第十三話 新しい幼馴染と登校

朝食が終わると、あとは学校に行くだけだ。

母の浩子が弁当を渡してくる。化粧もしてないのに今日も綺麗だな、と素直に思う。この人はなぜ、老けないのだろう。そして、どうして父親のような、大したことない(申し訳ないけど)男性と結婚したんだろう。疑問は今日も解決しない。

「はい、ヒロくん、お弁当。今日は、豪華よ!」そりゃどうも。朝食の食卓に乗りきらなかったメニューが入っているんだろう。むしろアリサに感謝しないとな。

「はい、アリサさん。」

同じような弁当を、アリサにも渡す。

まあ、アリサが持ってきたものを詰めるのだから中身も同じだろう。ただ、お揃いの弁当包みがちょっと気恥しい。

「ありがとうございます。」アリサが浩子に礼を言う。

「そんな、アリサさんが用意したものが大部分だから、むしろ私がお礼を言わないとね。浩に目をつけてくれて、本当にありがとう。」なんだか表現が不穏当な気がすす。


「どういたしまして。保温の弁当箱、二つそろえておきますね。どうせ毎日のことですから。」え?毎日のこと? こんな朝食が続くの? それとも弁当だけ? まあ、先のことは考えるのをやめておこう。単なる逃げだが。


「じゃあヒロくん、行くわよ。」アリサがそう言って、玄関に向かう。

浩は、二階の自分の部屋に鞄を取りにいく。そして靴を履いて、アリサと一緒に外に出る。

「行ってきます!」アリサが浩子に声をかける。なんだかもう家の一員のような雰囲気ですらある。

「はい、行ってらっしゃい。気を付けてね。

この返答もなんだか家族っぽい。まあいいけど。

普段、浩が登校する時間より一時間以上早い。これからはこの時間に出ることになるのかな、と浩は思う。



外には、スーツ姿をぴしっと決めた瀬場が待っていた。この暑いのにご苦労なことだ。

「お嬢様、車はよろしいのですか?」瀬場が尋ねる。

「さっきも言ったでしょ。歩いていくわ。」

「わかりました。行ってらっしゃいませ。」そういうと瀬場は頭をさげた。

礼の仕方も本当に決まっている。さすがはセバスチャン、というところか。


アリサは、浩に手をのばす。ん?なんの意味だ?握手じゃないと思うのだが。

「ヒロくん、今朝は手をつないでいきましょう。」

突然のアリサの提案に、浩はどぎまぎする。

「え?突然どうして?」

「だって、幼馴染になったんだから、手ぐらいつなぐでしょう?」アリサが真顔で言う。

そうなのか? 幼馴染だとしても、高校生になったら手をつなぐことはないんじゃないか?

手を伸ばしたまま、浩の内心の疑問に答えるようにアリサが言う。

「幼馴染は手をつなぐものよ。本当は、小さいころにするんだけど、きのうから幼馴染になったんだから、本来あるべきイベントを、ある程度追体験しておくのはいいことなの。だから、手をつないで行くのよ。本当なら歌も歌うんだけど、さすがにそれはやめておくから安心して。」

何が安心なんだかよくわからない。

「ちなみに、何の歌を歌うはずだったの?

「もちろんこれよ。♪おててつないで野道をゆけば~」

これは文部省唱歌だからJASRACは不要なのかな。それとも、歌ったり引用したりすると費用が発生するんだろうか?などとつまらないことを浩は考える。


まあ、手をつなぐこと自体はちょっと恥ずかしいけど嬉しい。浩は、アリサと手をつないで歩き始めた。柔らかくて冷たい。柔らかいのは、普段あまりハードワークに使うことがないからだろう。せいぜいピアノくらいかな。テニスとかやったら豆ができるだろうけど、そんな感じでもないしな。せいぜい和服着てお琴かな。金髪で着物姿ってどうなんだろう…など、とりとめのないことを考える。


ちょっと進むと、この前アリサとぶつかった路地まで来た。

「ここが運命の場所ね。」アリサが楽しそうに言う。「ヒロくんが私を押し倒して無理やりパンツを見た思い出の場所ね。」

ちょっと待て。

「押し倒してなんかいないだろ!」浩は叫ぶ。

「押し倒したでしょ。痛かったんだから。それにすごく恥ずかしかった。まあ、これからヒロくんに言うことを聞かせるための報酬の先払いだから仕方ないことだったんだけど。」

え?報酬の先払い?なんだそれは。

「まだわからないの? これから幼馴染として、ヒロくんを真人間に改造するのよ。これこそ魔改造。」なんか、字が違う。

「ヒロくんはこれから改造人間になるの。」俺はショッカーか、仮面ライダーか。

「もしかしたらつらいこととか、いやになりそうなこともあるかもしれない。そんなとき、すでにご褒美をもらってる、って思えばきっと頑張れるでしょ?そのためのイベントだったのよ。ついでに言えば、あのときのことは瀬場さんが録画して、しっかり編集してあるからね。ヒロくんが私を押し倒した証拠の映像が出来上がっているから。」

え?押し倒してないのに?

