第六話 新しい幼馴染とお昼ご飯


♪ピンポ~ン 玄関のチャイムが鳴る。



「は~い、今いきま~す」と浩は急いで玄関のドアを開ける。本当なら防犯上、相手を確認したほうがいいのだが、真昼間だし、治安のいい長田市では大した犯罪は起きていない。せいぜい下着泥棒くらいだ。


で、ドアを開けると、そこには真っ赤で細かいデザインの付いたTシャツと、デニムのショートパンツ姿のツインテール美少女が立っていた。もちろんアリサだ。

細くて白く、すらりとした足が健康的で美しい。

浩を見て、アリサは微笑んだ。笑うとえくぼができて、とび色の目が少し垂れ目っぽくなる。これは新しい発見だ。

アリサは、黒くて四角いバッグを持っていた。

「ヒロくん、幼馴染のアリサが友情と同情たっぷりのお昼を持ってきたよ。」ここは愛情じゃないのか。

「ピザとパスタとビーフシチューがあるから、一緒に食べましょう。上がってもいいかしら?」

バッグを見ると、ウー〇ーイーツのマークが入っていた。要するに、デリバリーを頼んだようだ。

「え、悪いから遠慮したい…けど、それももっと申し訳なさそうだね。」浩は言う。

「そうよ。こんなに私一人で食べきれないもの。二人で食べましょ。おうちのかたもいるなら、ご一緒に。」

押しが強いな。 これは断れない。

「じゃあ、上がってよ。散らかってるけど。」この日本語表現、ちょっと変だよな、といつも浩は思う。

「じゃあ、お邪魔します。」アリサは素足に履いた高級そうでシックなサンダルを脱ぐと、バッグを持って三和土から廊下に上がった。

「ヒロくーん。お客様なの?」浩子が声をかけてきた。

「そうだよ。クラスメイトの…」と言いかけたところで浩子はアリサを見つけ、「あら女の子。つ、ついにヒロくんがガールフレンドを連れてきたのね。あ~大変。お化粧してないわ。髪の毛も直してないし、服も着替えなきゃ。あ~ここ散らかってる~」とほとんどパニック状態だ。

「ヒロくん、リビング片付けてね。私このままじゃ顔合わせられないから、いないってことにしておいて!」そう言うと浩子は二階の自分たちの寝室に駆けあがっていった。


(明らかに顔を合わせたのに、いないって言うのはさすがに無理があるよなあ…)

浩は苦笑した。

「ヒロくんのお母さま、なかなか面白い人ね。幼馴染のお母さまだからご挨拶したかったけど、今は無理っぽいね。」 その通り。

さすがにこの状況では無理です。


「ご挨拶はそのうちするとして、お食事いただきましょうか。いろいろあるから、好きなもの食べてね。余ったら残りはお母さまに取っておいてね。」


「じゃあ、とりあえず飲み物を…あ、麦茶しかないや。イタリアンにあうかどうかわからないけど、まあ水よりいいよね。」浩は冷えた麦茶にさらに氷を入れて持ってくる。


二人はリビングのソファに並び、デリバリーのピザとパスタを半分ずつにする。ショートパンツから伸びる白い太ももに、浩はどぎまぎする。ついでにTシャツの襟ぐりが緩めなので、胸元もちょっと開きぎみだ。彼女が前かがみになると、襟元から中の下着が見えてしまう。それどころか…浩はいろいろ気になって仕方ないが、気づかれると厄介なので、極力見ないようにする。まさかピザを食べるのに修行僧のような気持ちになるとは思わなかった。


二人はゆっくりとピザとパスタを食べる。白いソースのかかったカルボナーラパスタは、浩のほうが多めに分けられた。まあ当然なんだろう。

ビーフシチュー(なんでこんなものをランチで頼んだのだろう?)はパックのまま残しておいて、浩子にとっておくことにした。


Mサイズのマルガリータ・ピザのスライスを口にしながらアリサは言う。

「日本のピザって小さいのよね」アリサは言った。

「え、本場、アメリカのピザって、やっぱりもっと大きいの?」浩は尋ねた。

「ピザ、正確にはピッツアね。これはイタリア料理よ。それくらい知ってるでしょ?イタリアンって言ったばかりだし。もちろんアメリカでも発達しているし、ドミノピザとかはアメリカのものよ。まあ、大きさ比べるのはアメリカのものとだけどね。」

