第九話 新しい幼馴染は親公認!

浩はアリサを連れてリビングまで行く。ちょっと離れて瀬場がついてくる。目立たず、音も立てない。さすがはセバスチャン(意味不明だが)。・


ポロシャツの上にスーツを着込んだ父、一郎と、しっかり化粧をした母、浩子が緊張した面持ちで出迎えた。

「い、いらっひゃいませ、アリサ様」父さん、ちょっと噛んだぞ。

アリサは居住まいを正すと、丁寧に礼をした。縛った金髪が揺れる。

「お初にお目にかかります。御厨アリサと申します。先日隣に引っ越してまいりました。今夜は、ご挨拶かたがたお願いにあがりました。よろしくお願いいたします。」


礼をする姿勢も美しい。ドレスの裾が揺らめくのもなんだか優雅に見える。やはり、上流階級は洗練されているなあ。浩はそんなことを考えた。

アリサが瀬場に目で合図をすると、瀬場が菓子折りをアリサに渡した。

アリサは、差し出す途中で菓子折りの向きを変え、一郎の前に掲げる。

「こちら、つまらないものですが、ご挨拶の品です。お納めください。」

この辺の日本語の常とう句も変だよな。つまらない物なら渡すな、とか思う。パイプクリーナーとか便秘薬ならつまらないのもいいのだが。


「かたじけ…いや、あ、ありがとうございます。」かたじけない?時代劇かよ。

「この度は、わざわざ大層なものをいただき、誠に恐悦至極に存じます。幾久しくお受けいたします。」なんだその言い方。たしか、結納のときの言い方じゃなかったか?緊張しすぎだろう。 


「お気遣いなさらないでよかったのに。」コチコチに固まる父、一郎に代わり、母の浩子が答える。この辺はさすがの夫婦連携だ。


「と、とにかくお座りください。いま、お茶をお持ちします。」一郎はそういって二人にソファをすすめた。「私はこちらに立ったままで結構です。それが仕事なので、お構いなく。」瀬場が慇懃に答える。 アリサは当然のようにソファの真ん中に座った。深く座るとふんぞり返る感じになるが、あくまでつつましやかな座り方だ。

「お構いなく。」そういう言葉も様になっているのは、さすがだと思う。


「アリサさんは、今日、うちのクラスに転校してきたんだよ。プラチナからね。

浩は説明する。 

「プラチナからですか。何か目的でもおありなのでしょうか?ミクリヤ様なら無条件でプラチナに在籍できるでしょうに。」 一郎が言う。まあそりゃそうだ。


アリサはそこで立ち上がって、伸ばした手を前に出し、人刺し指を立てた。

「私は、ただ一つの目的のためにやってきました。」アリサは得意気に答える。


「ほう、それでわざわざパイライトに。よっぽど大事な目的がおありなのでしょうね。」父は敬語をやめない。


「そうなんです。」アリサはにっこり笑ってピースサインを出した。

「今回の目的は、浩さんの更生です!」

更生って何だよ。人を触法少年か前科者みたいな扱い、ひどくない?浩は思う。


「うちの浩が何かやらかしたんですか?それなら存分に罰を与えてください。悪いのはこいつですから、うちは関係ありません。」父さんは言い切りやがった。息子よりもローンの残るマイホームと母さんがいいんだな。

「そうではないんです。」アリサが一応否定してくれた。そんなことがなぜか涙が出るくらいうれしい。…洗脳されはじめたかな?


「浩さんは、まだ中の下の状況を保っていますが、このまま放置していくと、学業もスポーツもダメで、女の子にもモテないし金儲けの才覚もない。とするとどんどんこれから坂道をころげおちていきます。いきつくところは犯罪者か人間のクズです。そうするともう手遅れです。刑務所か、野垂れ死にするかもしれません。」

おいやめろ。

「そ、そんな…どうにかならないんでしょうか。ヒロくんは決して悪い子じゃありません!いうことは聞かないし勉強はできないしつまみ食いはするし親に口答えはしますけど。」母さんもひどいよ。

「そんな浩さんを救う方法があるんです。」

アリサはにっこりと笑った。やはり美人だなあ、と思うものの話す内容が気になる。

「それが、私と幼馴染になることなんです。」

両親とも頭の上にはてなマークが出ている。


「どういうことなんでしょうか?いまからじゃ知り合っても幼馴染とは言わないでしょう?」一郎が尋ねる。当然の疑問だと思う。


「幼馴染、というのは小さいころから気心が知れているので遠慮がない。だから異性でも近くに来るし、プライバシーも関係なくなんでも知っている。そんな相手がいれば、人間のクズにはならないで済むはずなんです。近くにいて、自分のことを気遣ってくれる、年齢が近い異性。そういう相手がいれば、生き方も変わります。 前向きになるし、くじけそうなときには慰めてくれる。いいことがあれば一緒に喜んでくれる。 だから、私は、あえて浩さんのために、彼の幼馴染になってあげる、ということなんです。小さいころから知り合っていなくても、ちゃんと距離を縮めれば幼馴染になります。