「瀬場さんは映像技師でもあるし、CGまで使えるのよ。ヒロくんが私を押し倒した映像を作るのなんて、簡単にやってのけるわ。」

それ、捏造だよね?


「あんな映像、おじい様が見たらどうなるかしたね。

うわ、脅迫だ。

「ちょっと勘弁してくれよ。一家が路頭に迷う。変な冗談はやめてくれ。」

「あら、あながち冗談じゃないよ。ヒロくんの態度次第だからね。ヒロくんのお父様もお母さまもかわいそうね。息子がクズで。まさか、ミクリヤの女性を押し倒すなんてね。むしろ警察沙汰にならないのがおかしいくらいね。この映像は。」やめてください。お願いします。


「最初が肝心だからね。ヒロくん、しっかり幼馴染になって、ちゃんとした人間になってね。それが成功した暁には…」

思わせぶりなセリフだ。

「あかつきには?」

「まあ、そのときのお楽しみね。もちろん、真人間になることが目標だから、そうなったら将来はよりどりみどりのはずよ。」

そうですか。

まあせいぜい頑張ろう。

「ちなみに、失敗したらね。」

「失敗したら?」浩は気になってしまう。もしかしてルートがあるのか?

「ヒロくん。ミクリヤは長山市に鉱山持ってるのを知ってるよね?」

そりゃあ、ミクリヤ財閥の最初は、鉱山だからね。


「実は、山奥の地下5000メートルに、大きな現場があるの。そこの人たちは、毎日そこで寝泊まりして、ときどき給料をもらって、その中から天引きで借金を支払うのよ。支払の単位はペリカっていうの。仕事が終わるとチンチロリンもあるから娯楽も十分。楽しそうだけど、そこで働く?」 それ、カイジの世界じゃないか。その頃は成人しているだろうから、キンキンに冷えたビールが悪魔的だ、ってやつだな。松山ケンイチみたいになりあがってやるか…なんて絶対にお断りだ。ついでにビル渡りももっといやだ。


「僕には選択肢はないんってことかな。」

浩は半分あきらめた感じで言う。

「べつにいいじゃない。真人間になればいいだけよ。ちゃんと勉強して、普通に学校を出て、うまくすれば大学も行って、就職したら彼女もきっとできるわよ。そうしたら、魔法使いにならないでも済むかっらね。」

余計なお世話だ。

「そうしたら、『幼な妻、おかえりなさいのご挨拶』なんて本も要らなくなるからね。」

なんで、俺のとっておきコレクションを知ってるんだろう。それが一番の謎だ。


など、益体もないことを話しているうちに、学校が近づいてくる。

この先にあるのがパイライト学園の門。そこから右に曲がって100メートも行けば、そこはプラチナ学園の門になる。」

「アリサさん、おはようございます。」プラチナ学園の、襟と袖に刺しゅうのついたブラウスをさっそうと着こなした、栗色の髪の毛でショートカットの、ちょっと日焼けした美少女が声をかけてくる。胸に輝くPのエンブレムがまぶしい。


「あら国立さん、ごきげんよう。」アリサは、手をつないだままで平然と返事をする。

「アリサさん、ぶしつけな質問ではありますが、こちらの殿方はどちら様ですか」

背筋をぴんと伸ばしたまま、国立と呼ばれた女子が聞く。背は160センチくらいか。それほど高くもないが。女性らしい体形で、プロポーションもいい。

「私の幼馴染の、佐藤浩さんよ。パイライトに通っているの。」

「パイライトですか…」彼女は一瞬眉をひそめた。

だがすぐ気を取り直したように、浩に挨拶する。

「はじめまして。プラチナ学園の二年で、生徒会長を務める国立真弓と申します。アリサさんにはいつも良くしていただいています。佐藤さん、以後お見知りおきを。よろしければ、プラチナ学園にも遊びにいらしてくださいね。」

いきなりの社交辞令だ。パイライトの人間が、プラチナの中に入れるわけがないだろうに。


「国立さん、ご存じとは思いますけど、わたくし、昨日よりパイライトに転校しましたの。」アリサが平然と言う。

さすがの真弓も、驚きを隠せない。

「え?アリサ様、いったい何があったのですか?」 あれ、アリサさんからアリサ様になってる。それだけ動揺しているんだな。

「ちょっと事情がありまして。プロジェクトオーエヌ、という重要ミッションが勃発しましたの。おじい様も了解してますのよ。」

「さようでございますか。大変なこととは存じますが、アリサさんなら間違いはございますまい。では、ごきげんよう。」一礼すると真弓はプラチナのほうに歩いて行った。


「話し方変わるんだな。」浩は、素直な感想を述べた。

「こういうのが面倒だから、プラチナから逃げてきた部分もあるのよね。」アリサがつぶやいた。

なんだか、セレブってのも大変なんだな~と浩は素直に思う。

「じゃあヒロくん、行くよ。」

アリサはそういうと、浩の手を引いて、パイライト学園の門を入った。















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