第十一話 お約束の目覚め:新しい幼馴染は乱入する

浩は夢を見ていた。

幼馴染の「たまりちゃん」と公園で遊んでいるはずなのが、どうしてもたまりちゃんの顔が見えない。背は低く、スカートを履いている。体形も幼児の姿だが、顔の部分が黒くなっている。たまりちゃんの顔がどんなだったか、思い出せない。

「たまりちゃんだよね?」背中を向けたその姿に、浩は声をかける。

たまりちゃんのはずの女の子は振り返る。すると、いきなり幼児の姿の背が伸びて、ツインテールで金髪の女の子に変わる。

女の子は怒った顔で言う。「間違えちゃダメ。あなたの幼馴染は私だけよ!」

浩はなぜか恐怖した。逃げなければ大変なことになる。そう思ったのだが、体が動かない。そしていつのまにか押し倒され、マウンティングされた。

(もう駄目だ。殺される…)

そう思ったところで、意識が覚醒した。寝汗がすごい。だが、目は閉じたままだ。

目覚めた場所は、当然自分のベッドの上だ。だが、何か違和感がある。目をあけてはいけないような気がするが、かといってそうしないわけにもいかない。 仕方なく浩は目をあける。


視覚の大部分は、何かに占められていた。

…縁取りのある白いブラウス。プラチナ学園の夏の制服姿の金髪ツインテールの少女、アリサが、浩の体の上に馬乗りになって、浩の顔をのぞきこんでいた。綺麗な顔だが、アップになっていると綺麗、というよりは迫力がすごい。

それより気になったのは、彼女と浩のいまの位置関係だ。

一応タオルケットはかかっているし、浩の下半身が彼女に密着しているわけではないが、浩の腹の上に、彼女のお尻が乗っている。それだけではない。彼女の顔が、ずいぶん近くまで来ている。

「おはよう、ヒロくん。お寝坊さんね。」アリサが楽しそうに言う。

「うわあ」浩はとにかく動転して飛び上がった。その反動でアリサが後ろに倒れそうになるが、跳ね上がりながらもなんとかその姿勢を維持した。その結果として、アリサの体重が、再度浩の腹にぶつかってきた。

「ぐえっ」浩は変な声を出した。まるでつぶれたカエルだな、と苦しみながらも月並みなことを考える。

本来なら、自分のベッドの上にかわいい女の子がいるシチュエーションなのだから、喜んでしかるべきところだろう。だが、予想しないような状況で、とんでもない姿勢でいるのだから、喜ぶ前に驚く。そして、喜ぶより怒っても引いても不思議はない。だが、浩は別のことに気づいた。朝ということもあり、体の一部が元気になっているのだ。これを知られてはならない。

「あの~、アリサさん。どいてもらえませんか?」浩はおそるおそる声をかける。下半身をできるだけ離そうとするが、馬乗りになっている少女はまったく動かない。

アリサは、ちょっと怒ったような顔で答える。

「言い方が違うわよ。幼馴染なんだからどういうんだったっけ?」

浩はあわてて言い直す。

「アリサちゃん、どいてくれる?」

アリサはちょっと目を細めた。

「ヒロくん、起きたらなんていうの? 挨拶すらできない悪い子は、クズまっしぐらよ。」 それ、すごくイやな言い方。 キャットフードじゃあるまいし。

だが浩には謝る以外の方法が思いつかない。

「ごめんなさい。アリサちゃん、おはよう。起こしてくれたんだね。ありがとう。」

アリサの顔がぱっと輝いた。

きっと、こんな言葉を待っていたのだろう。

アリサは、なんとなく棒読みっぽく答える。

「べ、べつに大したことじゃないんだからね。私も起きるついでだし。ちゃんと起こして学校に行かせるのは、幼馴染として当然のことなんだから。大したことじゃないわ。」そういいながらも、なんだかうれしそうだ。たぶん、大事なことだから二度言ったわけではなさそうだ。

