よく女と間違われる男友達の話

ももも771

本編(一話完結)

 地元の地方大学に入学してから約三か月が経った、7月のある日のこと。

 大学の同好会の部室にて、俺は先輩に頭を下げられていた。


「知り合いがいるんだろ! 頼む! 森田、紹介してくれ!」


 手を合わせてお地蔵様に拝むように俺に向かって頭を下げているのは、川田先輩だ。

 THE SF研究会という感じのもさっとした小太りのメガネの先輩だ。

 ちなみに、俺もそのSF研究会というモテなさ度トップクラスの同好会に属しているので、川田先輩と同じくかなりもさっとしているという自覚はある。


 要点をかいつまんで説明すると、川田先輩がほかの同好会が盛り上がって会話しているところを偶然見て、その中にいた女の子に一目ぼれしてしまったらしい。

 しかし、それが日本史同好会という我々SF研究会と重なりそうで重ならない同好会で、川田先輩は接点を見つけ出せずに一週間ほど悶々としていたそうだ。

 そんな中、俺が友人の話をしているときに友人が日本史同好会にいると話題を出して、それが川田先輩の耳に引っかかったのだ。

 そして、川田先輩がその友人を通して日本史同好会と顔をつないで欲しいとお願いをしてきている状況だ。


「まぁ、その友達って言うのは吉田っていって、幼なじみってほどではないですけどそれなりな腐れ縁なんで、頼めばそこそこ協力してくれるとは思いますけど」


「おお、そうか! これで一縷の望みが!」


 川田先輩の声のトーンが上がった。


「でも、女の子を紹介してくれっていっても、そういう系の頼みは……うーん望み薄な気がしますけど」


「そういわんと! 頼む! あれは運命の出会いなんだ! ただその女の子と話すきっかけさえ作ってもらえればいいんだ!」


 川田先輩が命でもかかっているかのように合わせた手を震わせる。

 俺は神社や仏閣ではない。


「ま、まぁ、頼んでは見ますけど……うーん、気が進まない……」


 川田先輩のあまりの気合いの入り方に若干引いていると、部室に後藤先輩が入ってきた。

 後藤先輩は、このむさ苦しいSF研究会の紅一点でしかも結構美人だ。

 密かに憧れている。

 一瞬動揺したが、何食わぬ顔で対応する。


「ご、後藤先輩。お疲れ様です」


「あ、森田君、他の人から聞いたんだけど、川田君に無理難題を頼み込まれてるって? 川田君、恋は自分の力でなんとかしなきゃ-」


 後藤先輩がふざけた感じで言いながら近づいてきた。


「う、うるさいな。男同士の話に口を突っ込むな!」


 川田先輩が面倒くさそうに後藤先輩をあしらう。

 川田先輩は後藤先輩が苦手らしく、普段からこんな感じだ。


 自分が最初にこの研究会に入ったときは、ジャンルがジャンルだけに完全に男だけを覚悟していたので、後藤先輩を最初に見たときは心が高鳴った物だ。

 しかし、後藤先輩は彼氏持ちであり、しかもこの同好会ではなく他の部に彼氏がいると知り、ものすごく心が萎えたのだった。

 なんて世の中は残酷なのか。


「で、川田君は森田君にその一目ぼれした相手を紹介してもらうって?」


 後藤先輩がニヤニヤ笑いながら、煽りムーブをする。

 川田先輩がうざったそうな顔をする。


「あ、違います。川田先輩の惚れた相手が日本史同好会にいるらしいんで、日本史同好会にいる自分の友達経由で紹介してくれないかというはなしです」


「随分と遠回りねぇ」


 と言って、後藤先輩がきゃははという感じで笑った。

 その雰囲気がとてもかわいらしい。

 彼氏がうらやましい。


 と、後藤先輩の顔を見ていると、後藤先輩が気が付いたように俺を見た。

 あわてて表情を引き締める。

 おそらく今の自分は相当にやけた表情をしていた。


「あれ、その友達って森田君が飲み会でネタにしていた友達?」


「あ、あぁ、そうです。そいつです」


 後藤先輩と面と向かって話すことにちょっと緊張しながら答えた。


「吉田っていうんですけど、小学校と中学校で一緒だった奴です。学年が変わってもだいたいクラスが同じだったんで、結構仲が良かったんですよ。高校は別の所に進学したんですが、大学でまた再会したんです」


「ま、地方大学あるあるだな」


 と、川田先輩がぼそっと言った。

 そういうことだ。


「ん……?」


 川田先輩がなにか思いついたように首をかしげた。


「お? 飲み会のネタってことは、あの『女だと勘違いされまくった武勇伝』をもつ男のことか?」


「それそれ! 私も興味あるんだよね! あの話を聞いて、一度は会ってみたいと思ってたんだ!」


 後藤先輩も興味津々に近寄ってきた。

 め、めっちゃ受けてる。

 新人歓迎会の時に何話していいかわからないから、滑らないネタとして吉田の話をしたのだがそれがこの二人にめちゃくちゃ受けたらしい。


「そいつのことです」


 と言っていると、研究会のメンバーがまとまって部室に入ってきた。

 たいした活動をしているわけでもないが、不思議なことにアクティブ部員が常時12-15名ほどいる。

 ちゃんと机と椅子もあるのだが、入ってきたメンバーたちは話をしている俺たちの周りに集まってきた。


「なんだーどうしたー?」

「おう、どうした川田。後藤と密会か?」

「いや、修羅場だね。後藤を巡って川田と森田の三角関係の発覚って奴だ」

「おお、いいねー。早く殴り合えよ」

「ギガワロスwww」

「お前、死語になった2○ゃんねる用語をつかうのいい加減にやめろ」


「あー、違う違う。川田君が森田君の友達経由で女の子を紹介して貰うって話」


 後藤先輩が開けっぴろげに言うと、川田先輩が白目を剥きそうな顔で天井を見た。


「後藤……そういうことを人に言うなよ……。俺はこう真剣に考えているのに、それをお前はなぁ……」


「あ、そう? いじっちゃいけない感じだった? あは、あははは」


 後藤先輩が笑ってごまかす。

 しかし、研究会のメンバーたちはおそらく実らないであろう恋バナを餌にまかれて、わらわらとさらに周りに集まってきた。

 みんな他人の不幸は大好物だ。


「お、いいねいいね! 久々にたぎってきた! 派手な玉砕に期待が高まる!」

「いや、まず玉砕以前に告白まで至らないね」

「禿同」

「川田、折角なんだから盛り上げてくれよ」

「告白するときはちゃんと日時を指定してくれよな。隠れて告白とかそんな水くさいことはダ・メ・DA・ZE!」


 メンバーがわちゃわちゃと盛り上がる。


「お、お前らうるせぇ! 俺は本気なんだよ! 頼むから放っておけっての!」


 川田先輩が顔を真っ赤にして怒鳴る。


「そんなこと言って、お前、俺の失恋話で爆笑してやがっただろ!」

「そうだ! 引田の失恋話は痛すぎただろ。あれを笑っちゃいかんよ」

「俺もあれはどうかと思うんだ。他人の恋を笑っていいのは、笑われる覚悟のある奴だけだ」

「なに? 今のは名言言おうとした系?」


 メンバーが川田先輩にブーイングを浴びせる。


「森田君、飲み会の時の話ってなんだっけ? なんか女に間違われやすい友達っていうふわっとした記憶しか無いんだけど」


 後藤先輩が俺に聞いてきた。

 あのとき後藤先輩は大分酔っていたから、あまりよく覚えていなかったらしい。


「お、なにそれ!? 聞いてないぞ!」

「お前、飲み会に居なかったからな」

「居なかったけど、そういうのは後で教えてくれよ! そういうネタが大好物だって知ってるだろ」

「いや、知らんわ」

「俺、飲み会に居たけど山っちと話してたから、その話聞いてないな」

「俺も聞いてない」

「森田、その話、アンコールだ」


 メンバーたちが話をリクエストしてきた。

 ほとんどが先輩なので、あまり無碍にも出来ない。


「い、いや、たいしたネタじゃないですよ。中学の時、短い間ですがサッカー部に所属していて、休日練習とかあったんですよ。その休日練習の時に、なにかの用事で吉田が通りかかって、しばらく馬鹿話をしていたんです。そうしたら、吉田が帰った後に、部活の連中がなんか変な目で俺を見るんです。なにかと思っていたら怖い先輩に『お前、練習の時に彼女といちゃつくな』とものすごく不機嫌にめっちゃ怒られたんですよ」


