第二十六話 朝から運動!(1)



浩は地面に横たわっていた。

体の上には、反復横跳びをする男が規則正しく浩を蹴っていた。

その都度、激痛が走る。


蹴のが一通り済むと、今度はボディープレスでのしかかってきた。

苦しい…と浩はうめき声をあげる。


「うう…荒野運動なんて嫌いだ…」


すると相手が答える。

「ヒロくんは運動不足でしょ?動きなさい!」


何だその声は…と思ってふと我に返った。

もう朝だった。


例によって、アリサが起こしに来ていたのだった。

今日は真っ赤なトレーニングウェアの上下を着ている。

綺麗な足が見えないのはちょっと残念かもしれない。


「ああ、おはようアリサちゃん。今日はパジャマ代わりの服を着てるの?」と寝ぼけながら挨拶をする。


「ヒロくん、起きてジョギングよ。運動不足解消にね。まあ暑いからちょっとだけだけどね。公園まで走るから。」


そんなものはやりたくない。必要最低限の動きで十分人間は生きていけるんだから。

「じゃあ、アリサちゃん一人でいっておいてよ。」


もちろん、そんなのはアリサが許すはずもない。

「起きて、走る格好に着替えなさい。」

そういうと、アリサは浩のタオルケットをひっぺがす。

背中を向けていたので、どうやら朝の元気な状況は見られなくて済んだようだ。

だが、これ以上粘られるとまずいことになる。


浩はアリサに背を向けたまま、起き上がった。

「わかったよ。着替えるからちょっと待ってて。」

浩がそういうと、アリサは素直に部屋を出ていった。

「早くするのよ。これからひと仕事なんて考えないでね。」

ひと仕事ってなんだよ。


浩はTシャツと短パンに着替えた。実際は寝間着替わりのジャージのままでも良かったのだが、一応着替えるという名目で短パンにした。ソックスも履いて、トイレに行ってから階段を下りる。洗面台に寄って、顔を洗って水を飲んだらアリサが声をかけてきた。


「じゃあ、行くわよ。あ、このタオルを首に掛けていくといいわよ。」

タオルには「ミクリヤスポーツクラブ」と書かれている。

「ありがとう。そうするよ。」

浩は渡されたタオルを首に掛けた。

アリサはトレーニングウェアの上下のままだ。足が見えないのはちょっと残念だ。上半身も見えないが、どうせ見えたところでどうってことは無い…はずだ。


浩は、スニーカーを履くと、アリサのあとから玄関を出る。

「さすがに、手はつながないからね。」アリサは浩にウィンクした。


「じゃあ、公園まで、軽くジョギングね。ちょうどいい時間だから。」

起きたときには時計を見ていない。だが、まだ六時台だと思う。

そうは言ってももう暑い。


「じゃあ、出発よ。ヒロくんが前ね。三丁目のけやき公園まで、自分のペースで走ってね。私は後ろをついていくから。」


「アリサちゃんが前を走るんじゃないの?」浩は言ってみた。あとをつけるほうが楽だし、うまくすれば途中でバックレることもできるかも、と思ったのだ。


「ヒロくん、ずっと私のお尻見ながら走りたいの?朝からいやらしいわね。:

そう言われてしまうと、さすがに後ろをついていくわけにもいかない。


「わかったよ。走ればいいんだろ。、走れば。」

仕方なく浩はゆっくりと走り出した。けやき公園は学校とは反対方向だ。まあ、学校の近くまで行くと、家に帰ってくるときに登校する連中とすれ違い続けるわけで、さすがにそれはどんな羞恥プレイだって、ことだな。


軽く走り始めて一分で息があがった。運動不足は否めない。

「ヒロくん、頑張って! あそこの郵便ポストまでは止まらないで!」アリサに言われると、なんとなくそうしなければ悪いような気がして、最後の気力を振り絞ってポストまで何とか走る。

ポストまであと20メート、というところでアリサが声をかける。

「もうちょっと行ける!あの赤い車のところまで行きましょう!私も一緒だから!」

アリサがちゃんと一緒に走っているのだから、自分の何とかしないと。

浩はなんとかその赤い車まで、へろへろになりながら近づく。

あろうことか、車はそのまま走り去ってしまった。

もうだめだ…と浩は歩こうとしたが、その時にもう一度アリサから声がかかる。

「ヒロくん、これで最後よ。電柱3本。あとたったそれだけ行こう。行ける行ける。ヒロくんならできる! 男になれ!」なんだか箱根駅伝の監督の声みたいだな、と浩は思う。

だが、これで最後なら何とか。1本越えて、もう1本が近づく。最後のは…あ、見えた。本当に、これで終わりだからな!そう思って、最後の力を振り絞る浩。

ついに3本目の田s中にたどり着いた。もうふらふらだ。走れない…浩は立ち止まった。


「さすがにもう無理…」浩は立ち止まって下を向く。

「お疲れ様、ヒロくん。よく頑張ったわね。」アリサの声が聞こえる。


「でも…目的…地…まで…行けなかった…なあ…」:浩は息も絶え絶えに口にする。


「ヒロくん、気づいてないの?」アリサが笑う。え?

あたりを見回して浩は驚いた。

電柱の向こうに、目的地のけやき公園があったからだ。

「完走したわよ。すごいじゃないの!」そう言われて、浩に達成感が訪れた。

やった!やればできるんだ! まあ、大部分はアリサのおかげなんだけれどね。

浩は、首に巻いたタオルで汗を拭きながら、息を整える。


さすがのアリサも疲れたのだろう。スポーツウェアの上着を取った。赤いTシャツ姿になったアリサは、公園の自動販売機でスポーツドリンクを買い、浩に差し出した。

「とりあえず、水分補給してね。」


浩は礼も言わずに、ボトルをひったくって飲み始めた。アリサも自分のウーロン茶を口にする。


スポーツドリンクを7割ほど飲んで、一息ついた。するとアリサが言う。「私もスポドリ飲みたい。ヒロくん、ウーロン茶と交換してね。」そういうとアリサは浩のスポーツドリンクのボトルを取り上げ、代わりに自分のウーロン茶を手渡した。


え?浩が戸惑ううちに、アリサは浩のスポーツドリンクを飲み干す。

「やっぱり、塩分とかの補給もあったほうがいいわね。」


この子は間接キッスとか気にしないのか…そう思うと、気にするだけ損な気がして、浩はウーロン茶を飲み干した。


「さあ、休憩したら次はラジオ体操よ。」え? 


浩があたりを見回すと、公園には十数人が集まっていた。だいたいが年配の人たちだ。

ラジオから音楽が流れ出した。


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