今日から幼馴染! 初対面のお嬢様がなぜかぼっちの俺の幼馴染だと言ってきた件

愛田 猛

第一話 黒ずくめの不審者はお約束イベントで正体をちょっとだけ現す


夏の終わりとは言っても、まだ三十度は優に超えている。うだるような暑さの中、浩は玄関のドアを開けた。コンビニでアイスでも買ってこようかと思ったのだ。 

「明日から学校かあ。」浩は独り言をつぶやいた。


今日は八月の三十一日。宿題は終わらせてある。

とはいえ、新学期に何の感慨もあるわけでもない。


高校二年の貴重な夏休みは、なんということもなく終わろうとしている。デートに海に夏祭り。夏はリア充イベントが盛りだくさん、らしいが自分にはやってこない。


女っけのない生活、というか女どころ男っけすら少ない。

ぼっちとまではいかないが、プチぼっち、あるいはちょいぼっち、というところだろう。


まあ、それを深く考えると悲しくなるので、浩は首をなぜか左右に振ってから一歩外に出た。


外に出ると、隣の家の前に運送屋の大型トラックが止まっているのが見えた。

側面には大きくミクリヤ運送と記されている。この暑い中、引っ越しとはご苦労様なこと

だ。

ツナギを来た集団が、家具をてきぱきと運び入れている。


隣の家には小林さんという一家が住んでいたが、急に転勤となったとのことで、夏休みが始まるころ、引っ越していった。


もう戻らない転勤だと、母の浩子が言っていた。家も売ってしまったらしい。ということは隣の家はすぐ売れたのだろう。


引っ越し作業を横目で見ながら、浩は歩いて5分のコンビニに向かった。 

おなじみの青い看板が目印のコンビニに着いたときには、浩はすでに汗だくだった。 ここにはイートインコーナーがあるので、とりあえず浩はアイスを買って、涼んでいくことにした。 (そういえば、子供のころはチューペットが好きだったな。)チューペットとは、凍らせたジュースのようなもので、二つに割ってそこからチューチュー吸うものだ。子供の頃はこれが大好きだったなあ。幼馴染と半分こしたっけ。

だが今日は、宇治金時アイスだ。氷とアイスとあんこのハーモニーが素晴らしいと浩は思う。子供のころとはちょっと味覚がかわったのかな、とちょっとしみじみする。


宇治金時アイスを食べていると、スマホにメッセージが届いていた。 ひろこ(はあと)と表示される。

だがこれは恋人ではない。電話帳の記念すべき登録第一号として、母の浩子が自分で入れたものだ。そういえば、自分の名前は浩で母の名は浩子。安易すぎるよなあ、と小学校のころは思ったものだ。さて母の浩子からのメッセージは告げる。彼女の分のプリンを買ってきてくれ、ということだった。「金払えよ」の一言だけ返事して、浩は立ち上がった。

再度売り場を回り、プリンとポテチとコーラを買って、浩は家路についた。


灼熱の太陽のもと、だらだら歩いて戻ってくると、家の前に、不審人物がいる。この炎天下で、黒のキャップ、黒のサングラスと黒のマスク。そして黒の上下のジャージを着て、双眼鏡で浩の家を眺めている。背は比較的小さい。そして、よく見るとキャップの横から金髪のツインテールが出ている。


何この謎の女…浩は疑問に思った。うちには観察されるようなものはないんだが。 とりあえず声をかける。「あの、うちに何か御用ですか?」黒ずくめの人物は、突然声をかけられて驚いたようだ。きゃっと声をあげると、双眼鏡を取り落としてしまった。

ただし、ストラップを首にかけているため、単純にジャージにぶつかっただけで済んだ。


「な、なんでもありません」妙に作ったような声をあげながら、その人物は走り去っていった。


何なんだろう。浩は疑問に思ったが、まあいいか、と暑いので家に入った。そうしないと、コーラやプリンが温まってしまう。


キッチンにいた母の浩子にプリンを渡す。「ありがとね~ヒロくん。でも、今度からはこれじゃなくって、焼きプリンにしてね。そっちのほうが好きだからね。」 エプロン姿の浩子が言った。化粧っけもなく、髪はポニーテールにしている。だが、色白でしみ一つない。四十代になっているというのに、わが母ながら、今日も綺麗だ。浩子は週に3回くらい、近所の会計事務所でアルバイトをしているが、事務能力よりはお茶くみとおやつ配布と癒しの役割が大きいらしい。 


