約束をしようか、と言ったあと、夕子はなにも言葉を話さなかった。

 草子も無言のままだった。


 とても静かだ。

 なんの音も聞こえない。(しんしんと雪が降ってるせいかもしれない)


 それから少しして夕子はにっこりと笑うと、そっと自分の両手を背中の後ろに回して隠した。


「お花をあげる」と夕子はいった。

「お花?」草子は言う。


「うん。手を出して」

 その夕子の言葉通りに草子は自分の手をそっと夕子の前に出した。夕子はその草子の手をぎゅっと自分の後ろに隠していた手を出して、とても優しく握りしめるようにして握った。

 夕子は草子の手の平の中になにかを置いていった。

 草子が手を開けると、そこには小さな白い花が一輪だけ咲いていた。

 それは本当にとても綺麗な花だった。

 その白い花を見て「うわ」と思わず草子は小さな声を出した。


 草子がきらきらと輝く目で夕子を見ると、夕子はにっこりと嬉しそうな顔で笑った。


「さようなら、草子ちゃん」と夕子は言った。

 だけど、草子は夕子にさようなら、を言えなかった。

 夕子とさようならなんてしたくないと、草子は思っていたからだ。


 遠くで汽車の走る音が聞こえる。

 もう直ぐこの駅に汽車がやってくる。


 二人のお別れの時間が迫っていた。

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