第十七話 リターン?
「このプロジェクトはね。おじい様からも承認されているから、成果が出たら、貢献した人にはリターンがあるようにするの。」
アリサが得意そうに言う。
「リターンって、後戻りするってことか?」英語があまり得意でない浩が聞く。
「おい、これはいわゆる、ハイリスクハイリターンのリターンだよ。つまり、見返りとか報酬ってことだろう。」アホかと思っていた高円寺が、まさかの優等生的な解説をする。これは驚きだ。
「プロジェクトに協力したら、どんな見返りがあるのかな?」雪度マリがアリサに尋ねる。
ものすごい期待した目をしている。わくわく、という形容詞が背中に見えそうだ。
「そうね。内容に応じて、だけど、高校生に対してだから、旅行とかかしらね。お金ってわけにはいかないけど、希望するなら、高校の授業料免除や、ミクリヤ学園大学への推薦入学くらいはいいと思うよ。」
「それ、いいな。ミクリヤ大学なら家から通えるんだけど、パイライトからじゃあ内部進学は狭き門だからね。」雪度マリが現実的なことを言う。
「入学してからついていけなくてドロップアウトする可能性だってあるだろ。」
高円寺が茶々を入れる。
「まあ、希望するなら、このプロジェクトは数年続くから、大学生になっても続くかもよ。そうすると、ミクリヤ学園大学に入って続けるってことになるわね。」
アリサの答えに、浩もちょっと色めき立った。
「ということは、ミクリヤ学園大学に入れてもらえるわけだ。」
浩も進学するつもりではあるが、ミクリヤ学園大学はレベルが高いので入れるかどうかわからない。父親の稼ぎだけでは仕送りで生活するのは難しいので、たぶんこの長山市を出ることはないだろう。とすればミクリヤ学園大学か第一志望になる。だがレベルが高いので、本命というか自分のレベルでも行けそうな地元の私大か、あるいは専門学校でも行こうかなと思っていたのだ。
もともと浩には引っ越し願望はない。小さい長山市だが、浩はそれなりに気にいっているからだ。
東京には行ってみたいと思うが、住んでみたいとは思わない。まあ実際問題として、我が家にそんなカネがあるとも思えないのだが。仕送りとバイトでも生活は大変だ、と知り合いの大学生が帰省してきたときに聞いたこともある。まあ、それを上回るメリットがあるんだろうけどな。
「まあ、そういうわけで、実はメンバーは私が選ぶの。だから、誰でもいいってわけじゃないのよ。」アリサが得意そうに言った。
「え?じゃあどうして私たちはフリーパスだったの?」雪度マリが不思議そうに聞く。
高円寺も同じような顔をしている。
「それはね、ひ・み・つ。」アリサはいたずらっぽく笑った。えくぼができると特にかわいいな。金持ちだしなあ。こんな女の子と幼馴染で、家柄とか考えずに遊んだらきっと楽しかっただろうなあ。浩はふと思う。 だが、自分にはしっかり「たまりちゃん」という幼馴染がいた。引っ越して離れてしまったけど、いい思い出だなあ。
マリが両手をぱんぱんとたたいた。
「はい、脱線はここまでね。プレゼンの中身は、おいおい説明するとして、今日は第一回だから、幼馴染研究会としては、まずは『幼馴染とは何ぞや』という根源的な話をしましょう。これがスタートだからね。」
なるほど。まずは定義をしっかりするってことか。
「とりあえず共通の理解を作っておくってことね。まあ、今後の進行には必要なのかもね。」雪度マリが言う。「でも、その前に、今後のメンバー選考はどうするの?部員の勧誘とかしなくていいの? きっと、明日以降、様子見の連中が参加したいって来ると思うよ。私から情報を買いたい、って人たちがたくさんくると思うな。」
「まあ、興味がある人は、私が選考するわ。「理想の幼馴染」についてレポートを書いてもらって、有望そうな人を若干名入れるくらいかな。こういうのはね、最初に動いた人が得をする。運命の神さまは、後頭部が禿げてるのよ。」
アリサが得意そうに言う。なんか表現がちょっと違うような気がするけど、言いたいことはわかる。だが、浩の頭の中には、「運命」というのぼりを背負って走る、禿げた副校長の姿が思い浮かべられたのは無理のないことだろう。
「活動計画の話も必要ね。」アリサが付け加えた。
「人員はあと若干名足すとして、その少数精鋭で、とりあえず学園祭では展示をだしましょう。研究が進んでいれば、実験メンバーを募集するかも。」
実験?なんの人体実験だよ。まあ、人の命に係わるようなことじゃあないだろうからいいか。だいたい学園祭まであと2か月しかない。大した話にはならないだろう。
「じゃあ、元に戻って、『幼馴染とは何ぞや』という話をしましょう。 まずはヒロくん、幼馴染って何だと思う?」いきなり浩を指名した。まあここには3人しかいないわけで、質問はいくらでも回ってくる。
浩は考えて答える。「うーん。まあ、簡単に言えば、小さいころに一緒に遊んだ相手、ということかな。」
「普通の答えね。」アリサはつまらなそうに言うと、今後は雪度マリに目を向ける。
「雪度マリさん、あなたの答えは?