「おっほー! なにそれー!」


 後藤先輩が奇声を上げる。


「そんな話だっけな……」


 と、川田先輩が相づちを打つ。


「おっほーなにそれー!」

「お前が真似するとキモい」

「うおい、まじかよ! そんなことリアルであるのか!?」

「もっと聞かせろよ!」


 メンバーたちもいきり立つ。


「で、いやいや『男ですから』って言ったんですけど、その先輩が全然納得しなくてその後も理不尽にしごかれたんですよ。あれは本当に理不尽でしたね」


「いやいや、ちげーから。そういう続きじゃなくて、もっと詳細詳しく!」

「詳細ギボンヌ」

「ってか、なにそれ? 普通は男って分かるだろ?」

「さすがに盛ってるっしょそれは」


 メンバーたちが突っ込みを入れてくる。


「さすがに今は大人なんで普通に男ですけど、そのときは結構マジで中性的だったんですよ。制服着てれば間違えないんですけど、そんときそいつが私服だったんで……そんでそいつって男っぽさ全開の服を着ると逆に目立つって言って、私服は男とも女とも取れるような服装してることが多かったんで……」


 しかし、納得していない視線を感じる。


「い、いや、勘違いしないように言っておきますけど、マンガとかラノベみたいに『どこからどう見ても女!』みたいなレベルの見た目じゃないですからね! 遠目に見ると女に見えたりしますけど、近くでしっかり見れば男だと納得できるというそういうレベルです!」


 疑われているので、説明をしてなんとか納得して貰う。

 実際にはかなり女よりだったのだが、あんまりそこを強調すると信憑性がなくなる。


「あれー、なんか飲み会の時にされた話って、他にも何か無かったっけ?」


 と、後藤先輩が首をかしげた。

 そういえばあのときは酔っ払った後藤先輩にネタを大放出していた気がする。


「な、なんかいろいろ言ったと思います。酔ってたんでいろいろ言っちゃいましたけど、素面であまり暴露するとあいつも怒ると思うんで……」


「おいおい、そりゃねーだろ」

「そこで渋るのはちょっと無くないか?」

「森田、そういうとこがいかんのだぞ」

「盛り下がるってレベルじゃねーぞ!」


 外野がものすごく騒ぐ。

 飲み会の時もいろいろ話した気がするが、どうもあまりみんなの記憶に残っていなかったらしい。

 上の空でも聞いていてくれたのは、後藤先輩と川田先輩だけらしい。


「私も酔ってたからあんまり覚えてないなー。ねぇ、森田君、ちょっとぐらい話してよ」


 と、後藤先輩がちょっとかわいくお願いしてきた。

 そ、そ、そんなムーブされたら断れないって。


 よし、吉田には悪いけど、後藤先輩にいい顔をするために全部お前のプライバシーをぶちまけてやる。


「そ、そうっすねぇ……。じゃあ、もう一つだけ……」


「キタキタ!」

「よし、ばっちこい!」


 とメンバーが盛り上げる。


「えーと、学校の制服って地元の商店街とかで買うじゃないですか?」


「あー、あの学校の制服販売の利権でギリギリ潰れていないというシャッター街の商店街特有のあれか」


 と、川田先輩が頷く。


「そいつ、中学に入るときに親と一緒に制服と運動着を買いにその商店街の店に行ったそうです。そうしたら、店員が胸周りとかやけに詳しく測られて、なんかおかしいなと思ってそうなんですよ」


「え、それって……」


 察した後藤先輩が微妙な表情をする。


「その後、店員が真顔で女性用の制服と運動着を持ってきたそうです」


「ぶっ!」


 川田先輩が吹き出した。

 メンバーたちもそれぞれ変な顔をした。


「ちなみに、本人は呆然として固まっちゃって、気がついた母親に『たしかに女の子みたいだけど男の子です』ってフォローされたそうです。その母親の言葉でさらに傷ついたって言ってました。しかも、店員が冗談抜きで『は? なに言ってるの?』という顔をしたらしくて、その店員をマジでしばきたかったと歯ぎしりしながら俺に愚痴を吐いてきました」


