第十二話 新しい幼馴染と豪華な朝食
浩は部屋に戻って制服に着替える。そして洗面所で顔を洗い、ヘアブラシで髪をなでつけながら歯を磨く。
左右の手で違う動きをする。これができると、朝の作業効率が上がるのだ。
そのあと電気髭剃りでひげを除去し、もう一度顔を洗う。
本当ならここでおしゃれに男性化粧品といきたいところだが、浩にはそんな金も、興味も
ない。エルメスだろうがちふれだろうがマンダムだろうがあまり差がわからないのだ。
いちおう、髭剃りあとにアフターシェーブローションをつける。いい香りだ。とは言っても毎日塗っているから慣れてしまい、反応しにくい。
「かみそり負けとかしない電気かみそりなんだから、もともとアフターシェーブローションは不要なはずなんだけどなあ。」
浩は独り言を言う。じゃあ、なぜアフターシェーブローションなんかつけるのか?という突っ込みがどこかから来るのか、といえば別に来るわけではない。
髪の毛には何もつけない。寝ぐせがあるときだけムースで整えるくらいだ。
ヘアスタイルを気にすることはない。ただのモブキャラだし、スキンヘッドとかドレッドにでもしない限り、たいして変わりはない…はずだから。ちなみに、浩は床屋派だ。顔剃りをしてもらえるのがうれしい。美容院に行ったこともあるが、自分には合わないと思った。仰向けでシャンプーするのも、なんだか違和感がある。ついでに鼻毛が出ているのがばれそうだし。 (行く前にチェックすればいいだけの話なのだが。)
寝ぐせはなかったので、とりあえず準備はできた。あとは朝食だ。朝の時間には、母の浩子が朝食と弁当を作ってくれているはずだ。
食卓に行くと、アリサも座っていた。
まあ、予想どおりだな。
本当なら弁当とか朝食を作った、とかいいそうだけど、お嬢様はそこまで女子力高くないだろうな、と浩は思う。ちなみに、浩は当然料理などできない。お湯をかければできる料理と、電子レンジであたためればできる料理、くらいしか作れない。
食卓にならんでいる朝食がなんだか豪華だ。朝から刺身の舟盛りとスライスしたトンカツが並んでいる。その横にはフライドチキンとウィンナー。いろいろ盛られたサラダや漬物なども並んでいる。バスケットには各種のパンが並んでいるし、席の前には皿と茶碗、お椀が並んでいる。箸とナイフ、フォークもある。 和洋瀬中もいいところだ。
「なんだい、この豪華で統一感のない朝飯は?」浩が聞くと、「今朝は、アリサさんが持ってきてくれたのよ。」と浩子が答える。
もちろん、それ以外はありえないんだけど。
作った、ということはないだろう。まあケータリングとかだな 刺身は作るもんじゃないし。でも、おつくり、っていうんだよな。などどどうでもいいことを浩は考える。
「ヒロくん、私が用意した朝ごはんよ。しっかり食べてね!朝ごはんは、一日の活力の元よ。これで精をつけて、勉強も運動も人並みになれるよう頑張ってね!」アリサが言ってのける。
うーん。早く人並みに、というか早く人間になりたい!という感じなんだろうか。そうしないとクズまっしぐら。 用意してくれた食事は豪華だけど、どうもアリサの浩に対する扱いがひどいような気がする。
「おれはもともと人間なんだけど。」思わず言ってしまった。でも、、考えてみれば「人並み」と言われただけで、人間じゃないとは言われていない。
「人並み、って言っただけで人間じゃないとは言ってないわよ。まあ、このままなら人間だけど人間のクズかもしれないけどね。」浩の心を読んだようにずばり言い当てたあと、やはり辛辣なアリサ。
「まあまあ、ヒロくんは優しい子だし、大丈夫よ。そのうち真人間になるからね。お母さんはヒロくんの味方だから。」味方の割には妙にきつい言い方の母。
この前までは子離れできない母だったような気がするが、今は息子で遊ぶ母、という感じだ。
まあ、女性二人のタッグに勝てるわけはないので、浩はとりあえずトンカツの皿を手元に寄せる。
「待って、ヒロくん。」と、浩の行動に気づいたアリサが止める。
「まずは、ちゃんとご挨拶でしょう?」
ご挨拶?あ、いただきますの合図か。
「じゃあ、いただきます。」浩はそういって、パンに手を伸ばす。「ヒロくん、ご飯とみそ汁はいる?ふりかけや納豆もあるんだけど。」アリサが聞く。浩はちょっと考えて、やはりご飯にする。普段は食パンをくわえて走る…わけではないが、パンを食べている。だが、トンカツや刺身があるのだから、ここはご飯一択だ。さすがに、刺身の舟盛りにパンはミスマッチだし。
ご飯とみそ汁をアリサがよそってくれる。なんだか甲斐甲斐しくて、まるで奥さんみたいだ。こんな奥さんがいたらいいな…などと浩は妄想する。
というわけでご飯も来たし、トンカツでも食べるか。そう思って浩はトンカツに手を伸ばす。
「ヒロくん、待って。」アリサが言う。どうしたのだろう。「トンカツは、アリサが特別に食べさせてあげる。」
そりゃどうも。特別に食べさせてくれるわけだ。でも、普段は食べられないから…ってほどうちは貧乏じゃないと思うぞ。たぶん。
まあ、アリサが調べればうちの父親の給与明細なんて筒抜けになってしまうだろうけどな。
「ヒロくん、何を気にしているの?あなたのお父さんの給料は今日から3倍よ。あなたが学校をクビにならない限りね。」
何気に怖いことを言われた。
アリサは、切れたトンカツに、箸を伸ばした。
そして、浩の顔の前に持ってきて「あーん」と言った。
食べさせてくれるのはうれしいけど、ちょっとやりすぎだろう。それに、浩子が見ているのが恥ずかしい。
「自分で食べられるからさあ。」と抵抗してみる。
「あのね、ヒロくん。女の子にあーん、なんてやってもらったことある?いままで無かったでしょ?」その通りだ。
「数学的帰納法って知ってるかな?」アリサが突然勉強の話を始めた。
「うーん、たぶん知らない。」正直に答える浩。
「たぶん、というより絶対知らないよね?」アリサは浩の目をまっすぐ見る。
「いい? 昨日、ヒロくんは女の子に あーん、をしてもらってない。」
ふむふむ。
「ある日、何もなければ翌日も何もない。」そうかな。
「だから、ヒロくんは永久に あーん、をしてもらえないのよ。これが数学的帰納法、」
よくわからないが、たぶん間違ってる。
「だから、私の言うことを聞いて、あーん、を受けるの。幼馴染の義務と言っても過言ではないわ。」いや絶対過言だ。
「早くしないと、学校に遅れるから。」アリサは言う。まあ、それは正しい。
「だから早く、お口をあけなさい!」命令してきたぞ。
浩はしかたなく口をあける。
アリサがトンカツを箸でつまみ、浩の前に持ってくる。
「あーん」アリサが言う。浩は黙って口をあける。
「こういうときには、『あーん』って言うのよ!」と怒られた。
仕方なく「あーん」という浩。アリサは、楽しそうにトンカツを浩の口に突っ込んだ。
ソースがかかってなくて味が乏しい。それに、衣で口の中の水分が奪われる。
あれ?トンカツってこんな辛いものだったのか?
「ヒロくん、おいしい?」アリサが浩の顔を覗き込む。また目が合った。
ここで言えることばは一つだけだ。「うん、おいしい。」
アリサの笑顔が見られる。それだけでよしとしよう。
そう思いながら、浩は味噌汁でトンカツを流し込んだ。
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