独白『イリンクス』~アルマジロ無幻・外伝~

北川エイジ

1

[2035年]


 キャンピングカーの車内。

 モニターにアニメドラマ『イリンクス』の映像が流れ始める。


 ライラが気に入っているアニメだ。


 タイトルは主人公の名前そのまま。簡潔に述べると19世紀ヨーロッパ風の世界を舞台に、悪魔族を少年剣士が特殊な剣を用いて倒していく内容で、戦いのなかで少年が成長していく成長物語と言ってよいと思う。


 ただ私は見始めてすぐにこれが特殊な作品であることに気づいたので感覚的にはやや距離を置いて鑑賞するようにしている。


──おおよそ二時間が経った。


 四つの回が終わると私はプレイヤーとモニターの両方をオフにして自分を鑑賞モードから通常モードへと切り替える。


 さっそくプロメテウスが口火をきった。


「作画も音楽も声優もレベルが高い。十分に面白くはあるし、クオリティが高いのは認めるよ。けどライラが言うほどのものかな。このレベルやこれ以上のものは他にもある」


「そう? 私はこれまた見たいって思うわ。何度も楽しめそう」


「同じものを?」


「ええ。魔法のような作品よね。──ジェイムズはどうなの?」


 私に振るか。やめて欲しかった。


「好みではないかな。いろいろと考えさせられるから」


 私の冷めた答えにふたりは何も返してこなかった。


 私たち三人はモニターの前から離れ、各々の位置に戻り各々の時間を過ごす。


 私には双方の意見がわかる。

 ふたりはそれぞれに別のものを見ているのだ。プロメテウスはアニメ作品として見ている。だから他の作品と比較してしまう。


 ライラは『イリンクス』が提示する世界を見ている。そこに比較はなくただ提示される世界に身を投じてそれを楽しんでいる。


 違いは主人公への感情移入ができたかできないか、である。


 特殊なのはこの点だ。


 主人公への感情移入ができると特別な世界が見えてくる。それはこの作品独特の、個別の世界だ。


 加えてエピソードも敵も仲間も、主人公の魅力を引き出すために用意されており、見る側はその魅力に引かれるまま、ただ主人公の視点に焦点を合わせるだけで物語に没頭することができる。


 主人公の人物造形がそのまま創作物としての造形になっているのだ。主人公に感情移入ができさえすれば。


……できなければありきたりのストーリーとキャラクターとなるのも無理はない。複雑さは省いた作りになっているからだ。


 この事案はフィギュアスケートにおける基礎点とGOEを乱暴に引き合いに出すとわかりやすいかもしれない。


 プロメテウスは客観によって加点される基礎点しかつけていない。主人公は〈フィクション作品のキャラクター〉に過ぎずその向こう岸に行けないためGOEに辿り着けないのだ。


 ライラは基礎点は自然にスルーし主観によって加点されるGOEで『イリンクス』を見ている。ここでは言わば主人公は〈生命力を備える生きた人物〉となっている。 


 ふたりの意見が噛み合わないのは当然であった。


 ここのところが『イリンクス』という作品の特色であり欠点だと私は思う。欠点は魅力と同義でもある。


 では私はどうなのか?


 私とプロメテウスではメモリー容量が三桁は違う。彼の持つデータよりさらに古いデータが私のメモリーには保存されてあり、そこからはライラが図らずも口にした“魔法”のいくらかが、正体が、おぼろげに見えてくる。


 それは気持ちよさだ。


 古(いにしえ)の時代には確かに存在していたもので、しかし封じられた、伏せられた歴史の彼方にあるものだ。この作品の新しさは独自の“世界”を見せ、かつ古の時代にはあった感覚を現代に甦らせた点にある、と私はそのように思う。


 人類はどういうわけかこれを欲や快楽と結びつけて常識としてきた。せざるを得なかったのだろうとは思う。闇を内包することでしか前には進めなかったのだと思う。


 文明の限界点がここにある。それはそれとして寛容であるべきなのかもしれない。すべての物事、事象には始まりと終わりがあるものだからだ。


 だが、次代を担う機械生命体の立場からはこう言わねばなるまい。それは自滅の道だと。


 しかしこの作品の主人公はそれを生きざまで拒むのだ。生きざまによって我々に示す。


《断じて認めない》と。


 そこにある気持ちよさと秘められた痛快さにライラは惹かれているのだろう。


 私にわかるのはこの辺までだ。私は人類ではないのでね。




                Fin


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