「うーん。幼いことに馴染んだ相手?」なぜか疑問形だ。
「じゃあ質問ね。幼いって、何歳から何歳? 馴染むってどういうこと?アリサが突っ込む。
「えー、考えたことないなあ。幼稚園から小学生くらいまで?」また疑問形だ。
「小学校1年生と6年生じゃあ大きく違うわよね。何年生までを言うの?あと、馴染むってどういうことよ?」 共通の理解を得るためには、こんな突っ込んだ議論が必要なのかもしれないなあ。
「3年生くらいまでかな。でも、むしろ最初のほうが大事かも。幼稚園から3年生まで一緒だったら幼馴染だけど、3年生から一緒だと、友達かもね。こんなの、考えたこともなかったなあ。」雪度マリは言う。
「研究のためには、定義だって大事よ。共通の理解があって初めて研究は進むの。鳥の研究をするのでも、一人がニワトリの話をしていて、もう一人がカラスの話をしていたら、議論がなかなか進まないよね。」アリサが諭すように言う。たしかにその通りだなあ。
「馴染む、って部分の議論もあるけど、今はちょっと置いておきましょう。高円寺くん、あなたの考える幼馴染の定義は何?」 アリサが高円寺に聞く。
「うーん。近所に住んでて、気心の知れた相手かな。」
あ、これ突っ込まれるパターンだ;
「近所ってどれくらいを言うのかな。 あと、気心の知れたってどういうことなの?」やっぱり聞かれたな。
高円寺は予想どおり考え込んでいる。突っ込まれることが明白なんだから、もう少し考えてものを言えばいいのに。
「近所って、まあ同じ町内くらいかな。子供の足で5分以内で行き来できるくらいの。気心の知れた、は気心の知れたってことだよ。相手のことをよく知っているし、遠慮なく言いたいことを言える相手。あと、相手の考えることがだいたいわかるとかかな。」
高円寺はそれなりにちゃんと答えている。浩の高円寺に対する評価はかなり変わった。こいつはただのお銚子者のアホだと思っていたのに、ものを考える能力があるんだ。
…まるで今まで高円寺がチンパンジーか何かと思って居だのだろうか。
「じゃあ、さっきの雪度マリさんの話に戻るね。年齢的に幼稚園くらいから、というかスタート時期が大事っていったわね。じゃあ、小学校3年から高校2年までずっと仲良くしていたら、それは幼馴染じゃないのかな?」アリサが雪度マリに尋ねる。
「え?うーん。そうね、それは幼馴染かもしれない。友達とは言ってもそこまで仲良ければ幼馴染かもね。 …でも、4年生くらいから、男女では遊ばなくなったりするよね。そうるすと友達でもなくなるかな。でもそれでも幼馴染とは言うのかも。」
「ほら、もう定義がずれてるじゃないの。」アリサが楽しそうに言った。
「3年生からでも幼馴染にはなれるじゃない。」
「そうですね。うーん。年齢よりも、つきあう長さなのかなあ。三日間だけ遊んだくらいじゃ、幼馴染とは言わないですからね。でも、幼稚園から高校までずっと一緒、ってことあるのかなあ。」やはり雪度マリも迷ってしまった。
「ヒロくんはどうなの?」今度はアリサが浩に尋ねる。
「期間の話でいいの?」浩は一応確認する。アリサがうなずくのを見て、浩はしゃべり始める。
「うーん。期間、というよりは、関係の濃さで決まるんじゃないかなって思うんだ。毎日会っていて、会うのが当然とか思うようになってるのか幼馴染のような気がする。一定期間、週に4-5回くらい会って遊んでいるとかじゃないかな。子供のころだから、一度会ったら友達で、毎日会ったらきょうだい、みたいな感じかな。いつも会う仲良し、ってのが幼馴染なんじゃないかな。」浩は、自分の唯一の幼馴染である「たまりちゃん」のことを思い出しながら言う。
「いろいろ意見が出たわね。じゃあ、あと、人数と性別について意見を行ってみてね。」アリサが仕切る。
「うーん。だいたい3人くらいまでじゃないのかな。僕の場合には2人。男女一人ずつね。幼馴染っていうと、性別は関係ないんじゃないかな。だいたい、小さい頃は性別をあまり気にしないし。」高円寺が言う。
「えー、幼馴染って言ったらやっぱり異性を言うんじゃないの?」雪度マリが言う。「だって、幼馴染っていうとなんだか甘酸っぱい思い出になりがちじゃない?」と例によって疑問形で答える。
「僕も幼馴染っていうと異性のイメージだな。幼馴染が初恋相手、なんて人も多いんじゃなないかと思うし。」浩も付け加える。
「ヒロくん、幼馴染が初恋相手なの?」アリサがそこに食いついてくる。
「うーん。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。恋心に至る前に、引っ越しで会わなくなっちゃったからなあ。あ、でもけっこんして、とか言ってたなあ。その意味で、初恋だったのかも。」浩は答える。
「え?それで、その幼馴染はどう答えたの?」雪度マリが聞いてくる。
「うーん、けっこんはおかねもちとするわ、とか言われたよ。でもそのあとも遊んでたからね。失恋したって感じでもないかな。」
「それって、男を手玉にとる悪女じゃないか。行く末が恐ろしいな。同世代なのか?」高円寺が笑いながら聞いてくる。
「うん。同い年だった。幼稚園も一緒だったし。今頃、たまりちゃんはどうしてるのかなあ。」浩はちょっと夢見がちに告げる。
「ヒロくん、今の幼馴染は私だからね。」アリサが釘を刺した。
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