「そ、それ……笑っちゃ悪いけど、おもしろすぎ……」


 後藤先輩が口を押さえて笑う。


「なかなかだな……」


 川田先輩が苦笑いをする。


「へー……」

「んー……」

「おう……」


 外野たちは困惑顔だ。

 このエピソードが、誇張無くマジだから困る。


「他にもいろいろ逸話があって、中学の時に私服で電車に乗ったら痴漢にあったとか……」


「それ、やばいな」


 川田先輩が口ごもりながらつぶやく。

 それには腐れ縁の俺も同意する。


「まぁ、そんなやつなんですよ。ってか、それより大事なのは川田先輩が見た女性と知り合いかどうかですよね」


 話を戻すと、後藤先輩が口をはさんできた。


「いいよいいよ、川田君の実らない恋よりそっちのほうがおもしろい! ちょっとその友達呼んできてよ!」


 後藤先輩が小躍りしながらはしゃいでいる。

 かわいい。


「あ、そ、そうですか? 呼んでみます」


「おい、俺が頼んだ時はなんか渋ってたのに、なんで後藤だとそんなすんなり……」


 川田先輩が愚痴るが、スルーしてスマホのアプリで吉田を呼び出す。

 メッセージをやり取りすると、少し渋っていたが30分か1時間後に行くとの回答だった。


「来てくれるみたいですよ」


「やった! 楽しみに待ってよー!」


 後藤先輩がはしゃぐ。

 かわいい。


「よし、そいつに紹介をしてくれるように頼んでくれ! 俺の運命の恋がかかっているんだ!」


 川田先輩が念を押してくる。


「いやー玉砕だね」

「そもそもキモくて紹介してくれないに5000ペリカ」

「川田、相手にも断る権利ってものがあるんだぜ。ってか、お前が惚れるような相手って高望み過ぎて、大体相手がいる……」


「うるさいな! お前ら、散れ!」


 川田先輩がメンバーたちと口げんかしている。


 それを見て手持無沙汰にしていた後藤先輩が俺の顔を見た。

 う、ドキリとする。

 やっぱり後藤先輩の見た目、めっちゃ好みだわ。


「な、なんですか!?」


「さっきの制服間違われた話っていうのは、中学に入るときだよね。ということは、小学6年生の時の話だよね。となると、今は全然違うかぁ。期待しすぎるとダメかな」


「そりゃそうですよ。この大学に入ってから再会したんですけど、やっぱり中学のころとは雰囲気違ったし」


「そうだよねぇ。あー……その友達の中学生のころに会ってみたかったなー。よっぽどかわいかったんだろうなー」


 後藤先輩が遠い目をする。


「そいつ、中学のころまでは声高くてちょっと女声っぽかったんですけど、この前会ったときは普通に男声になってましたしね」


「それは残念だなぁ……」


 と、後藤先輩がつぶやく。


「中学のころは普通に話すとまだなんとか男っぽかったんですけど、緊張して声が高くなったりすると、ほぼ女声になってたんで……それでよく間違われたんでしょうね」


「でも今は普通なんだ。そっかー」


 話が途切れて、手持無沙汰になり、みんなが各々に時間をつぶしだした。

 後藤先輩はスマホを見ているし、川田先輩は落ち着かない様子でうろうろしているし、メンバーたちは漫画を読んだりゲームしたりしている。

 自分もソシャゲの操作をして時間をつぶしだした。



 唐突にスマホの通知音が鳴った。


 画面の上に『さっきから来てるんだけど』とメッセージが表示された。

 吉田が来たらしい。


「あ、ちょっと迎えに行ってきます」


「お、来た?」


 後藤先輩が興味深そうにこちらを見た。

 ちなみにメンバーたちは先ほどの話は忘却の彼方らしく、思い思いに好きなことをしている。


 部室を出て、部室のある建物のすぐ前にある食堂に小走りで向かうと、入り口に吉田がいた。

 デニムに白いシャツ一枚のシンプルの服装で、不機嫌そうにくそ暑い日光を避けて日陰に立っていた。

 そういう格好をされると華奢な体形がすごく目立つ。

 というか、こいつ体形が女っぽいから、痴漢とかされるんだろうな。


「あのなー、三回もメッセージ送ったんだが?」


 吉田が不機嫌そうに文句を言ってきた。

 その顔立ちも整っている。

 普通に見た目がいいからうらやましい。


「あー……そうなのか。なんか、たまに通知音が鳴らないんだよ」


「あぁ、それなー。俺もたまにあるわ。で、なんの用?」


 吉田が食堂に出入りする人たちをチラチラ見ながら、俺に聞いてきた。


「ん? なんか気になることがあるのか?」


「いや……こういうところで立ってると通りがかりの人に見られるのが気になってさ」


「そりゃ、そういう中途半端な髪形にしてるからだろ」


 吉田の髪の毛を見ると、すごく中途半端な長さだ。

 男でもおかしくない長さだが、女性のショートヘアにもギリギリ見えてしまう。


「遠目で微妙に判断に困るから『なんでこいつ』って見られるんだよ。もっと男らしい髪形にすればいいだろ」


「一度やったけど、致命的に似合わないから無理だって。ってか、マジで何の用?」


「そっちの同好会の人を紹介してほしいって、うちのSF研究会の先輩に頼まれたんだ」


「ふーん。俺も入ったばかりでそこまで仲良くなってないけど……」


 吉田が少し困ったような顔をする。

 そういうときに一瞬女に見えたりするので、やはり吉田は吉田だと思う。


「まぁ、とにかく、こっちの部室に来てくれ。先輩がいろいろ説明してくれると思うから」


「わかったって」


 そして、日陰を出て、めちゃくちゃ熱い日光の中を二人で歩いて部室に戻っていった。



「あ、この部屋だ。まぁ、せせこましいけど」


 と、先に部室に入って、吉田を招き入れる。


「あ、あぁ」


 吉田も他の部室に入るのは緊張するらしく、硬い表情で部室に入ってきた。


「あ、あの、吉田といいます。し、失礼します」


 吉田の声が緊張で上ずった。


「え……?」


 その吉田の声に、俺は思わず戸惑いの声を出してしまった。


 今の吉田の声は、完全に女の声だった。

 さっきまで普通に男の声だったのに、まさか緊張すると女声になってしまう癖は治ってなかったのか!?