幼馴染として、人生を応援することで、ダメな浩さんも、なんとか立ち直って、自分の価値が世の中にあることを認識してくれるでしょう。…単なる勘違いでしょうけどね。」

一言余計だ。


「つまり、私が今日から彼の幼馴染になることによって、彼を救ってあげるのです。これが成功したら、ほかにも幼馴染としてちゃんとした若者をクズ候補にあてがいます。それは人助け、慈善事業でもあり、うまく軌道に乗ればいわゆるマッチングサービスとして収益も得られるでしょう。すべては浩さんにかかっています。」


そこで、アリサは浩に向き直る。

「一大ビジネスの成否が、ヒロくんにかかっているのよ。」なんだかすごい話になってたぞ。


「おお、なんだかわからないが頑張れ浩。アリサさんについていけば間違いないからな。大船に乗った気でついていけ。」父さんも無責任だなあ。間違いないというより、間違いしかないような気がする。


「わかっていただけましたか。ありがとうございます。これから浩さんを幼馴染のヒロくんとして扱いますからね。」 アリサはそういうと、後ろに立っていた瀬場に合図をする。

すると瀬場は、ポケットからスマホを取り出し、ボタンを押すとだあれかと話し始めた。


「どうも瀬場です。アリサ様と、例の佐藤家に来ています。…ええそうです。ミクリヤ商事の子会社のミクリヤリビングサポートの子会社のミクリヤフラワーサービスです。 」

どうやら、うちの父のことを話しているらしい。

瀬場が「少々お待ちください。」と言って、アリサに代わる。アリサは話しだした。

「おじい様、例の佐藤浩さん、今日からヒロくんって呼ぶんだけど、彼のおうちに来ています。お父様はミクリヤフラワーサービスっていう会社の係長らしいよ。え?かわるの?いいよ。」


アリサはそういうとスマホを持ってリビングまで戻ってきた。

「おじい様が、お話したいって。」そう言うと、一郎にスマホを渡した。

あまりのことに一郎は硬直した。手からスマホが滑り落ちる。それを見た浩は、なんとか手を伸ばしてキャッチした。

「ほら、耳にあてて。」浩がそういうと、一郎はなんとかスマホを耳にあてた。

「ひゃい。そうであります。」 「そ、それは無理です。ご遠慮いたします。私はこの会社で十分です。え?いやそれも荷がかちすぎます。… はあ、ありがとうございます。わかっております。もちろん、お任せください。では、アリサ様にお戻しします。」どんな会話があったことやら。


「おじい様。どうしたの。あ、そうなの。へえ、欲がないわね。まあ、それくらいだからヒロくんも小市民なんだけどね。うん、ありがとう。」アリサは会話を終えた。瀬場が流れるように近づき、スマホを受け取る。この辺もぬかりない、って感じだ。


「何があったんだい?」浩はアリサに聞いた。まあ一郎に聞いても無理っぽい。まだ硬直している感じだし。

「おじい様がね、私の親しい人のお父さんがミクリヤに勤めてるんだったら、ミクリヤ商事の社長にでもしてあげようか、って言ってくれたの。ミクリヤグループでもトップ5に入る大企業の社長よ。でも、ヒロくんのお父さんは固辞したの。」当たり前だ。


「で、いま勤めてるミクリヤフラワーサービスの社長は、ってきいたらそれもぐずぐず言うから、そこの副会長で手を打ったわ。給料は3倍にするって。個室と運転手付きの車もつけるって。よかったわね、ヒロくん。」それでいいのか?


一郎はまだ茫然としている。「俺が…個室?」 その程度で呆けているようでは出世はおぼつかないのだろうが。


「これで、私はめでたくヒロくんの幼馴染ってことでいいですよね?お父様?」アリサは一郎に言う。

「も、もちろんです。うちの浩をうまく導いてやってください。おい浩、お前、アリサさんの言うことを何でも聞くんだぞ。逆らうと今度はお父さんの首がかかることになるからな。」 要するにうちの親を懐柔しただけじゃなくて、人質にとったわけだ。なんと恐ろしい。まあ、給料三倍になったからめでたい気もするけど。言い方を変えると、自分は売られてしまったのかもしれない。


「で、結局幼馴染だからなんなんだよ。」浩の困惑は続く。思わず言葉遣いが乱暴になる。

「その辺は、あしたからゆっくりお話ししましょう。今夜はこれまでにしておきましょうね。」


そういって、アリサは席を立った。瀬場も音もなく動きだす。

「またいつでもおいでください。」一郎が声を上ずらせながら言う。

アリサはそれに答え、いたずらっぽく微笑みながら答える。

「勿論です。」


言葉の意味を、そのときの浩はまだ理解していなかった。









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