【短編】『世界樹の魔法使い —正しさの伝え方—』
pocket12 / ポケット12
第1話 知らない部屋
目が覚めると、エリは自分が知らない場所にいることに気がつきました。
すぐに気づくことができたのは、エリがいつも腕に抱いて眠っているお気に入りのぬいぐるみがなかったからです。5歳の時に買ってもらって以来、ウサギのぬいぐるみを抱いていないとエリは安心して眠ることができないのでした。
「お母さん……?」
エリは、エリが起きるといつも優しく微笑んでくれる母親のことを呼んでみました。しかし返事はありません。
「お父さん……?」
今度は父親を。けれどやっぱり返事はありませんでした。
(どこなのかな、ここ……?)
不安の色を隠しきれない表情でエリはあたりを見渡しました。
どうやらエリがいるのはどこかの部屋のようでした。華美な装飾が施された部屋の中に、机や棚といった基本的な家具が整然と配置されています。
しかしそれとは反対に、いたるところに本が無造作に置かれているのが目につきました。床の上や机の上、エリが眠っていたベットの脇にもあります。まるで落ち葉のかわりに本で埋め尽くされた森のよう。きっとこの部屋の主は読書が好きなのでしょう。
もちろんエリはこんな部屋に見覚えはありませんでした。自分の部屋とも、両親の部屋とも、友達の家とも違います。ベッドは天蓋に覆われていて、天井にはシャンデリアがあって、あちこちに散らかっている本を除けば、まるで絵本のなかのお姫様が住む部屋のようにエリには思われました。
(本当にどこなんだろう、ここ……)
しかしいくら部屋の中を眺め、考えたところでわかるはずもありません。
そこでエリは思い返せる限りの記憶を
最後の記憶は家の近くで友達と遊んでいるところから始まりました。かくれんぼをしたり、鬼ごっこをしたり、おままごとをしたり。でも暗くなってきたからみんな帰ってしまって……だけどエリはもう少しだけ遊んでいたかったから一人で残って、それから……それから……それから?
その先がどうしても思い出せません。友達がみんな帰ってしまった後、エリは一人で何をしていたのでしょうか。しばらく頑張って思い出そうとしてみましたが、やはり思い出すことはできませんでした。
にわかに恐怖がエリを襲いました。自分の知らない時間があることがこんなにも怖いだなんて。安心というものは記憶に支えられているということをエリはこのとき初めて知りました。
あるいは誰かに攫われてしまったのかもしれない。ありうる可能性だとエリには思われました。
しかし結局、これでは事態が動きだすのを待つしかありませんでした。例えば、エリをこの部屋まで運んできた人物がやってくるといった事態が……。
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