第十話 新しい幼馴染と糸電話!


「ふう、やっと怒涛の一日が終わった。

アリサが帰り、浩はシャワーだけ浴びて部屋に戻った。


エアコンをつけ。Tシャツとショートパンツ姿でベッドに転がる。どうやら浩子がシーツを替えておいてくれたらしい。気持ちよい寝心地だ。


朝のパン食い縞パン事件から始まって、いろいろあったなあ。」浩は回想する。そういえば、今朝、玄関をあけたところから話は始まっていたんだっけ。


とりあえずいろいろ大変だったけど、面白そうでもあるなあ。プロジェクト幼馴染か。手をつないで学校に行ったりするのかな?それとも砂場で砂遊び?まあ、どうでもいいかな。明日になれば少しはわかるだろう。


と、のんびり考えていると、窓ガラスから2回、鈍い音がした。

そういえば、二度のノックはトイレ専用、客としては3回以上やらないといけない、って聞いたことがあるな。本当のところは知らないんだけど。日本特有の謎マナーなのかな?


まあそれはさておき、これはたぶん、いや絶対アリサだろう。また石でも投げてきたのかな?

そう思った浩がカーテンをあけ、窓も開く。

伸び縮みする、いわゆるマジックハンドが空中に浮いていた。

ノックをするだけのために、こんなマジックハンドを調達したのか…浩はちょっと呆れる。マジックハンドの逆側には、当然アリサがいた。


「遅い」アリサが不機嫌そうに言った。

「窓をノックしたら、2秒でカーテンと窓を開ける。そう反応しないとダメよ。反応が遅いのは、クズライフの始まりよ。」なんだクズライフって。全然始めたくない。


「これからは3秒以内に反応するのよ。幼馴染の義務ね。」アリサは言った。

「いないときには無理だよ。あと、取り込み中の時も。」

勉強や趣味に集中しているとき、邪魔されたくないので浩は言う。


だが、どう思ったのかアリサは言う。「取り込み中っていっても女性とエッチしているわけじゃないでしょう。いけない家庭教師の極楽課外授業、なんて本を見ながら、妙にもぞもぞしているくらいなら、3秒あれば十分だよね。」


そういうと、アリサはマジックハンドをいったん引っ込め、その先にポリ袋をひっかけて浩につきだす。隣の家だからそれほど距離はないので、マジックハンドは手元に届く。浩はそのポリ袋を見た。何やら線がつながっている。 浩は袋に手を伸ばす。その中には、糸のついた紙コップが入っていた。

「糸電話か?」 思わず浩は独り言をつぶやいた。


「そんなの、見ればわかるでしょ。早く耳にあてなさい。」アリサが言う。

だいたい、隣の家でマジックハンドが届くくらいなんだから、糸電話なしで肉声でもいけるだろ。

「なんで糸電話なんだ?直接話せるだろうに。」浩は聞いてみる。

アリサは答えず、糸電話を口に持っていった。そして浩に耳にあてるようジェスチャーする。

仕方なく浩は、その糸電話を耳につけた。糸電話なんて、小学生のころ以来だ。だいたい今の子供は糸電話なんて知ってるんだろうか?


「聞こえる?どうぞ。」アリサが言う。まあ、直接も聞こえるが、糸電話は確かに声が届いた。ちょっと感動ものだ。

「聞こえるよ。」浩が答え、コップを耳に当てる。返事を待つために持ちかえるのが面倒な気もしないでもない。

「ちゃんと、会話の終わりにはどうぞ、というの。そうしてから持ち帰るの、わかった?どうぞ。」

言われてみればそんなルールあってもいいのかもな。ずっと昔は、トランシーバーという無線電話みたいなのがあって、それを使うときは、話すときにボタンをおしていないといけないらしい。その場合、会話が終わったときに「どうぞ」と言って相手に話すことを促していたようだ。

