第八話 クラスメイトです、ガールフレンドじゃないってば。しいて言うなら新しい幼馴染?
浩から、「今夜はすごく大事な来客があるから、必ず定時で帰ってきて。」というメールを受け取った父の一郎は、言われたとおり定時で帰ってきた。
一郎から「今夜はどんな来客なんだ?お前のガールフレンドでも来るのか?」とリビングのソファでお茶を飲みながら冗談っぽく言う。
それに対して、母の浩子が「女の子で、クラスメイトのかわいい子よ。」と、限定的な情報だけ伝える。
「おおそうか、お前もガールフレンドを連れてくるようになったか!そうかそうか。じゃあ、父さんがいい子かどうかを見極めてやろう。」と嬉しそうに言う。
「見極められるのは父さんのほうだよ。変に嘗め回すような視線を送るのは、やめといたほうがいいと思うよ。」浩は言った。
「ガールフレンドじゃなくて、クラスメートだし。それに、最大の問題は、彼女に気に入られなかったら、どうなるかわからないからね。」
「何言ってるんだ。息子のガールフレンドにあまり気を遣っても仕方ないだろう。直接の人間関係ができるわけでもあるまいし。」
一郎は不思議そうに言った。
「だから、ガールフレンドじゃなくてクラスメイト。そしてね。彼女の名前は…」と告げようとしたとき、母の浩子から「二人とも、急いで晩御飯食べてね。早く片付けないと大変だから。」と言われ、急いでダイニングテーブルに着く。一郎は飲みかけのお茶を持ったままだ。
テーブルの上には、ごはんと卵焼きと漬物とビーフシチューが並んでいる。ビーフシチューが少なめなのは、一人前を二人に分けたからだろう。
「なんだこの取り合わせは。急いでいるわりにビーフシチュー作ったのか?」一郎が浩子に聞く。
「そのビーフシチューは、昼間にアリサちゃんが持ってきてくれたものよ。デリバリーで頼んだものみたいだけど。私の昼ご飯は、残りもの片付けてたから、ビーフシチューは晩御飯に出すことにしたのよ。」浩子が説明する。
「その女の子、アリサちゃんっていうのか。かわいい名前だな。どんな子なんだい?教えてくれよ。どこがよかったんだ?それに、彼女はお前のどこが好きなんだ?」 あくまでガールフレンドだと思っている。もういいや。と浩は思った。
「金髪でツインテールにした美少女だよ。今日、転校してきて僕の席の隣に座ることになった。」別にウソはついてない。
「おお、そうか。初日から家に連れてくるなんて甲斐性がお前にあるとは、知らなかったよ。お前もやるときはやるなあ。」
そろそろいいだろう。
「ちなみに、彼女の名字はミクリヤだから。」
そのとたん、一郎はお茶を噴き出した。
「おい、それを早く言えよ
!一族のメンバーだとしたら、粗相があってはいかん。お前、絶対に変なことするなよ。」
するわけがない。されてるけど。
「ちなみに、理事長のお孫さんだよ。今朝、校長に指図してた。うちの担任によると、彼女に逆らったら退学だって。」
一郎はがたがた震えだした。
「おい、食事なんかしている暇ないだろう。早く片付けろ。俺もひげをそって、アイロンのかかったシャツに着替えてだなあ…。あー、お茶菓子はあるのか? というより玉露はあるのか? 変なもの出したら切腹ものだぞ!」 すでにインスタントコーヒーと麦茶出しましたけど何か?
「とりあえずビーフシチュー食べてよ。いただいたもの食べなかった、となったら…」と浩が口にした瞬間、一郎は猛然とビーフシチューをかきこみ、ご飯にはお茶をかけてすすった。急がないと、という気持ちが伝わってくる。
浩はビーフシチューを味わってから、食卓を片付ける。
今は七時。来るのは八時だから、まだ大丈夫だろう。
浩子は午後じゅう掃除をしていた。夕方に買い物に出たが、ケーキだけ買ってすぐに戻ってきたようだ。
「母さんは化粧直しするんだろう?食器は洗っておくよ。」浩は言った。
「そう、ありがとう。それじゃあ、お願いね。」そういうと、母は洗面台に行った。化粧を直して、髪を整えるらしい。そのあと着替えもしないといけないから、せわしない。一郎のほうは、何をしていいかわからず、右往左往している。
「とりあえず着替えたら?」浩は父に言う。
「まあ、仕事じゃないからポロシャツとかでもいいんじゃないの?ネクタイはいらないよ。ましてや、この暑いときにスーツのジャケットも着なくていいと思うよ。僕だって私服だしね。」」
「そ、そうか…」父、一郎はまだ落ち着かない様子だ。
「それよりも、もっと大変なことがあるんだよ。」浩は説明しようとする。
「その、御厨アリサちゃんが、僕の幼馴染なんだ。」
自分で言っていても、いったい何のことだかよくわからない。
「なんだそれは、今日初めて会ったんだろ、幼馴染もへったくれもないだろう。それに身分が違いすぎる。幼馴染なんてなるわけがない。お前、頭おかしくなったのか?」
お願いだからそれをアリサの前で言わないでほしい。何が起こるかわからない。
「だから、今日から幼馴染なんだよ。」うーん。これは理解されそうにないかもしれない。
「とりあえず、そうやって彼女は僕を救ってくれるんだって。」
自分で説明していてもわからいのだから、説明を聞いているほうが全く理解できないだろう。父は理解できない、という顔をしている。まあいいか。とりあえず説明はした。あとは自分で状況を把握してもらうしかないだろう。
「なんだかわからないが、とにかく粗相のないようにな。お前だって退学になりたくはないだろう?」父は結論を出した。原因はさておき、対処方法はそれしかない。
というわけで父は着替えに行き、浩は食器を洗う。二人分だし、皿の数も少ないので比較的短い時間で終わった。ちなみに、浩子はキッチンでご飯と卵焼きを食べたらしい。
とりあえず浩は自分の部屋に戻った。窓から隣を見てみると、電気は消えたままだ。まだ丘の上の大豪邸から戻っていないんだろう。 それなら、わざわざ今夜にうちに挨拶に来ることもないのに、と浩は思うが、浮世の義理っていうのはそんなものではないのだろう。
まあ、面倒なことは早いうちに済ませるに限る、ということなのかもしれない。
ベッドに座り、スマホをいじっているといつの間にかうとうとしてしまったらしい。
遠くで♪ピンポ~ン という音がするのが聞こえ、浩は目を覚ました。
アリサが来たらしい。浩は飛び起き、手櫛で髪をいじると、階段を駆け下りた。
階段を踏み外さずに降りられたのが奇跡的なくらいだ。 おそらく、浩の個人史上で最速で駆け下りたのではないだろうか。記録がないのがつくづく残念である(本当かな?)。
浩はドアのかぎを開け、ドアノブを押した。ドアの外にはさっきのドレス姿のアリサと、上品そうな初老の男性が立っていた。
「いらっしゃい、アリサさん。そちらはご家族のかたですか?」
浩は尋ねが。父親には見えないので、たぶん使用人だろう。家庭教師かもしれない。
アリサは答える。「執事の瀬場よ。我が家に代々仕えてくれているの。横に立ってるのが仕事だから、放っておいていいわよ」
品のいい男性は一礼した。「瀬場です。覚え方は簡単。セバスチャンのセバと覚えてください。」うーん。執事といえばセバスチャン、というのは誰が決めたのか?
「とにかく、お入りください。」アリサだけならもっと砕けていいが、大人がいるとちょっとかしこまってしまう。アリサの使用人であることはわかっているのに。
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