 むしろ、今までの男声って無理矢理出していたのかもしれない。というレベルの女声だ。


 部室の中は静まり返った。


 川田先輩が幽霊でも見たような顔でこちらを見てくる。

 後藤先輩が口をあんぐり開けている。

 メンバーたちも手を止めて、こちらを凝視してくる。


 なんだ、この変な雰囲気。


「か、川田先輩、こっちが俺の友達の吉田です。なんか紹介してほしい人がいるって話でしたが、直接吉田に頼んでください」


「あ、い、いや……」


 川田先輩が気まずそうな顔になって、後ろに下がる。

 ちょ、なんだ、その反応。

 せっかく呼んできたのに、それじゃ俺が困るんだけど。


「あれ……え……?」


 後藤先輩がそろそろと近寄ってくる。


「この人が、森田君の友達……?」


 後藤先輩が困惑顔で俺と吉田を交互に見る。


「は、はい……な、なにか不審な点が……?」


「あ、あの、森田君、性同一障害の友達なら、先に言ってくれればよかったのに……」


 後藤先輩が小声でぼそぼそと俺につぶやく。


「い、いや、違いますって! よく近くで見てください! こいつ、正真正銘の男ですから!」


「そう……かなぁ……?」


 後藤先輩が本当に吉田ににじり寄って、まじまじと顔や胸を見る。

 吉田が気まずそうに、ちょっと恥ずかしそうな顔をする。

 お前、その表情やめろ。


 お前が恥ずかしがると本当に女の子に見えてくるし、妙に色っぽいから危ないんだよ。


「ま、また、このパターンか? はははは」


 吉田がぎこちなく笑う。

 慌ててフォローに入る。


「後藤先輩、こいつ本当に男ですから! 小学生の時に水泳の着替えで股間についてるのを見ましたから!」


 そういうと、吉田が慌てた。


「お、おい! ってか、そんなの見てたのかよ!」


 む、しまった。

 これは吉田には言わないようにしていたのに。


「だ、だって、小学生の時、お前完全に女みたいだっただろ……。正直、水泳の時まで本当に男なのか疑っていて……」


「おい、お前が一番ひどいな! 普通わかるだろ!」


 吉田が叫ぶ。

 緊張がまだ抜けていないらしく、その叫びも女にしか聞こえない。


「いやいや、子供の時のことだから不問にしてくれ。ってか、そんなことはどうでもいいから、とにかくこいつは男ですので。っていうか、見れば分かりません!?」


「ふーん……」


 納得しない様子だが、一応後藤先輩がうなづいた。

 というか、ここまで疑われると思っていなかった。


「え、そんなに女っぽく見えます?」


 俺が聞くと、後藤先輩がうなづいた。


「お友達には悪いけど、見える」


「あ、そ、そうですか。大学になって再会した自分としては、高校のうちに随分と男らしくなったなって感覚なんですが……」


「これで男らしくなったって言われても……。え、中学の時はこれより女っぽかったの?」


 後藤先輩があっけにとられた表情で俺を見た。


「えーとー……吉田が怒るだろうけど、格段に女っぽかったです」


「それって完全に女では?」


 後藤先輩が素で突っ込むと、吉田にクリティカルヒットが入った。

 吉田がつらそうな表情を浮かべる。


 後藤先輩の後ろに、メンバーたちが恐る恐るという感じで近寄ってくる。

 まるで吉田が危険生物のような扱いだ。


「え? え? まじで? 俺の大好物なんだけど」

「お前、そういうの今やめろ。まじで」

「話には聞いていたけど、こういう人本気でいるんだな」

「みwなwぎwっwてwきwたwぜw 俺、この見た目なら行けるぜ」

「お前もやめとけって」


 メンバーたちがこそこそと囁くように会話をする。


 フリーズしていた吉田が少し息を吹き返した。


「ま、まぁ、こういう扱い慣れてるといえば慣れてますけど……さすがにあんまり面と向かって言われると傷つくんで……」


 吉田が男声に戻る。

 が、なんか無理して男声を出している感が伝わってくる。

 大学で久しぶりに会って、声が男っぽくなったと思っていたら、その声はただの努力だったのかよ。


 吉田が後藤先輩から距離を取ろうと一歩下がったが、その分、後藤先輩が詰め寄った。

 よって、距離は変わらなかった。


「い、いや、後藤先輩、ちょっとほどほどにしてください。吉田が怖がってるんで」


 俺がフォローに入る。


「え、怖がってるのもめっちゃかわいいんだけど」


 後藤先輩がじーっと吉田に見入る。


「こ、これでも中学の時より、だいぶましなんで。なぁ、中学の時は酷かったよなぁ」


「あぁ……思い出させなくていいからな」


 吉田が後藤先輩に困った顔をしながらも、答える。


「そういえば、この前会ったときに高校の話はあんまりしなかったけど、高校はさすがにマシだっただろ?」


 そう聞くと、吉田が苦虫を噛み潰したような顔をした。


「まぁ……な……」


 しかし、返事とは裏腹に、表情は酷かったことを告げている。

 それに後藤先輩が食いついた。


「え、なになに! お願い! 聞かせて!」


「え、ええ? まじですか? あーもー……しょ、しょうがないな」


 吉田も美人に言い寄られると断りにくいらしく、仕方なく受け入れた。

 こういうところは普通に男だ。


「い、いろいろあるんですけど……ひ、一つだけ……」


「うんうん!」


 後藤先輩がさらに身を乗り出す。

 吉田が若干のけぞりながら話を続ける。


「体育が女の先生だったんですよ。それで、体育のたびにものすごくその先生に見られているのを感じてたんです。まぁ、見た目は自覚していたんで、そのせいかと思って深く考えてなかったんです。そしたら……」


 その話は俺も聞いたことがない。

 俺も他の部員たちと一緒にかたずをのんで、話に集中する。


「まさか、薄い本展開が!?」


 後藤先輩が声をひっくり返す。


「さ、さすがに違いますって。そうじゃなくて……というか、もっと悪いというか……。ある日、いつものように更衣室に行こうとしたら、その先生に呼び止められて……」


「うんうん!」


 後藤先輩がキラキラした目で、吉田の話に相槌を打つ。


「その先生が『あなたが男だと思っていても、体はそうじゃないから。他の男子には刺激が強くてよくない。別の着替える場所を用意するから、男子更衣室で着替えるのはやめなさい』って。要は、さっき言われたみたいに、ガチの性同一性障害だと思われていたらしくて……俺は普通に男なんですけどね。あはは」


 吉田が乾いた笑い声を出した。


「えぇ!? いや、それはないだろ!? 中学の時の乙女全開のお前でもそれはなかったし……」


 俺が突っ込む。


「だ、誰が乙女全開だ!」


 吉田が言い返す。


「いや、だって……な、なんでもないけどさ」


 俺の彼女だとサッカー部の先輩に誤解されたという例のエピソードだが、実はそれもおかしくないと思っている。

 あのときに吉田はそれくらいに女子っぽかった。

 近くに来て顔の輪郭とか骨格とかを凝視してようやく男だと納得できるレベルだった。

 しかし、そんなことをいうと俺の性癖含めていろいろ疑われてしまうので、吉田を知らない人には先輩がおかしいという言い方にしている。


「そりゃ、俺の担任は俺のこと男だってわかってたよ。でも、他の教師があんまりわかってなかったらしくてさ。それ以前から『男の格好をしている女子がいる』って教師の間でちょっとした噂になっていたらしいんだ。職員会議で俺のことが議題に上がった時にうちの担任が否定して、それでようやく『その女子っぽい生徒は男だ』って周知されたんだと。それまで教師たちが誤解していたかと思うと、マジで鳥肌立つわ。……はぁ」


 吉田がため息を吐く。


「え、すごいすごい! もっと話無いの!?」


 後藤先輩がさらに食いつく。

 吉田のダメージの入り具合を無視できるその態度、ある意味すげぇ。


「い、いや、もう勘弁してくださいよ。メンタルボロボロですよ」


 吉田が少しいやそうな顔をする。


「いやー……なんかお前に関する面白い話リストがまた一つ更新されたわ」


 俺がそういうと、吉田が露骨に嫌な顔をした。


「そんなリストはいらん! 今すぐ脳内からきれいさっぱり消しとけ!」


「だってお前の話、たいていの人に受けるから使いやすいんだよなぁ」


「森田ぁ!!」


 吉田がわりと本気で怒っている。


「さっき森田君から、痴漢されたって話聞いたけど……」


 後藤先輩がそういうと、吉田が恨みがましい目で俺を見た。


「お前……その話までしたのか」


「わ、悪い……」


「はぁ……そうですよ、その通りですよ。俺は二週間前にまた痴漢されました! サラリーマン風の男にけつをがっつり揉まれたよ! これでいいかよ!」


 吉田がやけくそ気味に言った。


 え?


「あれ、中学の時に痴漢されたって話じゃなくて? 俺、その話は初耳なんだけど」


 そう答えると、吉田が白目をむきそうな顔になった。


「うわ……まじ……? 自爆しちまった……。そうか、森田には言ってなかったっけ……。うちのサークル内でめっちゃネタにされてるから、森田にも話したつもりになってた……」


「まだ痴漢されてるんか、お前……」


 なんと感想を述べていいかわからずに困っていると、吉田が俺を見た。


「そ、そこは笑えよ! そんな真面目に取られると、逆につらいわ!」


「昔話なら笑えるけど、さすがに現在進行形になると笑っていいものかと……」


 真面目に返すと、吉田が叫んだ。


「笑えよ! 笑い話にしないと俺がつらすぎるだろ!」


「ちゃんと駅員さんに言ったの?」


 後藤先輩が心配そうに吉田に聞く。


「い、言えるわけないじゃないですか。男が痴漢にあったとか、くそ恥ずかしいです。普通に逃げてきましたよ」


「それは絶対に言ったほうがいいよ」


「む、無理っす! そんな辱めに会うぐらいなら、そのまま逃げてくるほうがマシです。ちゃんと、そいつの足を踏みつけてから逃げてきましたから」


「えー? でもまた狙われるよ」


「だから、その週は女性専用車両に……あっ……」


 吉田が何とも言えない表情で俺を見た。


「今、面白ネタリストにエピソードが追加された」


 俺は冷静にコメントした。


「お前、それは反則だ! 今のは聞かなかったことにしろ!」


 吉田が怒る。


「多分、吉田君なら女性専用車両に乗っても怒られないと思う……」


 後藤先輩が真顔で言う。


「そ、それも傷つくんですけど……。あの時は本当に怖くて他に思いつかなくて……」


「それは彼氏にエスコートしてもらいなよ。森田君と家の方向違うの?」


「森田とはちょっと路線が違うんですよ。……って、彼氏って何ですか」


 吉田が焦って女っぽくなった声で、後藤先輩に言い返した。


「え、中学の時に付き合ってたんでしょ?」


「付き合ってませんよ! おい、森田、なんの話をした!」


「サッカー部の休日練習の時にお前が通りかかって、彼女と勘違いされた話……」


「うおい、あの話までしたのかよ! あの話はうちのサークルでも暴露してないのに! お前いい加減にしろ!」


 吉田が騒ぐ。

 緊張で完全に声が女なので、なんか変な気分になる。


「ご、後藤先輩、それ以上いじらないでもらえますか? 俺を巻き込まないでくださいよ」


 そう言うと、後藤先輩が振り返って俺を見た。


「だって、中学の時はこれより女の子だったんでしょ? こんなかわいい子が居たら、普通好きにならない?」


「いやいやいやいや、吉田はこれでも男ですから! 俺、別にそういう趣味無いですから!!」


 サークル内でホモ認定されたらこの先やっていけない。

 全力で否定する。


「ええ、そっかー……。えー、私は男の子でも普通に行けるくらい可愛いと思うけどなぁ……」


 その言葉に吉田がものすごく嫌そうな顔をする。

 