日本どころか長山市すら出たことのない浩からすれば驚きだ。

「へ~、そうなんだ。アリサさんはアメリカに行ったことあるのかな?」

尋ねると、

「アリサちゃん、でしょ!」また訂正された。「アメリカ、何度か行ったことあるよ。そうは言ってもニューヨークとハワイくらいだけどね。」 それだけでも高校生で行ってるなら十分すごいと思う。浩一家は誰もパスポートすら持っていないのだから。


ピザとパスタを食べ終わると、容器をバッグの中に戻す。本来容器は使い捨てだが、このまま持ち帰ってくれるらしい。


「インスタントコーヒーしかないけど、それででいいかな?」浩は尋ねた。「お嬢様はインスタントコーヒーなんか口に合わないだろうけど。」と付け加える。


「だからアリサちゃん、でしょ。もちろんヒロくんが入れてくれるなら何でもいいよ。ダメ出しはするけど。」するんかい。


浩が淹れたインスタントコーヒーにシュガーとミルクを入れ、アリサが口をつける。なんとか受け入れてくれたようだ。


「ところでアリサちゃん」浩は尋ねる

「なあにヒロくん?」アリサは嬉しそうな顔をした。やっぱり目が垂れるが、愛嬌がある。。

「幼馴染になる、ってどういうこと?どうして僕を選んだの? そして、これから具体的に何をすればいいのかな?」浩は自分が思っている疑問をぶつけることにした。


「まあ、学校でなぜ、ってのは聞いたけどね。あまり納得できないけどそういうことならそうなのかな。でも、そこまで冴えないかなあ。」浩はちょっと悲しかった。


「ヒロくんはね。まだダメじゃない。全体でいえば下から数えたほうが早いけど、底辺までは行ってない。だから、まだ救い上げられるのよ。でも、放っておくとどんどん沈んでしまう。そう思ったの。 まあ、生徒のデータベースに条件を入れたら候補がすぐにはじき出されたわ。多変量解析を使って、生徒のデータを大学の研究室に分析させたの。苦節三十年、ついに完成したのよ。」 絶対嘘だ。

浩がそう思っているのを顔で察知したのか、アリサが訂正した。

「三十年くらいの苦労があるような三日間だったわね。」

「ただの三日間じゃないか!」浩は突っ込んだ。

「正確に言うとね、データ入力しようとしたら、データを受け取った研究員が熱で倒れてね。

三日後にやっと回復して、入力したら5秒で結果が出たのよ。」

要するに、三十年じゃなくて五秒で僕が人間のくず候補だと決めつけたわけね。泣いてもいいかなあ。


アリサは付け足す。「もちろん、5秒といっても、その前にこちらが条件を出して、それに合うモデルを作るのには時間がかかっているわ。ちょうど大学の一般教養の授業でその部分をやってたから、教授が学生に宿題として出したの。出てきた宿題をすべてプリントアウトして、一番遠くまで飛んだモデルを使ったんだって。」

一番いい、じゃないのかよ。その程度か。、本当に研究室に頼んで難しい多変量解析なんて使ってるのか?それに、学校ではトーナメントで負け抜きとか言ってたような。

「なんでもいいじゃない。ヒロくんが選ばれた。これでヒロくんは人間のくずルートを脱却できる。これでいいでしょ?」

アリサが断言する。

なんだか、もうそれでいいような気がしてきた。


「まあ、なんで俺、はもういいや。幼馴染として、これからどんなことをすればいいのかな?」浩は尋ねる、この疑問はずっと持っていたことえだが、簡単に答えが出るとも思っていない。


「いろいろなことを、ね。でも、あまり言わないほうがおもしろいと思うの。」アリサは思わせぶりに言う。


「まあ、これからおいおいわかっていくから安心してね。」全然安心できない。

「というわけで、いったん帰るわ。ヒロくんは自分の部屋にでも戻っててね。」アリサはそういうと、席を立った。また一瞬前かがみになり、浩は視線を苦労しながら逸らした。


玄関まで来ると、アリサは大声で浩に言った。「ヒロくん、今夜8時にまたご挨拶に来るから、今出かけているお母さまによろしく伝えてね。」


今夜また来るの?まあ、今の声は、二階にいる母親に聞かせるためのものなのだろう。


アリサはサンダルを履いて、家に帰っていった。


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