第十八話 新しい幼馴染とアイス
こうやって幼馴染談義をしていると、あっという間に時間が過ぎる。
下校時刻が近づいてきた。
「じゃあ、そろそろ今日の議論の結果を出しましょうか。」アリサが言う。
「今日出た、だいたいのところをまとめてみるね。
幼馴染はだいたい幼稚園から小学校3年くらいまでに、密度の濃い関係になった、近所に住む異性。同性がいることもあるけど、異性は必ず存在する。ちょっと甘酸っぱい恋心を抱くこともあるけど、ずっと恋が続くわけじゃなくて、異性の友達、に近い感覚。でも関係性が近いので、普通の友達よりも深く知っている。こんなところかしら。」
三人ともうなずく。
「そうね。初日の議論としては上出来だと思うわ。こんな感じで、私が話したり、みんなと意見交換しながら、研究を深めていくから、これからよろしくね。
で、入部希望者がいたら、「理想の幼馴染」についてレポートを書いて私のところに持ってくるように言って。書類選考するから。」
「長さはどれくらいなの?」雪度マリが問いかける。
アリサは小首をかしげてちょっと考える。こんな姿にしても、絵になる。
「そうね。長さは自由だけど、ちゃんとパソコンで書いて、プリントアウトを持ってきてもらうことにしましょう。あ、それにファイルをUSBメモリに入れて一緒に出してもらって。USBはあとで返すから。」
なんだか本格的だ。
「それじゃあ、3行ってわけにはいかないだろうなあ。俺、初日に参加してよかった。」「高円寺がしみじみという。
「あなたはチャンスをつかんだ。それだけのことよ。でも、態度悪いと除名するからね。そのつもりでお願いね。」アリサが脅すようなことを言った。でも、目が笑っているから大丈夫なんだろう。
「じゃあ、第一回のオナ研…」「オサ研だよ。間違えるなよ。」浩が遮る。
「そうだったわね。第一回のオサ研、これにてお開きよ。また明日ね。」期せずして3人から拍手が起こる。
「ありがとう。ヒロくん、プロジェクター片付けるの手伝って。」アリサが浩に言う。
浩が、片付ける勝手がわからずまごまごしているうちに、雪度マリがケーブルを抜き、プロジェクターの電源を切った。抜いたケーブルは机の穴に戻している。
「ありがとう雪度さん。慣れてるね。」浩は礼を言う。
「…どういたしまして。」一瞬の間があったのち、雪度マリが答えた。
四人は廊下に出て、視聴覚室の電気を消し、鍵を閉めた。
「この鍵はどうしたらいいのかな?」浩が言う。「職員室に返しの行けばいいのかな。戻るのはちょっと面倒だなあ。、当番制にでもするか。」
と、廊下の角から副校長先生がやってきて。あいかわらずジャージ姿で薄い髪の毛をしている。
「副校長先生、視聴覚室の鍵はどうすれば?」高円寺が聞く。
副校長はにこにこしながら鍵を受け取る。
「今日は私が預かっておくから、戸締りだけちゃんとしてあれば、君たちは帰っても大丈夫だよ。」高円寺に向かって副校長は答える。
「アリサ様、ご苦労様でした。部室は明日までに用意しておきます。必要な備品については、明日以降にまとめておしえてください。」
そういうと頭を下げて副校長は帰っていった。
「あの人、そんな作業しながら、鍵だけ取りに来たのか…。」浩が言う。
「もともと用事があったみたいよ。なんか書類持っていたもの。」雪度マリが指摘する。結構鋭い観察眼じゃないか。
まあ、何にしてもこの人がいなければ、たぶんこの学校は回らないんだろうな。浩は素直にそう思った。
浩はアリサに声をかける。
「アリサちゃん、帰ろうよ。それとも今日はお屋敷に帰る?」
「一緒に帰りましょう。幼馴染の定義についてもう少し話したいし。」まだやるのか、あれを。
アリサは浩に対し、右手を差し出し。浩は左手でアリサの手を握り、右手で鞄をもって自分たちの靴箱へと向かう。
「お疲れさんでした。」浩は高円寺と雪度マリに声をかける。
「お~、お疲れ~」「お疲れ様でした。また明日~」こちらの二人は生徒用に靴箱に向かっていった。
「幼馴染って、結局は小さいころの仲良しの異性、ってことになるのかな。今日の話では。」浩はアリサに投げてみた。
「そうかもね。でも、片思いの幼馴染もあるかもよ。」アリサは言う。
浩には意味がわからない。
「え、一緒に遊んでこその幼馴染だよな。片思いとかって、もともとそんなのありえないんじゃないのかな?」浩はそう返事する。まあこれが普通の考えだろう。
「片思いじゃあ、仲良くないだろ。それに、馴染んでないじゃないか。」浩は指摘する。
「まあ、普通はそうよね。」アリサも認める。
だが、なんか含みがありそうだ。
「普通は?じゃあ、普通じゃない幼馴染もあるってこと?」浩が尋ねると、アリサは小さく笑うだけで、何も答えなかった。
長山市の9月はまだ暑い。下校しながらも汗だくになる。
「いったん、そこのコンビニに寄ろうよ。」浩は言う。暑いので休憩したいと思ったのだ。
「そうね。本当なら駄菓子屋さんがいいけど、いまどきはそういうのもあまりないわよね。」汗をタオルのハンカチでぬぐいながらアリサが答える。このタオル一枚を見ても、高級そうなのがわかる。
