第二十四話 お呼びでない招かれざる男
部室のドアが開いて、男の声がした。
「僕が幼馴染みじゃないか。アリサちゃん、何言ってるんだい?」
皆、一斉にその声の方向を見る。
すまなそうに立っている副校長と一緒にいるのは、プラチナ学園の制服を着た男だ。
背は高円寺と同じくらい高く、180センチくらいはあるだろう。
髪の毛には軽くウェーブがかかっていて、鼻筋が通り、濃い眉毛だ。目が大きく、体格はすらりとしている。何となくアンバランスな感じがあるが、世間一般の評価でいえば、いわゆるイケメンということになるのだろう。ちょっと前ならソース顔、とでもいうのだろうか。
「何しに来たの?」アリサが冷たく言う。
男は心外だ、というように答えた。
「もちろん、アリサちゃんを連れ戻しに来たんだよ。プラチナで何があったのかは知らないが、僕がすべて解決するから、早く戻っておいで。」
「国分寺副校長、なぜこの男をここに連れてきたの?私は、関係者以外立ち入り禁止といったわよね。」アリサが副校長を責める。
おびえたように副校長は答える。
「あ、あの、やはり理事のご係累であれば関係者と言わざるを得ないのでは、と愚考いたしまして…。」
目が泳いでいる。
まあ、仕方ないだろう。アリサの言いつけを破って、わけのわからない男を部室に連れてきてしまったのだから。
「アリサちゃん、幼馴染の僕をさしおいて、ここで幼馴染研究会をやっているってどういうこと?もし研究するなら、まず最初に僕に声を掛けないとおかしいよね? まあ、そんなことはどうでもいいから、早くプラチナに帰ろう。」
「この人、アリサさんの幼馴染なんでしょうか?」詩葉がアリサに尋ねた。
「つーか、こいつ誰なの?」と、高円寺もストレートに聞く。
「問われて名乗るもおこがましいが、君たちのような下賤の民のために伝えるのもノブレス・。オブリージュというものだ。僕の名は日野蓮司。ミクリヤ学園の理事、日野酉男の長男にして、アリサさんの幼馴染だ。ちなみに、プラチナ学園高校の生徒会副会長をやっている。」
男は得意げに答えた。
あ、こいつがそれね。
「要するに、私の「はとこ」よ。一応親戚だから、付き合いはあるわ。それだけよ。幼なじみなんかじゃないし。」
アリサが本当に嫌そうに言う。
そういえばこいつの名前は…
「おい、そこのヒノレンジャーさんよ。」高円寺がぶしつけに言った。
ヒノレンジャーって、確かトラックの名前だったよな。
「さっきの二プレスなんたらってどういう意味だ?」
「ああ、下賤の民はノブレス・オブリージュも知らないんだな。まあ仕方ないな。」と得意げに答える日野。
「貴族なんかの高貴な人間は、その立場にともなって行動にも責任が伴う、っていうことよ。たとえば戦争に行くとかね。」詩葉がそっと教えた。
「あんた、分家だろ?そこまで高貴とは思えないが。」と高円寺は容赦ない。
「でも、ミクリヤ財閥のはじっこに日野産業って会社があったと思うよ。」雪度マリが言う。さすがの事情通だ。
「ほう。日野産業をご存じとは、なかなか素晴らしいですね、そこのお嬢さん。」日野は嬉しそうに雪度マリに告げる。
「パイライトでも、ちゃんとした知識を持つ人間はいるんだな。お嬢さん、お名前は?」
満面の笑顔で日野が尋ねる。
「雪度マリです。二年生です。」マリが答える。ちょっと顔を赤らめている。もしかして、ちょっと彼のことが気になっているのかな?
「雪度マリさんね。覚えておくよ。パイライトの知的なお嬢さんってね。」歯の浮くようなセリフを言いながら日野はウィンクする。
「副校長、こいつをつまみ出して。」アリサが冷たく言い放った。
「アリサちゃん、何を言っているんだ。僕は君を助け出しに来たんだよ。プラチナで何が気に入らなかったんだい。それを排除すると僕が誓う。だから戻ってきておくれ。副会長として、親戚として、そして婚約者候補としてのお願いだ。」
「ありえない。」アリサはばっさり切る。
「寝言は寝ていいなさい。私がプラチナからパイライトに来たのは、あんたがウザいからよ。わかったら出ていきなさい。」
「言っている意味がわからないよ。誰かに洗脳でもされたのかい?」真顔で日野が聞き返す。
「国分寺。はやくしなさい。」アリサは副校長に強く言う。
「は、はい、わかりました。今すぐ。」副校長はそういうと、日野の手を引っ張って部屋を出ようとした。日野が抵抗すると、副校長はいったん日野の手を離すと、ドアを開け、下にドアストッパーのくさびをかませた。
そして、日野から少し離れたかと思うと、そこから助走をつけて日野に体当たりした。不意をつかれた日野はそのままドアの外まで押し出された。副校長は素早くドアストッパーを外すと、ドアを閉めた。
「ア、アリサちゃ~ん…」日野の声はドアが閉まるとともに消えた。防音はしっかりしているようだ。
「いきなり面倒なのが来たわね…まあ予想はできたけど。」アリサはため息をついた。
「婚約者候補って本当なんですか?」雪度マリが言う。
「そういうことを言っている親戚もいることはいるわ。でも、候補だとかすら決まってない話よ。あの日野が、ミクリヤの権力を握りたいから自作自演死しているのよ。」
なんだかわからないが、いろいろ大変だなあ。
「アリサちゃんも苦労しているんだね。」浩はしみじみ言った。
「あんなのが副会長だっていうんだから、プラチナの生徒会も大変ね。少なくとも、その部分については真弓に同情するわ。」 パイライトの現役生徒会長、大久保詩葉もつぶやいた。
「でも、副会長が、パイライトの生徒を見下す発言をするのはいただけないわね。やっぱり優越感の塊みたいな連中ばかりなのかしら。生徒会長はそんなことないと思いたいけど。」
「国立さんは、バランス感覚のすぐれた、ちゃんとした人よ。もちろんプラチナにもいろいろな人間がいて、さっきの日野蓮司みたいなのもいることは事実よ。でも、みんながそんなではない、ってことはわかってほしい。もともとプラチナの建学精神は、知育徳育体育すべてを行う、ってことで、エリート意識を植え付けることでないんだから。」
アリサが、理事長の孫らしい発言をした。
「まあ、蓮司のお父様も、プラチナ学園の理事なのよね…。面倒なことに。」 アリサは言う。
「これ以上、何も起きなければいいけれど…」
多分、無理だと思う。ああいう輩は、しつこいと相場が決まっているのだから。
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