「プリン代、120円ね。」浩は請求する。 

「え~それくらいいいじゃないの。ヒロくん、この前私のアイス食べちゃったじゃないの。」

「それはそれ、これはこれだから。」浩はぶっきらぼうに返す。ここで甘くすると回収できない。限られた小遣いなんだから、きっちりしておきたい。


浩子は仕方なさそうに財布を出し、120円を出した。

「これでいいでしょう? お駄賃はさすがにあげないよ。」浩子は笑う。


「そういえば、お隣、引っ越しの車が来てるね。今日明日にでも挨拶に来るかしら」浩子は言った。


「引っ越しそばでももってくるのかな」

「本当はね、引っ越しそばっていうのは、近所の人が持っていくものだったのよ。引っ越しで忙しいから、まわりの人が気をつかっておそばでも、って届けたみたい。それがいつのまにか引っ越してきた人が配るように言われてるのよ。だから、そばなんて持ってこないのが正解だし、今時だから近所付き合いも知れたものなるかもね。小林さんとはそれなりに長いお付き合いだったけど、その向こうの山田さんとはほとんど話したことなんてないのよ。」


「ふーん」浩子は博識だが、ときどきウソを言う。というか本人は嘘だと思っていないのだが、単純に間違って覚えているのだ。だから、話半分にしておかないと痛い目に合うということを、浩は経験から知っている。


「ま、そのうちわかっるだろ。」そう言い残して、浩は二階にある自分の部屋に行き、ベッドにころがってスマホをいじりだした。


そういえば、明日から新学期だ。浩は鞄に宿題のプリントやらワークブックなどを詰める。

浩の通うパイライト学園は、いわゆる普通レベルの男女共学私立高校だ。

文字だけ見ると「ハイライト」に見えるが、実際は違う。パイライト、という。別におっぱいにライトがついているわけではない。

パイライト、日本語では黄鉄鉱という。

この町、長山市はもともと鉱山会社のミクリヤ鉱業の企業城下町として栄えてきた。今やミクリヤグループは数多くの企業を傘下に持つ、一大コンツェルンだが、そのルーツは鉱山にある。ここ長山市の鉱山からは、プラチナや銀、鉄、銅などが採れる。黄鉄鉱を見つけた初代が、ここは黄金の山に違いない、として鉱山業を開いたらしい。

そのためミクリヤグループでは黄鉄鉱は「大きな可能性」を意味しているらしい。


まあ実際、黄鉄鉱は黄銅鉱とならんで「fool's gold」と呼ばれることもある。金に似てるけど金じゃない。偽物、という意味もあるのだが。、

パイライト学園の皆は、自分たちはプラチナではないことを知っている。実はプラチナ学園というハイレベルの学校が、パイライト高校のすぐ隣に建っているからだ。


どちらも実は、ミクリヤ学園というグループに属している。ミクリヤグループが社会貢献、あるいは節税だかのために作った学校なのだ。 大学や大学院まであり、金属加工の研究では日本有数の成果を出しているらしい。

成績のいい生徒は中学からプラチナ学園に、それなりの生徒は高校からパイライト高校に入るというのがこの町の「普通」なのだ。

ついでに言えば、お金持ちだけが行っている、少人数指導のダイヤモンド小学校というのもある。

浩はその中の普通、パイライト高校の二年生だ。



翌朝、浩は白の開襟シャツにグレーのスラックスという、無難で特徴のないパイライト高校の夏服を着て、いつもの登校時間に玄関に行く。

「行ってきまーす」

「いってらっしゃい、気をつけてね~」

母、浩子との定番のやりとりだ。

元気でね。とならんで世の中で交わされる意味のないやりとりだと浩は思っている。


これからまた日常が始まる…と思い、ドアを開けたら、そこには目を疑うような人物が立っていた。


ドアの外にいたのは、金髪ツインテールの少女だった。襟元と袖口に複雑な模様の刺繍がついて、胸にはPという文字をアレンジしたエンブレム、プリーツスカートにも同じPのエンブレムが付いている。まごうかたなきプラチナ学園の制服だ。一目見ればすぐにわかるプラチナ学園の制服に身を包んだ少女。色白で、細い両腕、すらりと伸びた脚には短いソックスと純白のスニーカー。ブラウスの上から見える胸はつつましやかだが、未成熟な少女の趣があり、バランスは良い。とび色の瞳と綺麗に通った鼻筋。そして右目の下には泣きぼくろ。金髪ツインテールの美少女だった。プラチナ学園のスカートを短めに着こなし、手には普通の学生鞄と、なぜかビニール袋を持っている。その少女は、浩をじっと見つめていた。



