第四話 今日からマブダチ!

浩は机も拭き終わり、アリサが席に座る。

「ヒロくん、よろしくね。あ、私に見とれるのもわかるけど、ちゃんと前を向いて先生の話聞くのよ。」 

誰のせいで横向いてると思ってるんだよ、おい。


スーツ姿の中野先生が話を始める。かなり汗をかいている。これは暑いから、というより緊張しているからだろう。

「えー、今日から二学期です。二学期は学園祭に修学旅行とかイベントが盛りだくさんだから、あまり騒ぎすぎないように。部活動も学園祭に向けて忙しくなるだろうが、勉強もしっかりするようにな。内部進学か、外部受験かも年末には希望を聞くことになる。

明日から授業再開だ。 時間割は…あ、プリントを見ておくように。日直はあとでプリントを配って。では、今日はこれまで。」

アリサの騒動のせいで、とくになんということもなく二学期初日は終わってしまったようだ。

日直の2人がプリントを配り、号令をかけ、中野は出ていった。普通ならこれで皆解散するのだが、今日ばかりは違う。

クラスの男女とも、アリサの周りに集まってきた。もちろん、アリサの周り、ということは浩の周りでもあるのだが。

「アリサ様、はじめまして。高円寺陽道(あきみち)といいます。浩とはマブダチです。こいつはダメなところもあるけど、いいとことも探せばきっともしかしたらあるかもしれません。ぜひ一緒に探しましょう!」 なんだよそれ。浩は言う。


「おい、高円寺、メルアドもLINE IDもケータイ番号も知らないマブダチなんてどこにいるんだ?


「そんなの関係ねえ!そんなの関係ねえ!」お前は海パン一枚で踊る奴なのか?

「アリサ様が今日からお前の幼馴染なら、俺は今日からお前のマブダチだぜ、浩。」軽い感じで高円寺は言う。


「そうしたら俺のマブダチの幼馴染とお近づきになれるじゃねえか。これを逃したら一生の後悔だよ。今日からマブダチ。これでいいだろ。」 別に俺に対して何かあるわけじゃないんだな。


「ほらヒロくん、あっという間にお友達できたでしょ。これがプロジェクトオーエヌの効果よ!これで、ぼっちのあなたもぼっちじゃなくなった。もうすぐクズ脱却よ…たぶん、もしかしたら、きっと、その可能性もないわけではないかも。」


俺はやっぱりクズ認定なのか…浩はちょっとがっくりした。


「まあ、いいや。高円寺、これからよろしくな。」浩は投げやりに言う。「おお、じゃあマブダチの証として、とりま、ID交換な。」高円寺は明るく返事する。


それに対し、浩は弱弱しく言った。「やり方わかんねえ。実際、やったことがほとんどない。母の浩子のIDはあるんだが、彼女が操作してくれたので、自分ではわからない。

高円寺は笑う。「これだからぼっちはなあ!だが、今日から俺がマブダチだ。お前とアリサさんとまとめて面倒みてやるぜ! とりあえずLINEからな。」


そういって高円寺は手慣れた感じでスマホを操作し、浩とIDを交換した。

「俺の電話もメルアドも登録したから、これで大丈夫だ。じゃあ次はアリサさんも!」そっちが狙いだろ、お前。

「私はLINEなんて使わないもの。交換しようがないわ。」アリサは冷たく言う。

「じゃあ、番号かメルアドを。」

「教える必要はないわ。」にべもない。「もし私に用があるなら、ヒロくんを通して。かれは私との連絡方法を確保することになるから。彼経由でお話しましょう。」お前はゴルゴ13なのか?浩は内心突っ込むが、当然口には出さない。


「じゃ、そういうことで、ヒロくん、帰りましょう。」アリサはそういうと、寄ってきたほかのクラスメイトをものともせず、白くて長い指で浩の無骨な手をとり、いきなり指を交差させた。いわゆる恋人つなぎだ。


浩はどぎまぎした。女の子と手なんか握ったことは記憶にない、しいていえば幼稚園のときにたまりちゃんと手をつないだことがあるくらいだ。


「あの、ちょっと恥ずかしいんだけど。」浩は真っ赤になった。

「気にしないの。幼馴染なんだから、こんなのあたり前よ。」:アリサはこともなげに言った。

いや、本当の幼馴染だとしたって、そんなことしないだろ。しないよな、たぶん、きっと。おそらく。まあ、幼馴染も恋人もいないのでよくわからないんだが。


というわけで、浩はもう片方の手で鞄をつかみ、アリサと歩きだす。

昇降口でやっと手を離すことができた。すでに手汗がびっしょりだ。


「あ、私の靴は来賓の昇降口にあるから、一緒に来てよ。」アリサは言う。

仕方なく浩は自分の靴を持って、アリサの後ろを歩きだす。今度は手はつながない。鞄と靴を片方ずつの手に持っているから。


(これで恥ずかしくないけど、なんか勿体ない気もするなあ。)浩の矛盾した男心がつぶやいた。


「私の靴箱はこれからもここにするわ。あとで鍵をつけるように言っておくわ。」

何だよそれ。

「私の靴は高いから、盗まれる可能性もあるし。来賓用のところならその可能性低いでしょう。それに、こっちの入り口のほうが綺麗だしね。」たしかに。生徒の昇降口は掃除がゆきとどかず、ぐちゃぐちゃだ。一方、来賓用の入り口は、用務員さんや事務員さんがこまめに掃除しているのでそれなりに清潔で整理整頓されている。

「これから一緒だから、ヒロくんのもこっちにしよう。決めた。」


そんなの決め手いいのか?まあ、いいんだろうな。


「ああ、もうお帰りですか、アリサ様。」声のするほうを見ると、タキシードに身を包んだ恰幅のいいひげオヤジが立っていた。

「ああ、校長。今日はこれで帰るわ。明日から、ここの靴箱、私とヒロくんの分を用意して、鍵かかるようにいしといてね。」

校長はにっこり笑い、頭を下げた。「承知いたしました。必ず手配いたします。ご安心lくださいませ。この立川に、お任せあれ。」

ちょっと溜めを作って、校長が見えを切った。どうやら、何とか奉行という名前の商品のコマーシャルを意識しているらしい。


「頼むわね。あ、あと、今朝も言ったけど、私はプラチナの制服で登校するからね。」「それも心得ております。では、ごきげんよう。」校長は頭を下げた。頭頂部は薄くなっているものの、副校長よりはふさふさしている。


来賓用の出口のところで、校長の声が聞こえた。「おーい国分寺副校長、ここの靴箱、2か所を綺麗にして鍵をつけてくれ。必ず今日中にな。頼んだぞ。できたら私にすぐ報告するように。」

なんだ、副校長にやらせるのか。 これじゃあ、副校長の頭が禿げるはずだ。まあ、どうでもいいことだが。








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