんぞ!」



 なんとも無茶苦茶な言い分ですね。古代ギリシャでは直接民主制だった為、裁判の場でも互いに主張を展開してより多くの賛同を得た方が勝ちだったそうです。その為に「詭弁法」や「雄弁法」などの弁論術が発達したそうですが、これもそうなんでしょうか。



「アンティオノスよ、ワシは『おかん』の意思を無碍にはでけへん。ワシを頼るしかあらへん人なのやさかい。それ無理やりに追い出したら世の人々はどう思うやろか。ほんであんた達も償いも無しに他人の財産を浪費してええものやろうか。なんならゼウス大神にあんた達の命を奪うように祈っても……ええんやぞ?」



 テーレマコスがこう返して手を差し上げると、オリュンポスの方から二羽の大鷲が舞い降り、悠々と円を描いて飛び去りました。いかにも何かありそうですね。



 しかし、テーレマコスが父の消息を確かめる為に船と漕ぎ手二十人を用意してくれと頼んでも誰一人として力を貸す事も無く散会するのでした。薄情と言うか不信心と言うか……。よく考えればテーレマコスは一から十まで他人の力に頼りっぱなしですから、父親と比べられて見放されたのかもしれませんね。



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