第十六話 謎のプロジェクト
雪度マリを押しとどめて、大久保詩葉が言う。
「とりあえず、お弁当を片付けて、机を拭いてもらえる? 書類に食べこぼしが付かないようにね。」
皆、それに従う。アリサもだ。意外に素直だな。まあ、自分の作る部のことだとわかっているからなんだろうけど。
どうやら、昼休みに弁当を生徒会室で食べて、書類を持って帰ってきたようだ。仕事もしたのかもしれない。それで浩たちの弁当が終わる時間に戻っているのだから、大したものだ。
仕事のできる女、ということになる。美人で、しかも巨乳なのも素晴らしい。
「これが部の創部届。それからこちらが入部届です。」創部届と入部届は、どちらも顧問の先生のハンコを押してもらってから、生徒会に提出してください。入部届が5枚そろってからでしょうけど。」
アリサは答える。
「すでに5人いるわ。」
「それは何よりです。どなたですか? 入部届をお渡ししましょう。」詩葉が答える。
するとアリサは、詩葉の顔をまっすぐ見て答える。
「あなたよ。大久保詩葉さん。生徒会長が部活動やってもいいんでしょう?」
詩葉は驚いて答える。
「まあ、それはそうですけど。」
「あなた、生徒会だけで、ほかの部活には入ってないのよね?」
なんで知っているんだろう。
「まあ、それはそうですけど。」
「だったら、生徒会活動に支障をきたさない程度の部活動なら、入部しても問題ないわよね。
「まあ、それはそうですけど。」
「じゃあ決まりね。大久保さん、これに記入してね。」
なんと強引な。これがお嬢様のパワーなんだろうな。学級委員や生徒会長でも立ち打ちできないんだろう。
詩葉が書類を記入しているうちに、アリサはスマホで副校長を呼び出す。
「二年B組に来て頂戴。ハンコを忘れずにね。」決め打ちで顧問にさせるつもりのようだ。
そうこうしているうちに、雪度マリの機嫌もうやむやのうちに収まったようだ。
まあ、小柄な女の子も悪くない。元気で優しいのが一番だよ。小悪魔とか振り回されるのはちょっと勘弁してほしい。まあ振り回されてるけど。
副校長はすぐにやってきた。電話の向こうで待機しているのだろうか。
「お待たせしました。アリサ様。なんの御用でしょうか?」副校長は汗を拭きながら問いかける。上半身はTシャツ一枚、下はジャージ姿だ。副校長というよりは事務のおじさんという感じだ。
「部を作ることにしたの。幼馴染研究会。顧問になって頂戴。ここにハンコを押して。」
もう命令口調だ。中野先生に言うときのほうがまだ優しい気がするのはなぜだろう。
「幼馴染研究会ですか。結構な部ですね。はい、顧問になります。部室はどんなところがよろしいですか?」
何か簡単に決まるんだな。
「そうね。机とロッカーと本棚があるところ。人数はいまのところ5人だし、増えてもそれほどではないはずなので、適当に。」
アリサは無造作に言う。
「承知しました。では、今日中に見繕っておきます。」
副校長はそういうと、創部届と入部届にハンコを押して、そのまま詩葉に手渡し、去っていった。
「あの人、本当に学内の雑務なんでもやってるんだね。」浩はしみじみと言った。
午後の授業は相変わらず眠い。だが、浩が寝そうになると、アリサがペンで浩の手の甲をつつく。あまりにつつくせいで、浩の左手の甲はペンの跡だらけになってしまった。
それでも授業を聞いていられたのだから、まあよしとしよう。
プラチナで勉強していたアリサからすれば、退屈な授業だったのではないだろうか。
放課後、アリサが部員4人に声をかける。
「第一回の活動をするから。今日は視聴覚室を使うわ。どこなの、ヒロくん。」
浩は答える。
「西校舎の二階だよ。でも、使用許可がいるんじゃないの?」普通はそうなる。
「もう取ってあるから。副校長が手配して、携帯にメールしてきたの。部室はまだ準備できてないから、今日は視聴覚室ね。」
「私は、生徒会の仕事があるからパスね。悪く思わないでください。」詩葉がすまなそうに言う。
「問題ないわ。部員の勧誘は、私が自分でやるから。メンバーは私が決めるし。」
あれ、昼間には興味あればだれでもオッケー、みたいにいわなかったか?