「え…?」 浩は焦った。全く見おぼえのない美少女がすぐ前にいるのだ。自然と胸の鼓動が高鳴る。


少女は浩をじっと見つめたのち、満足そうに大きくうなずいて、声をあげた。


「うん、強さを感じない背格好、死んだ魚のような目、それ以外印象の薄い、覇気のない顔。見て30秒後には忘れてしまいそうな存在感の薄さ。明らかに彼女いない暦イコール年齢といえる外見、これぞモブの中のモブ、私の目に狂いはなかったわ。」


ものすごく失礼な言葉が、ぐさぐさと浩の心をえぐっていく。もう、ゲームでいえば、すでにHPは容赦なくガリガリと削られてしまい、浩のライフはゼロだ。


「そ、そこまで言わなくても… (僕自身でも気づいてたけど)」最後の部分はぼそっと一人言になっている。なんで新学期の朝から、自分の家の前でこんな目に合わなければならないんだ。


「でも、それも今日から変わるわ」少女は言った。

「大丈夫。プロジェクトON(オーエヌ)によって、あなたの人生はバラ色に彩られるの。期待していいわよ。」


何を言っているのか、さっぱりわからない。


「じゃあ、2分待ってから、この道をまっすぐに軽く走ってきて。二分待つのは絶対だからね。そうすれば、初回サービス付きよ!」


そういうと彼女は、家の前の道を走っていく。ツインテールと短いスカートが揺れる。見えそうで見えないな、などと浩が思っていると、彼女は100メートルほど先の路地を右に曲がった。高校に行くためには、その道を左に曲がるのだが。


混乱しつつも彼女に従ってみよう、と考えた浩は、二分ほど待ってから、道を小走りに進みだした。ツインテールが角から顔を出した。何をやっているのだろう。そう思いつつ、路地の角に近づいたら、右側から、また彼女のツインテールが出てきた。浩の距離と速度を確認しているようだ。いったい何をしたいnだろう。


とにかく小走りでその路地に近づいたところ、少女の、ちょっとくぐもった声が聞こえた。

「あ~~~、遅刻遅刻~~」いきなり棒読みだ。


いや、まだ十分に間に合うんですが。


浩は右を見た。

そこにあったのは、食パンを口にくわえながら走ってくる例の美少女の姿だった。


(いったい何を考えているんだ、この残念な子は…)と浩は思う。

すると、少女はパンをくわえたまま、浩に体当たりしてきた。


「ぐわっ」衝撃が走る。

まさか体当たりされるとは思わずに、浩はしりもちをついた。

そして顔を上げると、目の前にはやはり地面に座り込む少女がいた。ぶつかった衝撃で彼女も倒れてしまったようだ。


そして、彼女の制服のスカートがめくれあがり、浩の前には、水色のしましまパンツがご開帳されていた。」思わず二度見する浩。


(うわー、しましまパンツ。こんなもの、本当に世の中に実在しているんだなあ。)と浩は感慨にふける。エッチな気分というよりは、珍しいものを見つけた、という感じだ。


少女は、顔を赤らめながらスカートを戻して立ち上がる。そして浩に対してこう告げた。

「よ、予定どおりとは言っても、やっぱり、恥ずかしいものね。初回サービスだから、まあ仕方ないか。ラッキーだと思ってね。」


いや、ラッキーといっても、あなた自分からぶつかってきたんでしょ。何が目的なの?もしかして僕の家族の財産? でもそんなものはないなんて見りゃわかるよね。イケメンじゃないのは彼女自身が僕に言ってたし。いったい何なんだろうこの少女(ひと)は…」浩は頭を抱えた。 ラッキースケベはラッキースケベだが、それを上回る混沌が這い寄ってきている。


「じゃあ、またあとでね。」彼女はそういうと、学校のほうへ向かっていった。

プラチナ学園も同じ方向だから、方向については間違いない。だが、行動はなんだか間違っている。


まあ、違う学校だし、そうそう会うこともないだろう。浩は気持ちを切り替える。


そういえば、昨日の黒ずくめの変な人も、彼女だったんだろうなあ。そう思いながら..鞄を拾い、浩はゆっくりと学校へと向かった。



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