 後藤先輩は吉田と俺を交互に見てからため息を吐き出した。


「そういえば、川田先輩、用事は……」


 俺が川田先輩に声をかけると、川田先輩は首を勢いよく振って否定した。


「い、いや、いい。ちょっと出鼻をくじかれたしな……」


「せっかく呼んできたんですから」


「あ、あぁ、わざわざ済まなかったな。ちょ、ちょっと……」


 川田先輩は落ち着かない様子で、吉田の横をすり抜けて部室を出て行った。

 おいおい、なんなんだ。


 その隙を突いて、吉田も後ろに下がる。


「あ、じゃ、これで俺も帰るんで……」


「えー、ちょっと待った待った!」


 後藤先輩がそれを追いかけて、吉田となにか言葉を交わす。


 後ろにいたメンバーたちが小声で俺に話しかけてきた。


「森田、あれ本当に男か? 男と言われれば男に見えないこともないけど、初見で女と言われたら100%信じるレベルだぞ」

「振る舞いは男っぽいけど、見た目が……なぁ?」

「つーか、話以上ってのはすごいな」

「ぶっちゃけ萌えるんだけど」

「お前……ガチなのかよ」


「お、落ち着いてくださいよ。あれでもマジで男ですから。中学の頃はもっと可愛かったですけどね」


 その後もメンバーたちのひそひそ話が続いたが、振り向くと吉田はすでに帰ってしまっていた。



 その翌日、いつものように部室に行くと、なぜか吉田がいた。

 そして、後藤先輩もいた。

 メンバーたちは各々の席で、吉田と後藤先輩を遠巻きに監視している。


「あれ、吉田? なんでここに?」


 声をかけると、吉田が気乗りしない顔で俺に振り向いた。


「あ、あぁ、森田か……。後藤さんがどうしても来いって言うから……」


 ん?


 後藤先輩を見ると、後藤先輩が右手でVマークを作った。


「昨日、連絡用のIDを交換したんだ。ひっひっひっ」


 魔女っぽく言ってから、また吉田に向き合った。

 吉田は嫌がっているように見えるが、しかし呼び出されてきたと言うことはまんざらでもないのだろう。

 残念だが、後藤先輩は彼氏がいるからお前の物にはならない。

 気の毒だな。


「さーて、吉田君。今日こそは白状して貰うよー。森田君の彼女だったんでしょ!」


「だから男同士ですってば」


 吉田が微妙に楽しそうに言い返す。


「おい、吉田、お前って自分のサークルでもいじられてるんだろ? なにそんなに喜んでるんだ?」


 俺が聞くと、吉田は憮然とした表情になった。


「あぁ、うちでいじってくるのは男ばかりだからさ」


 その言葉に後藤先輩のニマニマ顔が最高潮になった。


「なーに、そんなこと言って、私に惚れちゃった系? あぁ、私って罪な女~」


 と、ノリノリのセリフを言う。

 後藤先輩が言うと、嫌みが無く楽しく聞こえる。


「別にそんな……」


 吉田がちょっと恥ずかしそうにうつむく。

 お前、そういう表情をすると男でも思わずドキリとするから止めるんだ。


「ほらほら森田君、思いの丈をぶちまけてよ!」


 後藤先輩がいたずらっぽい笑顔で俺を見た。

 う、後藤先輩のそういう感じには逆らえない。


「い、いやいや、確かに見た目は女っぽいというか……とくに中学の時は可憐でしたけど、言うて男同士な訳ですし」


「はぁ!? 可憐ってなんだよ!?」


 吉田が声を荒げる。


「ま、まぁまぁ、押さえろって。実際、結構かわいかったのは自分でも分かるだろ」


「いや……可愛かったとかまじで気持ち悪いんだけど」


 吉田が冷たい目で俺を見る。

 な、なんだその侮蔑の顔は!


「い、いやいや、俺は悪くないぞ! だいたい、クラスの男どもも、他のクラスの女子たちも、『吉田君ってすごくかわいいよね』って噂話してたぞ」


「なんだそれ!?」


 吉田がショックを受けた顔をする。


「さすがに面と向かっては言わない程度のデリカシーはみんなあったからな……。でも、裏では結構言ってたぞ」


「まじかよ……」


 吉田が虚ろな目でうつむく。


「だよねぇ。だってこれより可愛かったんでしょ」


 後藤先輩が俺に話を振った。


「はい。あのときが全盛期でしたね」


「見たかったな~。ってことは、やっぱり男の子に告白とかされたんだよね?」


「いや、ないない!」


 吉田が慌てて手を振って否定した。


「後藤先輩、そりゃなかなか無いですって」


 俺も吉田をフォローする。


「え、そうかなぁ? これだけ可愛ければおかしくないと思うけど」


 後藤先輩が首をかしげる。


「そりゃあ確かに見た目はアレでしたけど、そんなことしたらホモだって噂されるに決まってるじゃないですか。そんな蛮勇のあるナイスガイはいませんでしたよ」


「そっかー……そうなんだぁ……」


 後藤先輩が残念そうな顔をする。


「森田の言う通りです。いくらなんでもそんなことありませんでしたよ。まぁ、ある意味有名人だったことは自分でも自覚していましたけど」


 と、吉田が少し落ち着いた声で言った。


「ただまぁ……変な奴もいたけど……」


 俺がぼそっとつぶやくと、後藤先輩が期待に満ちた目で俺を見た。


「ちょっとその話、聞かせてくれない?」


「い、いや……」


 俺は吉田の顔を見た。

 この話は吉田がめちゃくちゃ傷つくことが確定している。


「こ、この話は、吉田も傷つくんで……」


「はぁ!? なんだよそれ!? ってか、なんか隠していたのか!?」


 声が裏返って完全な女声になった吉田が俺を問い詰めた。


「お、お前のことを思って黙ってたんだけど」


「なんだよそれっ。それはっ……き、聞きたくないな。正直な話、全く聞きたくない。でも、聞かないわけにも行かないな……いいよ、後で飲み会のネタとかにするから、言えよ!」


 吉田が覚悟を決めた顔で俺を見る。

 こうしてみると、本当に顔立ちが整っている。

 女っぽいとかそういう話の前に、まず顔立ちがチートだ。


「吉田君には悪いけど、めっちゃ面白そう」


 後藤先輩が話に乗ってくる。


「あ……うー……でも、最悪吉田はいいとしても、後藤先輩にはちょっと……シモネタなので」


 その言葉に、吉田がとても嫌そうな顔をした。

 後藤先輩はむしろ満面の笑みを浮かべた。


「気にしないでいいから!」


「ええ……? えーと……男子同士の馬鹿話で……い、いや、やっぱり止めましょう」


「止めないで止めないで! なになに!」


「え、えーと、吉田の水着姿を見て、その、ぬ、抜いた……とか言う奴がいまして……」


「ええっ!」


 後藤先輩がむしろ喜んだ声を上げた。

 吉田は死んだような表情になり、冗談抜きで文字通りうずくまった。


「そ、そういう馬鹿が俺の知る限り二人居ました……」


「まじかよ……一人じゃないのかよ……」


 うずくまった吉田が死にそうな声を出す。


「お、落ち着け吉田! その二人がおかしいだけだからな! 他のやつらは、お前が水着着ると男なのが露わになってむしろつまらないってちゃんと言っていたから!」


「それ、フォローになってないと思うよ」


 後藤先輩が思いのほか冷静なツッコミを入れてきた。

 吉田がよろよろと立ち上がって、そのまま部屋の隅の椅子に座ってまたうずくまってしまった。


「なぁ、森田……それってマジな話?」


 椅子に座ってうつむいたまま、吉田がうめくように言った。


「あぁ……うん……」


「確かに見た目が勘違いを招きやすいのは分かってるけど……認めたくないけど分かってるけどさぁ……そんなじゃなかっただろ。たしかに最初は驚かれたけど、その後は普通に男扱いだっただろ……」