まあ同時に話すと伝わらないから、会話のつなぎにそういうのもいいのかもしれない。

浩は紙コップを握り、「わかった。どうぞ。」と答えた。

「今日一日、いろいろあったわね。どうぞ。」

「本当だね。パンをくわえて走る少女なんて初めて見たよ。まるでマンガかラノベだね。いや、いまはそれすらないのかも。どうぞ。」

「まあ、お約束ってものね。パンをくわえた美少女が転校生だった。運命の出会いよね。これころ、いわゆるお約束ってやつよね。様式美よ。運命の出会いのためには欠かせない、とまでは言わないけど有効よね。だいたい…」

アリサは滔々としゃべり続ける。

いつまでたっても「どうぞ」が来ない。その間は自分はしゃべってはいけないのだろうか?

しかも窓を開けているので暑いし、虫が家の中に入ってきた。

「アリサちゃん、悪いけど。」浩は仕方なく声をかける。

「何よ、まだ、どうぞって言ってないわよ。」

不機嫌にアリサが言う。

「暑いし、蚊に刺されるから、終わろう。」浩はなんとか切り上げることにする。

アリサはちょっと考えて、「そうね。」と一言。


「じゃあ、糸電話を回収してよ。」浩は言う。すると、アリサは糸電話を窓から放り投げた。

「つながってるんだから、ヒロくん、自分のところで保管しておいて。」ちょっと投げやりに言う。まあいいんだが。浩はなんとか糸を引っ張って糸電話を回収する。

あれ?次回使うためにはマジックハンドがいるんじゃないか?浩はそこで気づいたが、アリサはすでに窓を閉め、カーテンも閉じていた。

「ま、いいか。そのうち渡せばいいや。」浩はそういってベッドに戻ろうとした。すると、ベッドの上に、大きな蛾が5匹くらいおちていた。そして部屋の中には蚊が飛んでいる。

仕方なく、浩は蛾をティッシュでつまんで窓から捨てると、

蚊取り線香と殺虫剤を取りに、階段を下りて行った。


リビングには一郎がいた。浩はちょっと気になったことを聞いてみた。

「無線とかで、会話のおわりにどうぞ、って言うことはある?」

一郎は不思議そうに答える。「そりゃあ、昔はあったな。今もあるのかもしれないけどね。軍用無線とか、英語でオーバー、なんて言い方することもあるし。宇宙での無線とか、よく使うと思うぞ。」 宇宙の無線って、国際宇宙ステーションとかで宇宙飛行士に言うやつなのかな?

「こちらチャンピオン号、地球へ、愛をこめて。地球は、青かった。どうぞ。」父、一郎は楽しそうに言う。

「何、それ?宇宙無線?」「いやな、これは、スネークマンショーだ。」

全くわからない。愛のチャンピオン号、というものらしい。


電気蚊取り線香は見当たらなかった。仕方なく、懐かしの渦巻蚊取り線香をセットする。あれ?どうやって火をつける?浩も一郎も浩子も煙草は吸わない。そのため、ライターもマッチも見当たらなかった。仕方なく、キッチンのコンロで火をつけた。

(これがIHだったら、どうしようもなかったな。家がちょっと古くて良かった。いや、単純にうちが貧乏で、IHを設置できなくてよかった、というべきなのか?)などと、父、一郎に失礼なことを考える浩。


蚊取り線香をもって部屋に戻る。隣を見ると、部屋の電気は消えていた。アリサは自宅に帰ったのかもしれない。


浩は、ベッドの下に手を伸ばす。取り出したのは、「いけない家庭教師の極楽課外授業」だ。今夜のお供はこれにしよう。あれ?アリサはなんでこの本があることを知っているんだろう? 考えると恐ろしいので、そのまま、グラビアに集中する。


しばらくして、本を片付けて、目覚ましをセットし、浩は眠りについた。

疲れていたのだろう。意識はすぐに飛んだ。


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