第6話
いつものようにバイト開始時間に余裕を持ってお店に着くと、店内にお客さんはおらず、店長が一人で帳簿の確認をしていた。優の気配に気付くと、顔をあげてにっこりと微笑む。あまりばっちりとしたお化粧をしない人だが、薄付けのリップとフサフサの自睫毛が元々整った顔立ちを充分引き立てている。
「こんにちは。いつも早めに来てくれるから助かるわ。そろそろ翔太の迎えに行かないといけないのよ。空調の調子が悪くってもう少ししたら業者の人が来るのだけれど、お願いしてもいいかしら」
「はい」
翔太というのは店長の息子さんだ。幼稚園の年長で、時々お店にもやってくるがまだ優には慣れてくれない。バイト歴の長い悟さんや、他のパートさんたちには懐いていて、楽しそうに遊んでいるところをみるといつも少しばかり嫉妬してしまう。
「店長。あの、ちょっと個人的なことなんですが、聞いてもいいですか……」
今まで仕事以外の話をしたことがないことと、今から聞こうとしていることで悟さんへの気持ちを知られてしまうことに緊張が高まる。だが一歩でも前へ進むためにがむしゃらにやって突破口を探し当てようと決めたのだ。店長は、ん?という表情で顔をあげた。
「悟さんのことなんです。――彼って彼女さん、いるんでしょうか」
「悟君? 彼女――」
店長は、あぁ、といった顔になると微笑んだ。
「そうねぇ、実はあまりプライベートなことは話したことないのよ。ごめんなさいね、力になれなくて……」
いえ、と俯(うつむ)いた優に店長は言葉を続けた。
「彼は長くここで働いてくれているし、仕事ぶりもとっても真面目で頼りになるわ。ただ、どうしてもお店のなかだと私からプライベートなことを聞いたりするつもりはないの。何故かというと、ここに来る時はお店の外の世界のことを置いてきてほしいからよ。辛いことや、抱えてしまっていることを含めてね。大人になっていくといろいろあるじゃない。もしも、あなたが彼のことを知りたいと思うのならば、直接本人に聞いてみるのが一番だと思うわ」
そう言って優しく肩を叩いた。
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