「やっぱり、お嬢様なんだな。」浩は独り言ちる。ちょっと身近になったような気がしていたが、やはり遠い存在だと実感した。
「ヒロくん、どうしたの?」アリサが不思議そうに聞く。
「いや、なんでもないよ。暑いから何食べようかな、って思っただけだから。」
適当にごまかす。暑いのによく観察しているなあ。
コンビニは道の角にある。学校へ続く道は細いが、もう片方はそれなりに車が通る道だ。
出入り口はどちらの道側にもある。地方都市なので、駐車場もそれなりに充実している。
「何か買うのか?アイスの一つくらいならおごってやるよ。」何となく見栄を張って浩は言う。実際、そんなに小遣いが多いわけでもないが、まさか超高級アイスのバケツみたいなやつを買うわけじゃないだろう。
「あのね、ヒロくん。私、欲しいものがあるの。」アリサが上目遣いで言ってくる。背が違うので、自然にそうなるわけだが、今日はなんだかあざとい気がする。
「何がほしいんだ?」浩が聞くと、
「あの、二つに割って吸うやつ、一度食べてみたかったんだ。買って二人で分けよう!」おお、なんだか小学生の雰囲気っぽいな。
パ〇コではなく、あえてチューペッ〇を買う。こちらのほうが量が多いわりに安い。それに、なんとなく今日はそういう安っぽい雰囲気が合いそうだ。
浩とアリサは、コンビニの中にあるイートインコーナーで、アイスを二つに割って吸った。
「これ、色水みたいね。甘いけど、なんだか体に悪そう。」アリサが身も蓋もない感想を言う。
「そういうもんだよ。だからうまいんだし、子供にとっては、こういうのがいいんだよ。俺たちは、もうこれを純粋に楽しめる世代からは卒業しちまったのかもな。」
浩が言うと、アリサは気色ばんで答えた。
「そんなことないよ。こういうのは、味じゃなくて雰囲気を楽しむものよ。暑いときに、仲良しと冷たいものを食べる。それがいいのよ。l
そういうものかもな。特に子供時代は、それがいいっていうのも何となくわかるような気がする。
「ね、ちょっと外に出てみない?」アリサに誘われ、食べかけのチューペッ〇をくわえたまま外に出る。コンビニの外には今はベンチはない。そして、モスキート音がうるさいので、二人は駐車場の端にある日陰に入った。
日陰とは言うものの、9月の気温はまだ高く、アイスもどんどん溶けていく。
「あー、凍っていたのがあっというまに溶けていくわね。早く食べないとね。」アリサが楽しそうに言う。
「凍ってるうちに吸いすぎると、味がなくなる氷だけ残るぞ。だから、適度なスピードにしないと、あとで後悔するから。」浩がアドバイスする。
アリサは笑う。「何、その無駄知識。あ、でも実用的かもね。」
「遊んでる子供には必須の知識だよ。小学生のころ、経験から学んだんだ。」
浩も笑う。
「こういうのを一緒に楽しめるのが、幼馴染なのよね。」アリサがぽつんと言った。
「小さい頃、ヒロくんとこんな話したかったな。」
「そりゃあ無理だ。住む世界が違うし、接点がまったくなかったからね。それに、こんな健康に悪そうなもの、アリサのご両親が絶対許さないだろ?」
「まあ、その通りね。でもたまには下賤な者どもが食するものも食べてみたいのよね。」
「下賤で悪かったな。だが、庶民には庶民の楽しみがある。そうだろ?」
「そのとおりね。」そういいながらアリサはアイスを食べ終わった。浩はとっくに終わっている。
「ヒロくんも食べ終わった?捨ててくるわよ。」アリサが言うので、浩はアイスの殻を渡す。
「同じ味だっけ?」アリサが聞くので、浩は「違う味だった気がするけど覚えてないや。」と答えた。
「じゃあ、味わってみるね。」アリサはそういうと、浩の吸っていたアイスの殻を吸ってみる。
「お、おい…それは…」浩はちょっと焦る。
「どうしたの?」アリサは気に留めないようだ。というか、間接キスなんて感覚はもともと持ち合わせていないようだ。恥ずかしがる浩のほうが変なのかもしれない。
「味がないからわからないわ。まあ、いいけど。」アリサはそういうと、ゴミ箱にアイスの殻を放りこんだ。
「さあ、帰りまっしょう。」アリサはそういうと、右手を出した。
「おう。」浩はそういうと、左手を差し出して、アリサの手を握る。
だんだんこのポジションが自然になってきた。
恋人ではないけど、なんだかドキドキする。疑似幼馴染って、結構楽しいな…。浩はそう思いながら、家路をゆっくりと進んでいった。 手が少しあせばむのは、暑いからなのか、それとも違う理由なのか、浩にはわからなかった。
家に戻ると、アリサの家の前に車が止まっていて、執事の瀬場が待っていた。
「お嬢様、今日はお父様とお食事です。」瀬場が慇懃に礼をする。
「そうだったわね。じゃあ、このまま行くことにするわ。」アリサはそう言って、車に乗り込む。
そして、車の窓から顔を出して言う。「ヒロくん、今夜の糸電話はなしね。明日の部活用に、幼馴染がどういうものなのか、もう少し考えてみてね。じゃあ!」瀬場の運転する高級車はアリサを乗せてお屋敷へ向かって走っていった。暑かったが、浩は車が角を曲がり見えなくなるまで見送っていた。
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