第五話 新しい幼馴染は放課後一緒に帰る


「で、いつまでついてくるんだ。」浩は聞いた。

校門からずっとアリサが付いてくるのだから。


「え、幼馴染は一緒に帰るものでしょう?」アリサは不思議そうに言った。

「そんな、幼馴染ったって同じ方向とは限らないだろう。それにアリサさんの家はあの丘の上の豪邸なんだろう?」

「アリサちゃんって呼んでよ。幼馴染なんだからね。」アリサは訂正した。

「いや、この年齢にもなればアリサちゃんってことはないだろう。」

「なら、アリサでいいわ。」アリサはこともなげに言った。だが、ミクリヤのお嬢様を呼び捨てにするところを聞かれたりすると、この町ではどういう身の危険があるかわかったものではない。

「なら、アリサちゃんでお願いします。」浩はあっさり降伏した。


「いいわ。幼馴染だもんね。」…たぶん違うんだろうけど、だんだん自信がなくなってきた。

金色のツインテールが午後の日差しに光って揺れる。色白の素肌に反射するようだ。

綺麗だな、と浩は素直に見惚れてしまった。


「ヒロくん、そんなに私のこと好きなの?でも残念ね。幼馴染の恋愛って成就しないのよ。一生もてないかもしれないヒロくんにとっては残酷なものね。」

アリサが言う。

なんだか残念なような、腹立たしいような気持ちをぬぐえない。


アリサの考える幼馴染っていったい何なのだろう。まだイメージが全然わかない。


「アリサちゃんのイメージする幼馴染って、どんなものなんだい?」浩は聞いてみる。

「そんなの一言では答えられないよ。これから時間をかけて幼馴染とはどういうものか、どうあるべきかをじっくり教育してあげる。そして幼馴染道を究めるのよ。」


なんだか、いつのまにか柔道やら書道やら華道と同じようなジャンルになってきたようだ。と、混乱しているうちに、浩の自宅までついてきてしまった。

「アリサちゃん、結局うちまで着いてきたね。いいの、それで? あの丘の上まで結構遠いよね。タクシーでも呼ぶ?」一応気を遣って浩は言った。


「問題ないわ。だって、ここ私のうちだもの。」え? うちがいつのまに変わったのか?と浩は焦った。

「じゃあ、あとでご挨拶に行くから。待っててね。」アリサはそういうと、浩の隣の家に入っていった。 この前売却されて、改装のあと誰かが引っ越してきたところだ。


なんと、アリサが引っ越してきたのだとは思わなかった。家族が隣に?それも考えにくいよなあ、と浩はぼんやり考える。 この「プロジェクト幼馴染」アリサはどこまで本気なんだろう。隣の家に引っ越してきた、っていうことは、少なくとも夏休みにはその準備を始めていたことになる。プロジェクトを始めて、隣の家が空き家と気づいた? そんな都合のいいことがあるのだろうか。もしかして空き家になったのも…などと考えると、ちょっと背筋の凍る思いがする。


まあ、まさかそんなことはないだろうな、と思いつつ、浩は玄関を開けた。

「お帰りなさい、早かったわね。食事にする?お風呂にする?それとも…」と、化粧っ気もないのに相変わらずの美貌でエプロン姿の母の浩子がわけのわからないことを言ってウィンクする。


「新婚夫婦じゃないんだから、息子にそんなこと言わないでよ。」でも、浩のことを気遣ってくれる女性は、浩子だけだった…いままでは。

「始業式の日なんだから、早く帰ってくるに決まってるだろ。…始業式なかったけど。」

浩は付け足した。こんな新学期の初日は初めてだ。まあ、当たり前なんだが。


「何それ?始業式の日に、始業式しないで何するの?」浩子が不思議そうに尋ねた。ま、それはそのとおりなんだが。

「だから、何もしなかったよ。連絡事項だけ言われて解散。自習って言われたけど、だいたい勉強道具ないし。転校生が来て、それがVIPだったから校長が対応して、始業式がなかったってことだよ。」

「何それ、変なの。アメリカ大統領でも来たのかしら。」浩子がぶっとんだことを言う。

「そうなんだよ。校庭にエアフォースワンが下りてきて、そこから大統領が出てきてさあ。みんな星条旗を振って歓迎したんだけど、一人だけ北朝鮮の旗を振ってたやつがいてねえ…なんてことあるかい! たかだか長田市の高校にアメリカ大統領は転校して来ないだろ、やっぱり。」

「まあそうよね。でも転校生に校長がわざわざ?よっぽど偉い人なのね。アメリカ大統領のお孫さんとか?」そこから離れようよ。

「違うよ。ミクリヤの当主の孫らしい。」浩が種明かしをする。


「ああそうなの、じゃあ仕方ないわね。理事長の孫なんでしょ。それは一般生徒を集めた始業式よりずっと大事よね。」浩子は納得している。なんだか解せぬ。


「ところでさあ。」浩は聞く。「俺がさあ、ミクリヤの孫と幼馴染なんてこと、あるかな?」浩は念のため浩子に確認してみたのだが。


「ありえないわね。」浩子は即答する。何言ってるのこの子、というのが顔に書いてあるような雰囲気を出している。

「だいたい、身分が違いすぎる。住んでる場所も違う。町のど真ん中の丘の上でしょ。うちは、町のすみっこからすみっこに引っ越したくらいよ。ヒロくんの幼馴染は、水田さんのところのマリちゃんだけよ。あのころは、ヒロくんも、「たまりちゃんとけっこんするんだ~」とか言ってたのにね。まあ、マリちゃんは「けっこんするなら、おかねもちがいいなあ」とか言ってたからね。そのあとヒロくんは「たまりちゃんがけっこんしてくれなかったら、ママにけっこんしてもらうんだ。」って言ってくれたよ。」

小さい男の子の言いそうなことだ。

「だから今でも待ってるのよ。ヒロくんが私にプロポーズしてくれるのを。」何を言ってるんだこの人は。これ以上考えるのは不毛だからやめておこう。

やっぱり、自分の幼馴染は「たまりちゃん」だけだな。浩は再認識する。

「とりあえずそろそろ腹減ってきたよ。さっきの話じゃないけど、昼飯食べたいからお願いします。」 浩は急にかしこまってお願いする。


「いいけど、条件があるよ。」浩子は答えた。

「ぼくと結婚してください、って言ってくれたら、ご飯だしてあげる。」そういって浩子はまたウィンクした。

「息子をからかって面白いのかよ。」

「面白いからやってるのよ。それが嫌なら、彼女の一人でも二人でも家に連れてきなさい。まあ、できるわけないでしょうけど。」図星をついている。

「バカなこと言ってないで、昼飯作ってよ。」浩は頼む。自分ではカップラーメンを作るくらいしかできないのだ。

「ま、仕方ないか。何にしようかな。いずれにしても愛情たっぷり…」

浩子がまだ続けているうちに、 ♪ピンポ~ン 玄関のチャイムが鳴る。



ーーー

第五話まで来ました。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


よろしければ💛をお願いします。

あと、気が向いたら★なんかいただけたら歓喜します…。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る