第七話 新しい幼馴染はお隣さんだから
玄関が閉まる音を聞いて、招かれざる珍客が帰ったことを知ったのか、二階から、母の浩子がとんとんと下りてきた。さっきと違い、それなりに化粧はしているが、服はそのままだった。髪型も変わっていない。さすがに間に合わなかったのだろう。
「ヒロくん、今の子、どこで出会ったの? ちょっとしか見なかったけど、素敵なお嬢さんじゃない。あの髪の毛、校則は大丈夫なの?」
いきなり質問攻めである。
「いつから付き合ってるのよ?どこまでいってるの?まさかヒロくんこの夏にすでに…」と、なんだか妄想モードに入っている。
「だから、全然違うって。」浩はあわてて否定した。
「あの人は、ミクリヤのお嬢さん。理事長の孫娘だから。今日からクラスメイトになったんだよ、しかも隣に住むんだって。」
浩子はかなり驚いたようだ。
「ミクリヤのお嬢さんなの?ヒロくんまさか、ミクリヤのお嬢さんにインスタントコーヒー出したのっ?」驚くところはそこかい。
「ちなみに、麦茶も出したよ」浩は開きなおった。「それから、母さんにおみやげでビーフシチューあるからね。」
「でもなぜミクリヤのお嬢さんが?おうちは丘の上のはずだし、学校はプラチナでしょ?なんでヒロくんのクラスメートになるの?」 こっちが聞きたいくらいだ。
「その辺よくわかってないけど、まあ転校してきたことは確かだから、明日以降だんだんわかってくると思うよ。あ、それより今夜また来るって言ってたから。八時だって。そのころなら父さんも帰ってきてるよね。」
「え~。本当にまた来るの?家、散らかってるのに。」
「さっきもう見てるから、今更変えたって遅いと思うよ。」浩は冷静に指摘する。
「今度こそ化粧しなくっちゃ。今から美容院言ってこようかしら…」もう遅いよ。
「それより、その時間なら父さんも帰ってるよね。事前に連絡してあげないと、寄り道して酔っぱらてて帰ってきてセクハラでもしたら、一家が路頭に迷うんじゃないの。」
母は焦った。「ヒロくん、本当にその通りよ! とにかく、お父さんにすぐに帰ってきてもらわないと!」いや、まだ平日の二時だよ。 さすがにまだ早い。
「早引けしてもらう必要はないけど、定時に帰ってくるようにメールしておくよ。細かいことはぜったい伝えられないから、用件だけ送っておく。」浩は母に伝えた。
「そうね。そうして頂戴。とりあえず夕食は簡単なものにして、すぐに食べ終わってスタンバイしないとね。ヒロくん、何かお茶菓子でも買ってきてくれる? ああ、でもあなたのセンスじゃろくなものにならないわね。あとで、お母さんが行ってくるわ。ああ、その前に掃除機かけないと。ヒロくん、二階に行っててくれる?」
自分が片付けの戦力にならないことは、浩が一番よく知っている。浩は黙って二階に上がり、自分の部屋に入った。
すると、窓ガラスに何か音がした。小石のようなものがぶつかった感じだ。いままでそんなことはなかった。
何だろう?浩は不思議に思い、窓を開けてみた。
「遅いわよ。」
窓の外は隣の家の窓があった。その窓枠に、アリサが腰かけていた。
さっきのラフな格好から、上品なドレスに着替えたようだ。庶民的な家の窓に、パーティーに行くようなドレス。すごいミスマッチだ。
「そんなところでそんな恰好をして、落ちたら危ないよ!」浩は驚いて言った。
「別に、落ちないから大丈夫よ。」無造作に言うアリサ。
「でも、ちょっとそっちまでは距離があるわね。大丈夫だろうけど、 飛び移ったときに手足を滑らせたら下に落ちるかもね。」
「何、不穏なことを言ってるんですか? だいたい、飛び移るなんてアブナイでしょう。お願いだからやめてください。」浩はなぜか丁寧語で指摘する。
「幼馴染は、必要があれば窓から飛び移って相手の部屋まで行けるのよ。そんなの常識」
どんなものを読んだら、それが常識になるのだろう。さすがにちびまる子ちゃんに聞いても答えてくれないだろう。エジソンは偉い人だっていうのはまあいいけど。
「まあ、飛び移らないとしても、窓と窓で話ができるのが重要なのよ。それが幼馴染の距離感なんだから。」
そりゃあ、隣同士に住んでいる幼馴染だったらそうなるかもしれないけど、みんながそうなるわけじゃない。三軒離れてたら、もう無理だ。 それに今は携帯があるから、無理にそうやって話をしなくてもいいはずだ。
「ケータイでいいだろう。スマホで話す分には、顔だて見えるし。」浩は突っ込む。
「それは風情が無いわ。周りにも聞こえちゃうような大声では話しできない、でもこっそり話したい。そんな距離感がを持つのが幼馴染道の美学なんだから。」
また出た、幼馴染道。 そんな道はいらないんだが。
「だいたい僕とアリサちゃんが幼馴染になることで、何がそんなにいいことなんだ? 家を買っちゃったり、転校したり。少なくとも、こんなに金や手間をかけてまで僕一人を何とかするって、意味がわからないんだけど。」
「確かに、お金と手間はかかってるわね。それは否定しない。」アリサは答えた。
「でもここで、俺はそれだけの金をかけるだけの価値がある人間なんだ!といって感激の涙を流してもいいのよ。そうしたら、幼馴染として、「あなたが今流す涙は、いつかきっと歓喜の涙に変わるわ。だから今は歯を食いしばって頑張るのよ。私が陰ながらついているから。」って言ってあげる。」
もう、どんな設定なんだか皆目見当がつかない。
「なんだかもうわからないけど、とりあえず窓どうしが近いことだけは肝に銘じておくよ。」浩は疲れた声で告げる。
「あ、カーテン開いていると見えるからね。ベッドの上で、巨乳のお姉さんの雑誌とか見てるとわかるからね。パープル水着の下は何色?なんてタイトルの本とか、ちゃんと隠しておかないとダメよ。」
「へ?」浩のとっておきのお気に入りだが、なぜ彼女がそれを知っているのか。
「ほかにも、裸エプロンお姉さんの逆襲、とか、テニスウェアの誘惑、とか…」
「お願いだから、もうやめてください。」浩はもう涙目だ。浩の大好きなコレクションが暴かれる。
「ヒロくんは年上好きなのかな?まあ、同い年の幼馴染には、エッチな気持ちにはならなくていいからね。」余計なお世話だ、と思ったが、よく考えてみると、アリサに妙な気持ちをもって、それがばれたら人生が詰む。
「とりあえず、いつもカーテンは閉めておきます」浩は答える。
「だめよそんなの。私と連絡とれるように、カーテンは開けておいて。」
逆らえそうにない。連絡ならスマホでやろうよ。
その時、車のクラクションが鳴った。
「あ、迎えが来たわ。じゃあ、またあとでね。」
見ると、玄関の前に高級車が止まっている。
アリサは部屋に戻り、窓を閉め、カーテンの向こうに消えた。
直後に玄関から出て、車に乗って行ってしまったようだ。
(結局、何がしたいんだろう。これからどうなるのかな。)
浩は内心、かなりドキドキしていた。
少なくとも、アリサが隣にいる限り、平穏無事な日々は過ごせそうにない。
(今夜、また来るのか…)そう思うと、なんだか胃が痛くなる浩だった。
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