「じゃあ、行くわよ。西校舎ってどっちなの?」アリサが元気よく音頭をとる。
何となくうれしそうなのは、やはり第一回の部活動に対して期待しているからなんだろうな。
浩は、鞄を持って立ち上がった。
「こっちだよ。みんなで行こう。」そういうと、教室の前のドアから廊下に出た。
アリサ、高円寺、雪度マリがついてくる。皆、そのまま帰れるように鞄を持っている。
4人でぞろぞろと校舎をつなぐ通路を通り、西校舎の二階にたどり着く。視聴覚室は、廊下の突き当りだ。
「そういえば、なんで視聴覚室っていうんだ?」高円寺が言う。
「そうね。学校によってはオーディオルームとかプレゼンテーションルームなんて言い方をしているみたいね。だいたい、視聴覚ってなに?視力聴力の検査をするところじゃないしね。あまり考えたことなかったけど。」と、小柄でちょこまか歩いてきた雪度マリが返事する。
「ま、要するに、見たり聞いたりする設備があるってことだけよね。昔はスライドとかテープレコーダーとかが高価なものだったから、わざわざそれを設置する部屋を作ってたみたいだけど、今はパソコン一台でいろんなことができるからね。もちろんプロジェクターがあったほうが大きな画面になるけど、液晶ですんじゃうケースも多いわね。
パイライトにはプロジェクターとスクリーンが備わってるけど、プラチナの場合は大画面液晶よ。都心のビルの上に出てるようなものね。」アリサが解説する。
大画面液晶が備わってる?プラチナとパイライトで、ずいぶん設備に差をつけてるじゃないか。ミクリヤ一族の差別だなあ。
「ちなみに、プラチナの学費は、パイライトの3倍くらいするわ。その分、設備が充実していても当たり前よね。」アリサが付け加える。
というわけで視聴覚室についた。アリサは、手慣れた感じで機械のコンソールを操作し、取り出したタブレットと接続する。
「あれ、規格が違うわ。ケーブルがないかしら。」ぶつぶつ言いながら、その辺を探している。
「これでいいはずよ。」雪度マリが、演題の横にある机についた穴から、ケーブルを出してくる。
アリサがそれを受け取り、自分のタブレットに差し込む。
すると、プロジェクターが作動し、皆の正面の画面に、白地に黒く太いフォントで、大きな文字が広がった。
曰く、「目指せ!新たな幼馴染への道!! Project O-N」
そういえば、プロジェクトオーエヌって言ってたなあ。浩は思い出した。
ハイフンが入らないと、プロジェクトオンに見えるから、あえてハイフンを入れているのかな?
アリサがタブレットに触れると、画面が切り替わった。
「はじめに プロジェクトの目的」
これで一ページだ。
もしかして、こんな感じの紙芝居が続くのだろうか?
浩は危惧した。その危惧を感じとったのかどうかわからないが、高円寺が質問した。
「あの、このプレゼンってどれくらいの長さなんだい?」
アリサは得意げに答える。
「ざっと100ページ。でも、まだ半分もできていないの。」
なんだ、それは。
「そんな長いの、全部は聞いてられないよな。」浩も同調する。
アリサがそれに対してうなずいた。
「そうね。時間がかかりすぎるしね。幼馴染研究会は、このプレゼンを完成させることも目的よ。目標は学園祭までだけど、ちょっと無理ね。あと一か月じゃ間に合わない。理論と実践、両方が必要だからね。」
もしかしてものすごい研究でもやろうとしているのだろうか?
「このプロジェクトはね。おじい様からも承認されているから、成果が出たら、貢献した人にはリターンがあるようにするの。」
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