第二十三話 現実の幼馴染
さて、部活動の開始だ。
皆で、スクリーンの前のデスクに移動する。
飲み物は持っていく。ちなみに、雪度マリの淹れたコーヒーはうまかったので、浩は飲み干してお替りをカップに注いだ。
「これ、うまいな。雪度マリさん、もしかしてコーヒー名人?」と、ちょっとお世辞を言ってみる。
「なんかその呼び方ひっかかるわね。でもありがとう。コーヒー豆が美味しいからだとは思うけどね」雪度マリが返事する。
普段、あまり会話しないから、何て呼べばいいのかよくわからない。だが、雪度マリさん、って呼ぶのは変なのかな。まあ、ゆきどまりなら5文字だからそのまま呼んでもよさそうな気がする。小早川さん、とか林原さん、とかと同じだしね。
ちなみに、小学校の同級生にいた熊埜御堂(くまのみどう)さんって名字は読めなかった。こんな名字もあるんだな。珍名と言っていいんだろうけど有名らしい。ただ、書くと画数が多いから大変らしい。
アリサがタブレットを操作する。
どうやらWiFiでちゃんとつながるようだ。
さすがに新しい設備だなあ、と浩は感心する。
スクリーンに出たのは「現実の把握」という一行だった。
「さあ、今日はとりあえずみんなの現実の幼馴染について話しましょう」
そういうとアリサはスクリーンを切り替えた。
現実の幼馴染
存在するか?
性別
年齢差(学年差)
幼いころの付き合い頻度
付き合いの深さ
深く付き合った時期
現在の付き合い
と、並んでいた。
「とりあえず、この項目の順番に、現実の幼馴染について話してみてね。」
アリサは先生っぽく言う。
「幼馴染研究会としては、まずはみんなにどんな幼馴染がいるのか、把握しないとね。」
まあ、成り行きでできた研究会のような気はするが、いいだろう。
部活動として部室もあることだし。そういえば、電子レンジもあったな。ここで昼飯食えばあたたかいのが食べられるな。
「じゃあ、まずは大久保さんからお願いね。」と、アリサが仕切る。
大久保詩葉が立ち上がった。
「私からね。幼なじみ、と言っていいのは一人ね。、女の子よ。近所に住んでて、同じ学年。小学校のときは同じクラスだったこともあるわ。幼稚園から小学校の3年生くらいまでは毎日のように遊んでいたから、幼馴染と言ってもいいと思う。」
「今はどうなんだい?」と浩は聞いてみる。
詩葉はちょっと嫌そうに答えた。
「一応連絡は来るけど、あまり深い付き合いはないわね。環境が違うし。」
「この学校にいるのかい?」高円寺が無遠慮に聞いた。なんだか詩葉の歯切れが悪いので、浩は聞かなかったのだが、高円寺はそんなことは気にしなかったようだ。
「ううん、いないわ。彼女はパイライトじゃなくて、プラチナにいるの。環境が違うってのはそういうことよ。」
まあ、プラチナとパイライトにはすごく差があるからな。向こうが気にしなくても、こっちは気にするかもしれないな。でも僕はアリサがプラチナだからどう、というのはないけど。まあミクリヤ、というだけでそれ以前の問題だけどね。
アリサが言う。「あら、そうなの、誰なのかしら?同じ学年よね。」
彼女も遠慮がないな。
「国立真弓よ。今のプラチナの生徒会長だから、アリサさんもご存じかもしれないわね。」
「あらそうなの、今朝も門で会ったわ。お友達なのね。」
アリサはにっこり笑って答える。
だが、真弓は笑顔ではなかった。
「幼馴染っていうたけよ。というか、昔の知り合い、とでもいえばいいのかしら。友達、とは言えないかもね。」
どうもひっかかるな。やっぱり劣等感とかあるんだろうか。彼女が生徒会長やっているのは、国立真弓への対抗心もあるのかもしれないな。幼馴染みだからこそ、関係が難しくなっているのかもしれない。
「まあ、同性の幼馴染は研究対象としてのプライオリティは下がるのよね。」
アリサが残念そうに、あるいは気の毒そうに言う。なぜなんだろう。
「次は私ね。」雪度マリが立ち上がった。立ち上がっても背が低いので目立たない。
「幼馴染は居たわ。同い年の男の子で、幼稚園から小学校1年くらいまで遊んだかな。外見もよくないし、どんくさいし、身の回りのこともできないし、まともに挨拶もできないダメ男くんだった。」
悪口いわれてるなあ。
かわいそうに。
「親どうしがつきあいがあったから、仕方なく遊んであげてたの。相手の親からもこの子は頼りないから、って言われてたし、仕方なくね。 最後はむこうが突然いなくなった。別に気にしてないけど。それくらいの相手だったってことね。」 仕方なく、って大事なことだから二度言ったのか?
やっぱり辛辣だ。この部活動は、幼馴染に辛辣なのか・幼馴染研究会のくせに。
「じゃあ、次おれね。」高円寺が立ち上がる。雪度マリとは頭一つ背が違う。
「幼馴染は二人いる。男女の双子だ。今でも付き合いあるよ。結構、仲はいいと思う。
どっちもパイライトにいるから、今度連れてこようか? 二人とも運動部だから、入部は難しいと思うけど。高尾麓子と登。どっちもバスケ部だよ。」ああ、そういえば聞いたことがあるな。バスケがうまい男女の双子がいるって。同じクラスになったことはないから、
良くは知らないけど。
「あとは僕だけど…。一応言っておくと、幼馴染は、近所に住んでた『たまりちゃん』だよ。当時はほぼ毎日のように遊んでた。結構、うちに来て夕食を食べていったこともあるよ。かわいかった。いまは引っ越したから、もう付き合いはないな。」
それを聞いて、アリサが尋ねる。
「今、彼女に会ったらわかる?会いたい?」
なんだか嫉妬してるのか、口調がちょっと厳しい。
「会ったらすぐわかるよ。かわいいから。会いたいね。いまでも優しくしてくれるかなあ。」浩はちょっと夢見ごこちで言った。彼女とのことは、懐かしい思い出だ。
「ヒロくん」アリサが切り出した。すごく厳しい感じだ。
「私というものがありながら、平然とそんなことを言うってどういうこと?」なんだそれ。浮気した旦那を問い詰める奥さんか?
ここは、とりあえず謝っておこう。
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。僕の幼馴染は、いまはアリサちゃんだけだし、アリサちゃんがいれば、たまりちゃんに会いたいとは思わないよ。」
「よろしい。」アリサが笑顔になった。その一方、詩葉と雪度マリは冷たい目で見ている。
だって仕方ないだろう。この部屋で一番偉いのはアリサなんだから。
「これで全員ね。じゃあ、分類しようか」アリサが言う。
「そういうアリサさんには幼馴染はいないの?」雪度マリが聞いた。
アリサは答える。
「私には、幼馴染はいなかったわ。」
その時、部室のドアが開いて、男の声がした。
「僕が幼馴染みじゃないか。アリサちゃん、何言ってるんだい?」
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