彼女は努力家

夏秋郁仁

俺はそれがたぶん苦手

 彼女は努力家だ。勉強も運動もバイトも、恋愛だって頑張っている。その努力が実るかどうかは関係ないらしい。頑張った分だけ自分を認められるし、反省を次に生かすことができる、おまけに好きな人にアピールできる、とは彼女の談。

 俺はそんなこと思えない。というか、正しい努力だけが正しいと思っている。『自分に合っているモノを自分に合った分だけ自分に合うように努力する』。それが俺にとって正しい努力。彼女のように、何事にも全力で、という精神は理解はできれど納得はしない。


 例えば。

 彼女に勉強は合っているらしい。毎日キチンと復習予習してテスト前にも勉強して、首位をキープしていると聞いた。これは正しい努力だと思う。


 彼女に運動は合っていないらしい。体力も反射神経もあるのに何もないところでこけるし、投げ渡された物を受け取るのが下手だ。球技大会の為に友人と練習しているらしいが、これは正しくない努力だと俺は思う。


 彼女にバイトは合っているらしい。可愛らしい容姿と明るい性格で客の心も同僚の心もガッチリと掴んでいる。今はもうあまり見れないけれど、昔は早く役に立ちたいと周りの人間に質問に行っていた。

 その努力は正しい。


 恋愛は彼女に合っていない。彼女が好きな男は有名なクズだから。彼女自身は良い子なのに男を見る目は無いらしい。確かにあの男は見た目もいいし優しいけど、その優しさは女の子、しかも美人限定。

 裏では平然と仕事を他人に押し付けるし下衆な話ばかりしている。俺は恋愛は彼女に向いてないと思う。


***


「いきなり『野田さんの努力は正しくない』って、ビックリしますよ」

「……まー確かに勉強好きですし運動オンチですしバイト頑張ってますけど」

「『恋愛向いてない』ってのがだいぶ刺さりますね……周囲の人に見る目ないって言われまくっただけに」

「いや、好きな人いますけど佐藤さんじゃないですよ? あの人ニガテです」

「ですから好きな人はちゃんといますってば。恋愛向いてないかもですけどー」

「……誰か聞かないんですか?」

「ど、努力だけが気になるからって! ちょっと傷つきました……」

「心配してくれているのかと思いきや、気にしてるのは私の恋愛模様でなく努力議論でしたか」

「いやー心配してくれているでしょ。『佐藤は酷い男だから告白するのは気を付けろ』って、これは愛ある注意ですよね? 告白するのを止めておけと言わず、あくまで気を付けろってのがあなたらしいですが」

「『叶うかも分からない努力を続けることができるところは好ましい』、ですか? 好ましいですか! えへ、ありがとうございます! 照れますねぇ」

「……はい、指摘ありがとうございます。ですが運動も恋愛も諦めませんから! 努力に正しさなんていらないとあなたに認めさせるまでは!」

「お、応援してくれるんですか、私の運動や恋愛の練習……そこまでされるとさすがの私も落ち込むんですが……」

「あーいえ別に応援されたくないワケではないですはい気にしないでくださいほんと」

「私の好きな人の特徴……特徴? ……く、黒髪?」

「いやそんな怪訝そうな目しないでください! ちゃんと好きですよ!? ただ咄嗟に褒めポイントが思い付かないだけでして!」

「うーん……強いて言うなら目が好きです。暗くて生気がないのに、明るいとこを避けてるくせに光を求めてるみたいな、すがる瞳が好きですね。面倒と思うと眉を下げる素直なところも好きです。屁理屈捏ねて相手を負かした後に反省して落ち込むところも好き」

「――『野田さんだからスゴい』とかじゃなくて私の努力を見てくれたところがきっかけですが、今では面倒な性格も鬱陶しい根倉さも素材はいいのに磨かない外見も好きです……好きです! す、き、です!!」

「はー安心しましたよ。叫ぶまで『そんなやつ好きなの?』って目されてましたからね。気付けよ鈍感卑屈男。あっすみませんうっかり暴言が」

「あっ別に付き合って欲しい訳じゃないですよ。どうせあなたのことだからと長期戦覚悟ですし。まさか全く気付かれていないとは想定していませんでしたが。まあ良いでしょう。誘惑レベルを引き上げます」

「――努力家な私の全力を持ってあなたを落としますので、よろしくお願いしますね!!」


***


 彼女は、努力家だ。勉強も運動もバイトも、恋愛だって頑張っている。その努力が実るかどうかは関係ないらしい。俺に見てもらいたいという一心で努力している、むしろ今はその感情しか無い、とは彼女の談。

 俺はやっぱり正しい努力だけが正しいと思っている。『自分に合っているモノを自分に合った分だけ自分に合うように努力する』。それが俺にとって正しい努力。だけど最近は、彼女のように何事にも全力でという精神も格好いいな、と思っていたことを自覚した。自分にできないことをやってのける人たちへ憧れを、俺は無意識に押し込んでいたらしい。自分なんかは努力しても無駄だと言い聞かせていた。


 彼女に勉強は合っている。俺の好きな食べ物飲み物音楽に本まで。いつの間にか把握されていて、俺のことを勉強したんだな、と理解した。恐ろしいけれど、これは正しい努力だと思う。


 彼女に運動は合っていない。彼女に誘われて河川敷でバドミントンをしたけれど、ラリーが二桁に届くことはなかった。俺と遊ぶ為に友人と練習しているらしいが、これは正しくない努力だと思う。正直、俺の為に友人に迷惑をかけないで欲しい。


 彼女にバイトは合っている。最近知ったが周りの人間に質問していたのは俺のシフトだったり、俺が何を担当しているのかだったりらしかった。その努力は正しいのか? 最近は彼女がちょっと怖い。


 恋愛は彼女に合っていない。彼女が好きな男は俺だったから。彼女自身は良い子なのに、男を見る目は無い。俺は彼女の努力しか興味ない人間だし、告白されても動揺したまま返事してない薄情者だし、根倉だし笑顔が下手だし、しかも屁理屈捏ねる卑屈野郎だ。裏ではぶつぶつと自分を罵っているし貶めるような独り言ばかりしている。俺には恋愛は向いてない、切実に。


***


「また何か自分に文句言ってるんですか? そろそろ私が行きたいカフェの開店時間なので顔上げてくださいよ。なんで待ち合わせ時間の一時間前からいるのに待ち合わせ場所からはちょっと離れてるんですか」

「はいはい後ろめたさなんて感じなくていいですから! そこのカフェのオムライス、美味しいんですよー! 下見行って来ましたからね! ちゃんとあなた好みのとろふわ系卵にデミグラスソースのオムライスです」

「え、奢ってくれるんですか、デートっぽいですね! 今まで何度も行ったのに、頑なにデートと認めず『俺は練習台だ』とか言ってたのに!」

「いやー別に謝って欲しい訳じゃないですよ? ただそのくらーい瞳にもう少しハイライトを入れて、もう少し口の端を上げてくれると、私は気分上昇上機嫌になります」

「――ああ、初めて笑いましたね」

「ステキな笑顔、惚れ直しました」


「さあ、行きましょうか、先輩。今日こそ好きになってもらいますからね!」

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