第5話
その日、お風呂から上がった後、台所の引き出しの奥から今まで一度も使う機会のなかった栓抜きを引っ張りだした。冷蔵庫で冷やしておいた瓶をテーブルに置き、栓抜きの爪を蓋に引っかける。そして、そっと持ち上げた。
シュッ、ポンと音がしたかと思うと、シュワシュワと楽しげな泡の音。コップにとくとくと注ぎ、じっとそれを見つめてみる。
蛍光灯の灯りの下、黄金色の液体と弾けて登る粒さの泡たち。
(味わって飲もう)
唇をつけ、クッと一口。途端に、ピリッと辛口の、強めの炭酸を舌に感じた。
(なんだこれ)
美味しい、というのだろうか。期待していたのとはちょっと違った味。もう一口飲んでみる。さっきよりも慣れたのか、ピリピリとくる感じがいいのかも、と思えた。
(何と言うか、大人の味――)
コップを片手に持ち、窓辺に近づいた。東京の夜は明るい。長野ならたくさん見えた星がここでは僅かしか見えない。
(でも、今私はここにいる。悟さんも、留美も、この同じ星空の下にいるんだ――)
窓を開けると心地よい夜風が頬を撫でた。
(よし、明日からまた頑張る――かな)
東京の夜空が、ちょっぴり好きになれたような気がした。
3
「うん、素敵な恋をしているって感じがするね」
嬉しそうに悟さんの話をする優を、留美はにこにこしながら聞いていた。
「そうなのかなぁ。でも、おかげでバイトがすごく楽しいんだ」
「初めてのバイトでそんないいところが見つかるなんて本当ラッキーだよ。私はファミレスだけど、全然そんなこと無いというか、普通だもの」
「本当ラッキーだったの分かってる。感謝しているよ」
「え、誰に?」
「ん、都会の神様、かな……」
何だそりゃ、と笑ったあと留美はちょっと真面目な顔をした。
「でもその彼、優しいしかっこいいんでしょう? モテそうだけど、彼女はいないのかな」
『彼女』という響きに胃のあたりがきゅっとした。うすうす思ってはいたのだが、考えないようにしていたのだ。明らかにどんよりムードになってしまった優を見て、留美は慌てて話の方向を変えた。
「そういえばさ、そこの店長さんの講習興味あるな。コースもいろいろあるんでしょ?」
「うん。今度パンフレット持ってくるよ」
丁度そこへ、教授が来て講義が始まった。しかし優は、授業の内容より、悟さんのことをもっと知るにはどうしたらいいのだろうと考えていた。
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