 吉田が椅子の上で丸くなりながらも、若干怒ったような声を上げた。


「そりゃあ、まぁ……。とくに小学生の時には先生によくよく言われたからな。みんな吉田の前では普通だったよな」


「俺の前では普通で……俺の居ないところでは抜いたとか言ってたわけ?」


「そりゃ変な奴だけだって。他はそんなやばい奴いなかったよ。ただ、『吉田に男友達として話した後だと女子にも同じノリで話しかけちゃって困る』とか、そういう他愛もない話だよ」


「その話、結構俺の心に来たんだけど……マジかよ……。結構普通に男子やってたつもりなんだけどなぁ……」


 吉田が本気で落ち込む。

 後藤先輩もいじりにくいらしく、困った顔で俺を見た。


「ちょっと森田君、吉田君をいじめすぎでしょ」


「ご、後藤先輩が聞きたいって言ったんじゃないですか」


「そ、そうだけどさ。あー……吉田君、他になにか面白い話ある?」


 後藤先輩が吉田に追い打ちをかけた。

 吉田が椅子の上でうずくまったまま、上目遣いで後藤先輩を見る。

 う、そのポーズは変に色っぽいぞ、お前。


 中学の時は一見して女子で、間近でよくよく見ると男だと納得できるレベルの完成度だった。

 もっとも、5分後に見直すとまた女子に見えてしまうのが問題だった。


 さすがに大学生になった今、そのときよりは男っぽい。

 一見して女には見えるというほどではなく、しばらくの間男か女か迷う程度だ。

 話してみれば、振る舞いや声で男だって分かるし、次に見てもちゃんと男に見える。

 それを持ってして、『さすがに高校三年間の流れは大きかった。成長したな』となどと内心でつぶやいていたのだが、よくよく考えてみれば初見で男か女か本気で迷う時点で大分やばい。

 そして、女らしさが減った分、変な大人の色気が足されている。

 本人は気付いていないだろうが、ちょっとした仕草に人を惑わすような変な色気が含まれている。


「え、か、かわいい……」


 案の定、その色気に当てられた後藤先輩がニヤニヤ顔をする。

 吉田のことを男だと自分自身に言い聞かせている俺ですら、「うわ」と思う上目遣いなんだから、そんなガードをしていない後藤先輩なんて一発でアウトだろう。


「ちょっと、そんな顔して、一体どれだけの男を落としてきたの?」


「男を落とす趣味はないですってば!」


 吉田が情けない顔になって、上目遣いの色気が消えた。


「あー……吉田、なんか適当に面白い話を一つ話してから退散した方がよさそうだぞ。多分、ここから後藤先輩の攻勢が始まる」


「面白い話って……もう大分話しただろ……。ってか、まじでショック。中学とかみんな仲良かったと思ったんだけどな……」


 吉田がずーんと落ち込んだ暗い顔をする。


「い、いや、みんな別にお前のことが嫌いだったわけじゃないし。え、えーと、後藤先輩、あともう一つぐらいの話で吉田を解放してやってください」


「えー……まぁ、面白い話なら許すけど」


 後藤先輩が残念そうに言う。


「そう言われても、もう話なんて出尽くしたと思うけど……」


 吉田がため息を吐きながら言う。


「そうだよなぁ。学校内で男だって知れ渡れば、そうそう変なことは起きないだろうしな」


「ああ。もしかしたら、お前が言ったみたいに高校の時の友達も気を使ってたのかも知れないけどな。そういう気の使われ方したくないんだけどな……。たしかに、学校内では結構有名人だったかもな。よく視線を感じたし。あー……」


 吉田が何かを思い出したらしくて、顔をしかめる。


「おい、なんだ? なにかあるなら言ってみろ。俺も高校時代のエピソードはちょっと気になるんだ」


「くそっ! 思い出した……修学旅行の時の話……。わ、笑い話と言えば笑い話だな。うん、笑い話……」


 吉田が自己暗示をかけるように『笑い話』という言葉を繰り返す。


「なんだなんだ。話してみろよ」


「そうそう、話してよ!」


 後藤先輩も促す。

 

「修学旅行の時の話なんですけど……本当はあまり言いたくないんですけど。同室の友達が女湯覗こうぜと言い出したんですよ。俺、結構真面目なんで、そういうことやめろよとか諫めたんです。どうしても聞かなくて仕方なく一緒に風呂に行ったんです。まぁ、実際には完全に仕切られていて女湯は覗けなかったんですけどね」


「なら、何の問題も無いだろ」


「その友達が代わりに吉田君の裸体を鑑賞しようって言い出したのね!」


 後藤先輩が明るく言った。

 吉田がぶふぉっと吹き出した。


「そんな奴と友達やってませんよ! そういうんじゃないです!」


 といってから、吉田は息を整えた。


「それは問題なかったんですけど、その途中で友達と廊下で口論したんですよ。そのときに、友達が無理矢理俺の手を引っ張って風呂に入るみたいな流れになったんです。それを他の旅行客が見ていたらしくて」


「なるほど。うるさいって怒られたのか」


 と、俺は言った。

 俺の高校でも修学旅行で騒ぎすぎて先生にクレームが入って怒られたことがある。


「いや、そうじゃなくて……」


 吉田が言いにくそうに言葉を濁す。


「なんだよ、もったいぶらずに言えよ。ここまで来て隠すなんて無しだろ」


 まどろっこしいので、俺が話を催促した。


「わ、わかったよ。その……旅行客がうちの教師たちに『女の子が無理矢理男湯に連れ込まれた』って言ったらしくて……」


「あ……」


 事情を察した。

 後藤先輩も変な顔をしている。


「け、結構、大事になりましたよ。旅行中だというのに、先生たちが血眼で各部屋を回って話を聞き出して。それってもしかして……と、俺が言ったら、先生がめっちゃ納得して、それに違いないって言いました」


