第9話
「と、いうわけなの、留美。二人きりでご飯だよ。信じられない!」
講義の合間の休み時間。優は隣の席で新発売のコーヒーを味わっている留美にさっそく報告した。
「誘いに乗るってことは脈アリかどうかはわかんないけれど、好印象ではありそうだね。――でも、うかれは禁物だよ?」
ビッと、ペットボトルのキャップで優の顔を指し、留美は声のトーンを落とした。
「初めての二人きり。バイト以外では全く知らないことだらけの相手。――君はきっと、緊張でパニック状態になることでしょう」
うっ、確かに――と優は喜び顔から一変、不安気な表情になる。そうなることを見越していた留美は微笑んだ。
「でもね、大丈夫よ。それは相手も同じだから。同じように緊張しているはずだよ。それがわかっていれば、ホラちょっとは気が楽になるでしょ」
私ってば、飴と鞭も使いこなしちゃってカッコイイじゃない……。と内心悦(えつ)に浸りつつ留美は一口、コーヒーを味わった。
「う、うん……。確かに。あのさ、もしかして留美って、実は本当はすっごく経験豊富な人――?」
「まさか。うちにはお姉ちゃんがいるからさ。人生の先輩がね、良くも悪くもお手本を見せてくれるってわけ」
「あぁ、そういうこと。――ちょっとホッとした。とても大人っぽく見えたから」
思いがけない答えに思わずコーヒーを吹き出しかけた。
「――それは良かった、姉に感謝しておこう」
そう言って笑いながら、確かにちょっぴりと自分が大人になったような、心の奥底がむずむずするような気分に気づき、留美はくすりとした。
5
太陽はいよいよ輝きを増し、日が暮れても尚、地面を覆うコンクリートにたっぷりと余熱と残す。夏はもうそこまできている。優は一人、駅前のターミナルを見渡せる位置に立っていた。白のふんわりとしたブラウスと、健康でスラっとした足によく似合うレギンスにデニムのスカート。そして涼しげなサンダルという出で立ちだ。
「さりげない女の子らしさ。初めてのデートはそれくらいのほうがいいわ。可愛らしさ全開で行くのは男の人の好みが分かっていない時点では危険だし、サバサバした格好だと、相手は意識されてないかも、って思うかもしれないから」
人生初の「気になる男の人と二人きり」というシチュエーションに狼狽(うろた)えまくりの優に対し、留美は的確にアドバイスをしてくれる。
「でもそんなこと言われても、どれにすればいいか分からないよ……」
何軒服屋を巡ってもこれだ、と満足できる服がなかなか見つからず、優は焦りに焦っていた。そんな彼女を見かね、趣味じゃなかったら却下してね、と前置きをして留美が幾つか候補を選んでくれた。だが選んでくれたものがどれも好みに合った可愛いもので、これまた迷いながら何とか一組選んだ後、二人はすっかりヘトヘトになってしまった。
「でも、おかげで大丈夫って気がしてきた。ありがとう」
「いいって、いいって。まぁ、頑張ってこい」
そう言ってガッツポーズでエールを送ってくれた親友と別れた後、家に帰り慣れないお化粧に取りかかった。マスカラにチーク、アイシャドーにリップグロス。世の中の女の子たちは毎日これをしているのかと驚嘆しながらメイクをしていく。仕上げには留美に借りたコテを使い、髪の毛をフワフワにした。数時間の格闘の末、何とか出来上がった姿を鏡で見ると、
(いいかも……)
そこにはいつもの自分とは違う、女の子の姿をした自分がいた。
腕時計を見ると、そろそろ待ち合わせの時間になる。
(緊張してきたな。でもここまでしてくれた留美のためにも頑張ろう)
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