第二話 転校生はお約束を守る!
浩は二年B組の教室に入った。
新学期ということで、多くのクラスメイトは夏休みの話をしている。
やれどこに行った、部活の大会があった、旅行した、デートした、祭りに行った、最後までやった、などなどの充実した話があちこちで飛び交っている。
浩は、それらの話をぼんやり聞きながら、外を眺めていた。
自分にあった出来事といえば、墓参りで祖父の家に泊りに行って、大きなクモを見てびびった、というくらいだ。特に出会いがあったわけでもなく、たいしたイベントもない。映画も行かなかったしカラオケも行ってない。
家にころがって漫画やラノベを読んだりゲームをしたり、というのんべんだらり生活だった。
しいて言うなら、あと二つくらい楽しいイベントがあった。一つは、夏休みの後半になって、新しくベータ版がスタートしたオンラインゲームの「荒野運動」というゲームに初期メンバーとして参加し、ぼっちの浩には珍しく、気の合う友達というかゲームフレンドができたこと。
もう一つは、ちょっと古いギャルゲーを何十周もして完全ルート攻略したことだ。幼馴染、隣の席のギャル、まじめな委員長、学園一のアイドル美少女、新任の英語の先生などのターゲットそれぞれを攻略し、彼女にする。まあリアルではクラスメート以外の女の子と話すことはないので、実戦には使いようがないただのファンタジーなのだが。
ピンポンパンポーン、と音が上がっていくチャイムが鳴り、校内アナウンスが流れた。どうやら副校長先生の声のようだ。この学校の雑務の大部分は彼が担っている。だから髪の毛が薄くなるんだろう。
「本日の始業式は、校長先生に来客のため、中止とします。生徒は教室で自習、教員は職員室で待機してください。繰り返します。今日の始業式は、校長先生に来客のため中止。生徒は教室で自習、教員は職員室で待機してください。」
ピンポンパンポーンと今度は下がってくるチャイムが鳴った。 そういえば、これはドミソド、ドソミドだったなあ、と浩はぼんやり思う。
「始業式というか、新学期初日に来客って、来る客は、出迎える学校の体制のこと考えてないよなあ。」となりの席の高円寺が浩に話しかけた。特に親しくもないが、まあ普通のクラスメイトだ。浩も返事する。
「そうだよなあ。校長の仕事なんて、こんな式であいさつするだけだもんな。大部分のことは副校長がやってるし。校長の仕事は校長室でお茶を飲んでふんぞり返ってることだろうしな。なんせ、この学校で一番偉いんだから。」
校長だって仕事はある。全国の校長に謝ってほしい、とどこかの影の声がつぶやくが、そんなものは誰にも聞こえない。
高円寺は答える。「あ、一番偉いのは校長じゃないんだよ。理事長さ。」そういえばそんな職もあったかもしれないが、浩にはよくわからない。「え、誰なんだよ、校長より偉い理事長様ってのは。」
「知らないの佐藤君。理事長はこの学園グループ全体のオーナーというか、この長山全体のオーナーみたいな大金持ち。ミクリヤ一族の八代目当主、ミクリヤ秀吉よ。」その前の席にいる小柄な少女がいう。彼女は雪度マリ。ショートカットの髪で、よくしゃべる活発な女の子だ。事情通でもある。
「え、ミクリヤって名字なの?」浩は驚く。「佐藤君、本当に知らないの?この町で生まれ育ったんでしょう?」マリが驚いたように言う。
その通りだ。浩は、小学校1年のときにこの長山市の東側から西側に引っ越したものの、長山で生まれ育った、生粋の長山人なのだ。
「初耳だ。ミクリヤって、越後屋とか三河屋とか、そんなのだと思ってたよ。」浩は告白する。
高円寺がノートに「御厨」と書いて浩に見せる。「これで、みくりやって読むんだよ。見たことないのか?」
「見たことはある。ごちゅうとかだと思っていた。厨二病のちゅう、だしな。」
周囲はみんな呆れているようだ。
「いや、長山に17年も住んでいて、知らないのもそれはそれで凄いことだと思うぞ。よっぽどミクリヤ一族に縁がないんだな」高円寺がしみじみと言う。意外に説教臭いところがあるんだな。
浩は首を横に振った。
「ミクリヤ一族と縁がないなんて、そんなことはない。俺の親父は、ミクリヤ商事の孫会社のミクリヤフラワーサービスの係長だ。ミクリヤグループには世話になってるよ。」
「なおのこと、罰当たりだなお前は…」
などととりとめのない話をしているうちに時が過ぎる。自習時間のはずだったが、考えてみれば今日は新学期初日で、授業の道具すら持ってない。提出用の夏休みの宿題くらいだから、自習といっても雑談くらいしかできないわけだ。
そうこうしていると、教室の前側の引き戸が開いて、担任の中野が入ってくる。中野は40代後半の、眼鏡をかけて神経質な細身の教師だ。いつもスーツにネクタイでいるため、ジャージ姿の多い副校長よりも普段はよっぽど偉そうだ。だが、今日はなぜか、ちょっとおどおどしているのが不思議だ。
教壇に立ち、中野は言う。「皆さん静かに。今朝は、転校生がこのクラスに入ってきたので紹介する。みんな、粗相のないように、間違ってもケガなどさせないように、しっかりと尽くして、じゃない仲良くしてください。」何だその言い方は。
中野が廊下の外に声をかける。
「アリサ様、狭いところですが、お入りください。」
何だよそれ。教室なんてどこも一緒だろうに。
それに、アリサ様? なんで、先生が生徒に様をつけるんだよ? 浩が疑問に思う間もなく、前のドアから、小柄な少女が入ってきた。色白で金髪のツインテール。とび色の瞳に、形のよい鼻筋。整いながらも幼さを残す顔立ち。白いブラウスの胸に輝くPのエンブレムが、プラチナ学園の制服であることを表している。ちなみに、パイライトも頭文字はPなのだが、パイライト学園の制服にはエンブレムは付いていない。校章のバッジをつけるだけだ。校章のマークはPYとなっている。パイライトということだ。
間違いない。今朝、パンをくわえて浩にぶつかってきて、しましまパンツを鑑賞させていただいたあの金髪ツインテールだ。
パンをくわえてぶつかるなんて、どういうお約束だよ。ついでにパンツ、しかも青のしましまパンツなんて、ラノベの中くらいでしかお目にかからない…と思う。(実は女の子のパンツなんか、自分の部屋のベッドの下のコレクション以外で見たことはないのだが。)今じゃ少年マンガやギャルゲーにだって出てこないような設定だ。
制服が違うから油断したなあ。そうか、転校したばかりで制服もできてない、ってのもお約束になるのかな?まあ、プラチナの制服とパイライトの制服じゃあ、プラチナのほうがずっと格好いいからな。プラチナの制服を着たままなのも、わからないでもない。
その少女は、入ってくるなり教室の中を見回すと、浩に気づき、そして彼の目ををまっすぐに見た。
浩は、ちょっとたじろいだ。
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