「それで納得する先生もすごいな。吉田が女の子に見間違えられるのは当然という認識なのか」


「あぁ、地味に傷ついた」


 吉田が息を吐き出した。


「あれ、ちょっと待って」


 後藤先輩がなにかに思いついたように声を上げた。


「なんですか?」


 吉田が顔を上げて後藤先輩を見る。

 だから、上目遣いを止めろ。

 端から見ていてもドキドキするんだから、その表情は止めろって。


「まさかとは思うけど、吉田君、男子の友達と一緒にお風呂に入ったの?」


「は? そ、そりゃそうですよ」


 吉田が「まさかそこに突っ込む?」という困惑顔で言った。


「そ、そんなのダメでしょ。男の子たち、みんなで吉田君の裸体をガン見でしょ。大丈夫? 襲われなかった?」


 後藤先輩は冗談で言っているとは思うのだが、こうして後藤先輩の真剣な顔を見ていると本気で言っているのではないかと心配になってくる。


「い、いや、さすがに無いですよ。そんな互いに裸をジロジロ見る奴なんて居なかったですよ」


「じゃあ、吉田君に隠れて死角から見ていたんだろうね」


 後藤先輩が勝手に納得して勝手に頷いた。


「無いです。それは無いです。そこまで変態ばかりじゃないですから」


 吉田が忍耐の表情で否定する。

 でも、後藤先輩が言っているのは結構マジな気がする。

 吉田が男風呂に居たら普通に目立つ。


 吉田はのろのろと立ち上がった。


「じゃあ、これで……」


 覇気の無い様子で吉田は部室を出て行った。


 吉田が出て行った後、またしてもコソコソ話が始まった。


「なぁ、あのレベルの奴がいたら、普通風呂でガン見するよな?」

「するする。ってか、水泳の時の着替えの時に裸に剥いて全部見るな」

「お前、相当やばいぞ」

「はいはいワロスワロス」

「下手したらムラムラして襲う奴がいてもおかしくないよな」

「それなんてエロゲ?」


 完全に話のネタにされていた。



 その後、しばらく吉田は姿を現さなかったのだが、約一週間後、また部室にいた。

 前回の時と同じように後藤先輩となにやら話している。


「あれ、吉田、また来たのか」


 声をかけると、吉田がうんざり気味の顔でこちらをみた。


「断っても断ってもメッセージが来るんだよ……」


「あぁ……」


 後藤先輩を見ると、ニコニコしながら俺と吉田を見てくる。

 う、そういう顔されると怒るに怒れない。


「せ、先輩、ほどほどに……」


「なんで? 別にいいじゃない! 森田君だって楽しんでるくせに」


「そりゃそうですけど、見ての通り吉田は繊細な奴なんで優しくしてやってくださいよ」


「さすが彼氏! 彼女には優しいね!」


「うぐっ」


 後藤先輩がいじるのは吉田だけだと思って油断していた。

 俺までいじられるのか。

 後藤先輩のことは好きだけど、こういういじられ方は苦手だ。


「そういうのは勘弁してくださいよ……」


 弱々しい声で言うと、後藤先輩がさらに喜んだ。

 この人、いじるのが好きだなぁ。


「あ、ちょっと二人並んでみてくれる?」


「は?」


 よく分からないが、吉田の隣に立つと、後藤先輩が一歩離れて目をこらしてこちらを見た。


「うん。いい感じ。やっぱり付き合っちゃいなよ」


「は!?」


 慌てて、吉田から離れる。

 そのときに吉田からも「うげっ」という言葉が漏れた。

 いやいや、さすがに言い方は俺も傷つくんだけど。


「勘弁してくださいよ。帰りますよ」


 吉田が不機嫌そうに言うと、後藤先輩がすがるように近づいた。


「ちょっと、待って待って! ほんと待って! 女の子みたいな男って噂話では聞いたことあるけど、会ったのは吉田君が初めてなの! めったに会えないんだからもっと話を聞かせてよ!」


 後藤先輩の言いたいことは分かる。

 高校では吉田のような男は居なかったし、大学でもそんな奴は見掛けたことがない。

 吉田が千人に一人クラスの逸材であることは間違いない。

 もしかしたら一万人に一人レベルか、それ以上に希少な逸材かも知れない。


「まぁ……話くらいならいいですけど、こういういじるのは止めてください」


 人のいい吉田はちょっとうんざりした様子ながらも、後藤先輩に頷いた。


「よかった! うーん……そうだなぁ、他になんか面白いことある?」


「そう言われても……本当にネタは吐き出したと思いますよ」


「えー!! もっとなんかあるでしょ!! 教えて教えて! 例えば文化祭で誰かに告白されたとか!」


「無いですってば」


 吉田が困ったように言う。

 文化祭か……


「そういえば高校の文化祭ってなにをやったんだ?」


 俺が聞くと、吉田は少し考えるように視線をそらした。

 そのとき一瞬無防備な表情になる。

 それがやたらかわいく見えてしまった。


 くっ!

 吉田は男! 吉田は男!

 毎日のように会っていた昔と違って、俺の感覚が順応していない。

 いろんなタイミングで、かわいい女の子に見えてしまって脳みそが混乱する。

 ええい、落ち着くんだ自分!


「んー、なんだっけな……喫茶店とかやったかな」


「喫茶店!?」


 後藤先輩が食いついた。


「ってことはメイド服とか着たの!?」


「はい。女子はメイド服着てましたよ」


 吉田が頷く。


「ってことは吉田君も!?」


 後藤先輩の言葉に、吉田があきれ顔になる。


「なんで俺がメイド服着るんですか。男は普通にウェイターですよ」


「なんでなんで!? ありえなくない!? そこは怒るべきだよ!」


「他のクラスは男女入れ替えた喫茶店とかやってましたけど、うちのクラスはそういうのじゃなかったんで……」


「吉田君なら普通の喫茶店でも女装は許される! なんでメイド服着なかったの!」


 後藤先輩が真顔で吉田に迫る。


「い、嫌ですよ。勘弁してください。言っておきますけど、俺女装癖とかないですから!」


「でも、痴漢に遭った後女性専用車両に乗ったんでしょ? ってことは、女装してたんでしょ?」


 後藤先輩が吉田の心をえぐる。

 吉田が一瞬黙り込む。


 ん……まさか……?


「おい、お前、まさか本当に女装を……?」


 俺が恐る恐る聞くと、吉田が焦った様子で俺を見て大声を出した。


「そ、そんなわけないだろう!!」


 だから、その声が完全に女になってるんだよ。

 落ち着け落ち着け。

 俺まで混乱してくる。


「まさか男服で女性専用車両に?」


 後藤先輩がいぶかしげな顔をする。


「あ、あれは……ど、どっちにでも見えるようにユニセックスの服を着たりはしました……。でも、完全な女物は着てないです」


 吉田が恥ずかしそうに言う。

 だから、お前、恥ずかしそうな顔をするな。

 お前がそういう仕草をすると普通の女より変な色気あるんだから、まじで気をつけろ。


「怪しいなぁ。絶対に女物の下着とかつけてたでしょ」


 後藤先輩が煽る。


「着けてないです! 男だからってセクハラしすぎですよ!」


「あー、ごめんごめん。確かに私は男にも容赦しない方だけど、さすがに普段はもう少し押さえているんだけどなぁ。でも、吉田君と話していると反応のいいかわいい後輩女子と話している気分になってさぁ」


 その一言に吉田の顔から表情が消える。

 反論するのも疲れて、無の境地に達している。


「おい、死ぬな。とりあえず、面白いネタをありがとう」


「しっかり楽しんでるじゃねぇか……。はぁ……。もう、話のネタは無いですよ」


 吉田がうなだれる。


「ねぇねぇ、吉田君、この前からいろいろ言ってるけど、そろそろ認めちゃった方が楽なんじゃない?」


「は? なにがですか?」


 吉田が疲れた顔で後藤先輩を見る。


「女の子だって認めちゃいなよ。無理して男だって言い張るから大変なんだよ」


「だーかーらー……俺は男ですってば……」


 吉田が脱力する。


「ええ? だって、何度も男だって説明されても、未だに私には女の子に見えるんだよね。声も完全に女の子だし」


「いや、声変わりしてますって!」


「声変わりしてそれって、完全に女の子では。ちょっと興奮すると、声がめっちゃかわいくなるし」


「だぁぁぁ!! それは言わないでください! 声はまじで気にしてるんですからっ!」


 吉田が悲鳴を上げると本当に女の子に聞こえて困る。


「だからもう女の子になっちゃいなよ」


「嫌ですよ!」


「っていうか、元々女の子だもんね」


「あーもー! 勝手にしてください!」


「今度一緒に温泉とか行こうか?」


「はぁ!?」


 吉田がちょっと顔を赤らめる。


「一緒に女湯に入ろう! どうせキャラ付けで男って言ってるけど、普通に女でしょ?」


「キャラ付けしてないですから! ってか、おい、森田! ニヤニヤしてないで止めてくれ!」


 吉田が上気した顔で俺を見る。

 う、かわい……


 ん!?

 俺は一体何を思っていた!?


「そう言われても、暴走状態の後藤先輩を止められる存在はここには居ないから……」


「なんだよ、それ! 少しはフォローしろよ!」


「またまたー。そうやって困ると彼氏に頼るんだからー。私の前でイチャイチャしちゃってー。あーもー焼けるなー」


「そのネタは止めてください! まじで鳥肌立ちますから!」


 吉田が全力で反発する。


「え? だって、森田君、まんざらじゃない顔してるよ?」


 後藤先輩の矛先が俺に向いた。

 げ!?


