第二十二話 理想の部室


その日の放課後、副校長が教室にやってきた。

例によってジャージ姿だ。なぜかジャージにペンキがついているように見える。相変わらず校内の雑用は何でもこなしているようだ。

「アリサ様、部室の用意ができております。」


おお、もう部室ができあがったのか。まあ新築するわけじゃないからどこか空き教室を使うんだろう。

「じゃあ、オナ研のみんな、行くわよ。」アリサが促す。

「オサ研だってば…」浩は小声で突っ込むが、アリサは気に留めないようだ。


雪度マリと高円寺が鞄をもって立ち上がる。

今のところ、部員はアリサと浩以外はこの二人だけだ。


「今日は、私も行ってみるわ。」

生徒会長の大久保詩葉もついてくる。あ、、彼女も部員だから5人全員そろったことになるな。部を作るのに最低5人いるから、というわけで人数合わせにつきあってもらったわけだが。生徒会長は学園祭の準備が始まって、それなりに忙しいはずなんだが。


副校長の案内で、二階の通路を使って西校舎に向かう。昨日、視聴覚室を使って部活動をしたが、同じ校舎の4階だった。職員用のエレベーターは定員4人だ。副校長とアリサ、雪度マリと大久保詩葉で定員いっぱいだ。

というわけで、浩と高円寺は階段で上ることにする。とはいえ二階から四階なので大した距離ではない。

「エレベーターと競争しようぜ。」高円寺は言う。

アリサ達が乗ったエレベーターのドアが閉まった瞬間、二人は走り出す。

横の階段を駆け上がり、4階のエレベータ前にたどり着く。

息を切らせながらも、なんとかエレベーター前に着いた瞬間、ドアが開いた。

「あら、早かったのね。お疲れ様。」アリサが声をかける。

「すごく息が荒いね。運動不足じゃないの?」雪度マリが高円寺に言う。

「いや、俺より佐藤のほうがもっとひどい。」高円寺が返答する。

浩は、すでに壁に寄りかかっている。やはり日ごろの運動不足がたたっているようだ。

「佐藤、そういえば夏休みになんたら運動したとか言ってなかったっけ?」と、雪度マリが聞いてきた。

運動なんかしてないけど…あ、思い出した。

「運動だけど運動じゃないんだよね。荒野運動、っていうオンラインゲームなんだよ。だから、基本的に席にすわったまま。」

「ふーん。よくわからないけど、高野山で運動するゲーム?それとも、高校野球の運動?」雪度マリがボケた…のか?


「高野連(こうやれん)じゃないんだから、さすがにそれは無理があるよ。まあ、どっちにしても違うけどね。荒野に降り立つと、なぜかやりとかアーチェリーとか砲丸とか円盤とかハンマーとかモーニングスターとかあって、あとはトラックが整備されているのと反復横飛びの線があったりするんだよ。好きな競技を選んでクリアすると、スキルポイントがたまるんだ。」浩は説明する。だがなかなか理解されないようだ。


「わからない。ゲームの中で反復横跳びして何が楽しいの?」もっともな疑問だ。

「これで敏捷性をアップさせるんだよ。そうすると敵から逃げるのがうまくなるらしい。まあ僕はアーチェリーにしたけど。」

アーチェリーは、上達するとどんどん遠くからでも精度があがっていくし、荒野のモンスターも倒せるようになる。浩は「シュガー」という名のイケメンアーチャーとして、もう一人の美女アーチャー、「リアルアロー」とコンビを組んで、かなり良い成績をあげることができた。

ボイスチャットで話をしたが、結局、職業も年齢も、それどころか男なのか女なのかすらわからなかった。チャットにはボイスチェンジャー機能がついているので、話し方次第では性別も世代も隠すことができる。リアルアローさんはきっと二十歳くらいの知的な女性だろう、と思っているが、もしかしたら40代のおっさんかもしれない。バーチャルはバーチャルだから楽しいのだ。


「はーい、部室はこちらですよ。」副校長がそういいながらひらひらと手を振る。皆、立ち上がり、彼の後ろをついて行った。

廊下の突き当りで立ち止まる。木製の、りっぱなドアが付いている。ドアには、電子ロックがついている。

「このドアのセキュリティは、顔認証と指紋認証があります。どちらも使えます。あとは物理的な鍵もありますのでこれがあれば開きます。」と言って副校長はキーホルダーについた鍵を見せた。