「じゃあ、起きるから、ちょっとどいてくれるかな?」浩はそういうと、目をそらした。

アリサが動くと、スカートがめくれそうだ。見たいけど、見ていることに気づかれたら殺されるかもしれない。

「ヒロくん、見たいの?」アリサがいたずらっぽく尋ねる。絶対、人をからかって遊んでいる。

浩はどぎまぎしながらも、理性的に答えた。

「べつに見たいわけじゃないし、見るのは失礼だから見ないよ。」

本音としては、見たいけど、見たらまたあとで何を言われるかわからないから自粛する、というところなのだが。

「もう、この前は、しっかりと見たでしょ!あれ、恥ずかしかったんだからね。」

アリサは、ちょっと責めるような、すねるような声を出す。

あ、あの縞々パンツのことか。

思い出したらなんだか余計まずくなりそうなので、浩はその映像を頭から消した。

「とりあえず、部屋から出てくれるかな。着替えるから。」

「え~、わたしは気にしないよ。幼馴染なんだから!」ベッドサイドに仁王立ちしているアリサは不服そうだ。スカートにはしわができていない。さすが高級なプラチナ学園の制服だなあ、などと一瞬思うが、実はそれどころの話ではない。

着替えだぞ!冗談じゃない。お嬢様は高校生男子のストリップを見たいのか。ついでに言えば、絶賛元気に営業中だから、それまで気づかれてしまう。


「俺が気にするの!年頃の男の子は、感受性が強いんだから!」ちょっと大声を出してしまった。

すると廊下から声がした。

「アリサさん、その辺にしておいてあげましょう。ヒロくんが恥ずかしがって着替えられないでしょう?」母、浩子の声だ。

…ということは、ずっと聞いていたのか。

自粛して本当によかった、と思う浩だった。

「いいこと教えてあげるわ。ここの鍵はかからないの。だから、ヒロくんが着替えを始めたら、こっそりドアを開けて覗けばいいのよ。健康な男の子の着替えを見たいのは、若い女の子だったら当然のことだから安心してね。」

何を言うんだ。こっちは全然安心できない。

「ちなみに、私も若い女の子だから、ヒロくんの脱いでるところ、こっそり見たいな。」おい、あんた母親だよね。ちょっといろいろ間違ってると思うんだけど。


「さすがに、二人ともいい加減にしてくれよ。なら風呂場で着替えるから。」

すると、二人はドアを閉め、廊下から謝ってきた。

「ヒロくうん、ごめんね~。早く着替えてね~」これはアリサの声だ。

「新しいシャツ出してあげようか~」これは母、浩子だ。絶対わざとやっている。

つきあいきれないけど。

「新品は出さないでいいから。ここに着替えあるから大丈夫だよ。速く下に行きなよ。」

とにかくとっとといなくなってほしい。

「は~い」浩子の声がする。

そして、廊下で大きな足音がして、だんだん小さくなっていく。

階下に降りたかな…と思いつつ、部屋のドアをあけると、そこに二人がいた。

「何やってんだよ。だいたいさっきの足音は?忍者じゃあるまいし、フェイクの足音とかやめて!」

思わず叫んだよ。

「海が見たい…」なぜかこんな言葉が口に出た。

「え?じゃあこれから海に行く?」と、アリサが嬉しそうに反応する。笑うとえくぼができるし、目がちょっと垂れるところもかわいらしい。

「いや。新学期二日目というか授業初日からサボりってのはまずいよね。学校行こう。」浩はそう言った。

「え~私の水着姿、見たいんじゃないの?幼馴染だから、見せてあげてもいいわよ。」見たい!とは思うけどここは堪えないと。

「学校行くってば。」浩は主張する。

「まあ、いいわよ。今日の目的はまあ達したしね。」アリサが誇らしげに言う。どんな目的だ?と思ってふと気づくと、自分は首の伸びた寝間着代わりのTシャツと、トランクス一枚だけだ。

「…あ」元気なところも気づかれたかもしれない。

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