「ちょ、ちょっと後藤先輩! 俺は傍観者ですから! いくらでも吉田をいじってもらってもいいですけど、俺は巻き込まないでください!」


「えー、森田君、それはちょっと冷たいんじゃないの? こういうときに守って上げないと愛想尽かされるよ?」


「だから、巻き込まないでくださいって! そもそもこいつ、中学の時一瞬だけですけど女子と付き合ってましたよ」


「え……嘘……。吉田君、レズなんだ。そういう趣味があるんだ……へぇ、見かけによらないね」


 後藤先輩が本気で驚いているような顔をする。


「い、いや、それがノーマルですからね!? 男と付き合ったりしませんからね!」


 吉田が慌てて反論する。


「へー……。森田君と一緒に出かけたりはしないの?」


「中学の時は、一緒に映画見たりはしましたけど……」


「ほーら、やっぱりつきあってるー。そういうのをデートって言うんだよ? 知らないの?」


「んがーーー!!」


 吉田が割と本気の絶叫を上げる。


「森田、なんとかしろ! 頼む、助けろ!」


 吉田が手を伸ばして俺に救援を求める。


「あー……うん。後藤先輩、どうかそのあたりで許してやってください! 特にデートネタはこいつに結構聞くんで。俺の友達にちょっとイケメンな奴がいたんですけど、そいつと俺と吉田でよく遊んでいて……」


「おい、お前! お前まで援護射撃してどうする! そのネタは言うな! 忘れてたのに思い出しちまった!」


 吉田が止めるが、気にせずに続ける。


「そうしたら、そのイケメンな友達に気があった女子が吉田を呼び出して『三人デートなんてデートじゃいんだから、いい気にならないでよ』と恋敵として宣戦布告したという、なかなか濃いネタがありまして。デートの話は割とトラウマらしいですよ」


「んがあああああ!!」


 吉田が恥ずかしさのあまり大きい声を出すが、俺の話はしっかり後藤先輩に聞かれていた。


「なんだ、森田君、そんなネタ隠し持ってたの?」


「いまふと思い出したんですよ。いやぁ、思い出せばある物ですねぇ」


 はっはっはーと笑っていると、後藤先輩がうめいている吉田をジロジロと眺め始めた。


「先輩、どうしました?」


 俺が聞くと、後藤先輩は顔をしかめた。


「吉田君、いくら胸が小さいからシャツ一枚はどうかと思うよ。さすがに女の子としてちゃんとブラジャーはしようね」


 後藤先輩が吉田の胸の辺りをガン見している。


「み、見ないでくださいよ!」


 吉田が手で胸元を隠すような動作をする。

 それが変に色っぽい。


「うーん、やっぱり女の子! ダメだぞー。女の子なのに男だなんて嘘ついてー。そんなに男子トイレや男風呂に入りたいのかい?」


 後藤先輩がめちゃくちゃ楽しそうに言う。


「ダメだこの人! おい、森田、どうにかしろよ!」


 吉田が慌てている様を後藤先輩と二人で笑っていると、扉が開いて、川田先輩が入ってきた。

 川田先輩は俺たちと吉田を見て、一瞬ビクッと震えたが、居心地悪そうに自分の席にそそくさと移動した。


「あ、川田先輩。吉田が来てるんで、前の用事の件は……」


 俺が話しかけると、川田先輩は追い払うような仕草をした。


「いや、いい! いいから! こっちくんな!」


 ん?

 なんか態度が悪いなぁ。

 川田先輩もいじってやろう。


「なぁ、吉田。そっちのサークルに女子とかいるよな」


「あ? たしか先輩に何人かいるよ。普段来る人は二人……かな」


 吉田が考えながら言った。


「へぇ。じゃあ、そのどちらかが川田先輩の思い人?」


 振り返って川田先輩に視線を送ると、川田先輩が気まずい顔をしている。


「川田先輩、その人どういう人でしたか?」


「う、うるさい。いいから、放っておいてくれ」


「んー、一人はメガネの先輩で……こういっちゃ本人に悪いですけどあんまり……こう……」


 吉田が言いにくそうに言う。


「あー、それは違うな。川田先輩は面食いだから、間違いなく美人系だ」


「そうそう。川田君って自分の身の程をわきまえていないんだよね。そこがおもしろいんだけど」


 後藤先輩も川田先輩への攻撃に参加する。


「え? でも、もう一人も割とこう貫禄が良くて……。他のサークルじゃないですか? それとも、幽霊メンバーの誰かかかな? でも、幽霊メンバーとあんまり面識無いんですよね」


「そうかー……。川田先輩、その後にその愛しの君は見掛けましたか? 一度きりなら本当に幽霊メンバーかもしれませんよ」


 俺が話しかけると、川田先輩は無視してスマホにかじりついた。


「川田君、ノリ悪いねー」


 後藤先輩が笑う。


「ほ、ほっとけ!」


 川田先輩がうなるように言って、必死に作業するふりを始めた。


「あーあ……川田先輩、教えてくれそうにないですね」


「そうだね。ま、機嫌を直したときにまた聞いてみようか」


 後藤先輩が冗談っぽく言った。


「あの……んじゃ、俺帰っていいですかね」


 吉田が後藤先輩の様子をうかがう。


「しょうがないなぁ」


 後藤先輩が明るく笑いながら言う。


「いやー、お前の話を聞くとネタが増えて助かるわー」


 俺がそういうと、吉田は俺の腹にパンチを入れる仕草をした。

 実際にはパンチが入らなかったが、とっさのことで驚く。


「な、なんだよ!」


「もうこれ以上、ネタにされたくないんだよ! ってか、あんまり外で言いふらすなよ!」


「あぁ……まぁ……ほどほどにしとくわ」


「頼むぜ、本当に」


 吉田が珍しく男っぽい顔で俺をにらみつけると、部室を出て行った。

 それを見送ってから振り向くと、川田先輩が吉田が出て行った扉をじっと見ていた。


「あれ? 川田先輩、やっぱり紹介して欲しかったんですか?」


「ん……いや、別に……」


 川田先輩の様子がおかしい。

 俺と視線を合わせないように視線を泳がせている。


「この前までメッチャ熱入れてたのに、どうしたんです?」


「い、いや、もういいんだ……」


 川田先輩がゆっくり首を振る。


「そう……なんですか?」


 川田先輩の態度に釈然としない気分でいると、部員たちが川田先輩をはやし立てた。


「なんだよ、いつもの馬鹿テンションを忘れたのか!? さっさとその女の子にぶつかって玉砕して来いよ!」

「川田のテンションの変わり具合まじヤバスwww」

「おいおい、俺たちを失望させるなよ」


「うるせえ! うるせえよ! いい加減にしてくれよ!」


 その煽りに律儀に答える川田先輩。


「もしかして、惚れてた相手が今の吉田だったとか?」


 部員の一人がそんなセリフを言った。


「…………」


 怒鳴っていた川田先輩が黙り込む。


 え?

 

 なんとなく事情を察する。


「あー……まじかよー……」

「まぁ、でも、あれは勘違いするよな。同情するよ」

「なんなら男でもいいって今から突撃してくれば……いや、なんでもない」

「ま、まぁ、なんだ、あんまり落ち込むな……」


 川田先輩に同情的になる部員たち。


「すげー展開……」


 川田先輩と部員たちを眺めながら、自然とそんな言葉が出た。


 悪い、吉田。


 面白ネタリストに、またお前のエピソードが追加された。


→[★NEW]サークルの先輩が女だと思って一目惚れした相手は、吉田(♂)だった

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