「これあれば、ほか要らないよなあ」高円寺がもっともな感想を漏らす。

それに気づかないように、あるいは気づかないふりをして、副校長はドアを開ける。

「さあ、どうぞ」皆、中に入ってみる。


廊下側には壁があってわからなかったが、部屋の片面には大きなガラス窓があり、外の光が取り入れられている。ベランダにも引き戸で出られるようになっている。もちろんエアコンが利いていて、中は快適だ。、べランダ

床には茶色いじゅうたんが引かれている。その上には、3人掛け、二人掛け、一人用の椅子とローテーブルが並んでkる。端のほうには作業机と椅子も並んでいる。

同時に二十人くらいは座れる感じだ。

よく見ると、ホワイトボードやパソコン、プロジェクターや液晶テレビなども並んでいる。


部屋の隅にはシンクとIHヒーターが備えつけられ、換気扇や冷蔵庫もある。

冷蔵庫には、コーラやジュースなどが入っていた。

壁際の食器棚には、カップやソーサーなどがそろっている。コーヒーメーカーやポットもある。

食器棚の下には、ポテトチップやチョコレートなども並んでいる。

衝立の後ろ側には、ロッカーが20個並んでいた。


「まあまあね。一日でそろえたのね。お疲れ様。」アリサが礼を言う。

「いえいえ、これくらいは大したことではありません。足らないものがあればおっしゃってください。あと、授業時間中に掃除とゴミ捨てはやりますのでご心配なく。」

至れり尽くせりだな。掃除ってまさか副校長がやるんだろうか?

…ありうるな。


「鍵を二本、お渡ししておきます。スペアキーは私も持っています。あと、指紋認証、顔認証をやってしまいましょう。」

副校長に言われ、5人は登録した。これで、逆に鍵は要らない。


「念のため、鍵はもらっておくわ。ヒロくん、一本持っててね。」そういってアリサは浩に鍵を渡す。

「もう一本はアリサちゃんが持ってるの?」と何気なく浩が聞くと、


「これは瀬場さんに持っていてもらうから。」と答えた。なるほどなあ。


「私は仕事がありますので。下駄箱のペンキ塗りが残っています」

副校長はそう言って去っていった。

昇降口の靴箱、少しずつ色がついていってたけど、あれは副校長が自ら塗っていたのか。


浩はソファに座り、部屋を見話してみた。

ここは居心地がいい。好きに使えるってことは、昼休みもここでいいんだな。


「下手すると来賓用の応接より居心地はよさそうね。」生徒会長の大久保詩葉がつぶやいた。


「まあ、パイライトの応接なんて知れたものよ。」アリサがことも無げに言う


。そういえば、新学期初日はアリサはたぶん来賓用の応接で校長と話しをしたんだろう。


雪度マリが言う。「とりあえず、私、コーヒー淹れるわ。飲みたい人は?」浩とアリサが手を挙げた。

「俺は冷蔵庫のコーラを飲むから。」と高円寺が言う。

「私は紅茶をいただくわ。ティーポットもあるけど、一人分だからティーバッグでいいわね。」詩葉が言う。

「生徒会室にはこんな設備ないのよね…仕事に疲れたときは顔を出すことにするわ。」

頑張れ生徒会長。


「部員以外は入室禁止よ。私のいないところで友達を連れてくるとか駄目だからね。あと、ここの内装とか設備については口外禁止よ。そうじゃないと、みんなが群がってくるからね。」 なるほどもっともだ。


アリサのおかげで手に入った学校のオアシス。下手に他人に触れ回って、部をクビになったらこの設備が使えなくなってしまう。


雪度マリがコーヒーを淹れ、詩葉は紅茶を入れる。高円寺はコーラの缶をあけて飲み始める。

雪度マリは大皿にポテチやチョコ、柿の種などのお菓子を盛り付ける。


本当にいい空間だ。


「じゃあ、今日の部活動を始めるわよ。」アリサが言う。

そういえば、ここは部室なんだった。部活動をするための部屋ってことになる。

飲み食い無料の談話室、ってわけじゃあないんだったな。


でも、ここは理想の部室、と言えるだろうなあ。


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