第3話 アドボ
午後4時半頃。
おやつを食べ終わった後、私は海外にいる両親にアクセスしようとしてた、現地時間は朝。
忙しい時間帯だろうなぁと思いつつ、
最近昼も夜もつながらないから気になっていた。
そもそもネット環境があんま良くないと聞いていたからしかたないんだけど、
今年入ってから一回しか連絡取れてないから、不安だった。
あきらめて一息入れようと部屋を出ると、コウタさんとリキさんが何やらモメている声が聞こえてきた。
さっきおやつ食べ終わったばかりなのに、
もう夕食の準備をはじめるらしい…。
「だからオレはゆで卵のがいいの!うちのレシピに入ってたのも、ゆで卵なんだからっ!」
「アンタ年考えなさいよ!年末の検診に引っかかったばかりでしょう?それにアタシだってカロリーオーバーになるから、イヤよ!」
「なんだよ、年・年言うな!それに、育ち盛りのミクル食わさなきゃなんたいだろ!?」
「あのコはおデブじゃないけど、決して痩せてるほうでもないから、気をつけるべきよ!!」
なにがなんだかわかんないけど、最後のリキさんのひとことにグサリと傷ついた、
確かに私は太ってはいない、だからと言って細いほうでもない。
世の中の女子高生的にはごく標準なのだけど、もう少し痩せたいと密かに思っちゃう乙女心はある。
「あのぅ…なんだかわかりませんが、私もう成長期終わってますし、あんまり太りたくないんですけど…」
私は揉めていた二人の間に入った。
「ほーら、ミクルちゃんはやっぱ女の子だから美容的に気にしちゃうでしょう、ジャガイモに決まりねっ」
リキさん、なんだかドヤ顔。
「ちっ…世の中の女ども、そーやってガリガリになりたがりやがる…餓死しちまえ!」
コウタさんが悪態をつく。
「だいたいなぁ、オトコもオンナも少しくらいぽっちゃりのがカワイいんだよ、オマエみたくな」
そう言ってリキさんを熱いまなざして見つめる。
「まぁ、イヤだわ、コウタさんってば!」
リキさん、頬を赤らめる。
ハイハイ、ごちそうさま…ってかんじだ。
私は冷蔵庫から自分が買ってきたペットボトル飲料を取り出し、一口飲んだ。
「あ、うちの冷蔵庫に入ってる飲み物、勝手に飲んでいいんだよ?ナオミさんから生活費振り込んでもらってるから」
コウタさん、ちゃんと冷蔵庫の中身を確認してるのね…。
同じ男でもウチの父親とは大違いだ。
「…はい」
親が生活費払ってるとはいえ、なんとなく遠慮してしまう。
「それよか早く肉を漬け込みましょうよ」
リキさんが冷蔵庫を開け、中から豚バラのかたまり肉を取り出した。
「買っておいて良かったわ」
続けて冷蔵庫のチルドの中に入っていたジップロックから、ニンニクを取り出した。
このニンニクだけど、先日みんなで皮を剥いてキッチンペーパーに
ホントはガーリックポットが欲しいのよね…とリキさんボヤいてたけど、モノを増やすなとコウタさんに言われて諦めてた。
コウタさんは無言で醤油やお酢を出し、
ボウルの中にトポトポ醤油を注ぎ続いてお酢もタポタポと入れた。
え、こんなにお酢を使うの!?
本当は分量訊きたかったけど、なんとなく真顔で調合しているコウタさんに声をかけづらかった。
続けて砂糖に粒コショウ3粒くらいとローリエを一枚入れ、かき混ぜていた。
リキさんは先程取り出したニンニク
「さて、と…」
コウタさんは袖をまくり、豚バラ肉をパッケージから取り出して全体にプスプスとフォークで穴を開けていた、
次に一口大にカットして先程の調味料の入ったボウルに入れ漬け込んだ。
「肉にフォーク刺したのは、ああやると調味料がよく染みるんだ」
こちらを向いて説明してくれる。
ここでやっと私は訊いてみたかったことを口にした。
「あの、お醤油とかの分量は?」
コウタさん、フッと笑う。
「んなもんテキトーだよ…まぁそうだな、肉1キロに対してだいたい醤油カップ半分くらいじゃねーかな?酢はそれより少ねーぐらい…で、砂糖は大さじ4ぐれぇ…って言いたいとこだが、リキくんが気にするんで、半分くらい減らしてるかな?」
んー、おおざっぱだな、なんてメモしよう…。
ここでリキさんが漬け込んだ肉の入ったボウルにラップし、冷蔵庫にしまいこんだ。
「はい、これで一時間寝かすわね」
「えっ、すぐに料理しないんですか?」
結構手間がかかるんだとビックリ。
「本当はな、一晩寝かしたほうがうめーんだがな、オレどーしても今すぐアドボ食いたくなったからな」
コウタさんが笑顔を見せた、良かった、ゆで卵案が却下され内心ガッカリだったのでは?って、ちょっと心配していたから…。
一時間寝かしている間、私は部屋へと戻り、再び遠い国に滞在する両親にアクセスしてみることにした。
すでにスマホから様々な手段でアクセスしてみたけれど全くダメ、まだ試してないSNSのメッセンジャーを使ってみることに…。
アプリ開いて母親のメッセンジャーにアクセスしてみたけど応答なし、次に父親のほうでやってみたけど誰も出ない…。
――どうしよう、なんかあったのかな!?治安ヤバそうな国だし、コロナもヤバそう…――
たまらなく不安になる。
ここで他のSNSで繋がっている友達からメッセージがきた、私は一旦両親のメッセンジャーを閉じ、やってきたメッセージを開いてみた。
『なにしてる〜?』
中学のとき、一番仲良かったユナからだった。
本当は遊ぶ約束していたのに、緊急事態宣言のせいで会えなくなったのだ。
『親に連絡しようとしてたけど、つながんなかった』
ユナは、ウチの事情を知っている。
最初のうちはすんごく心配してくれた、
そりゃそうだ、親戚とはいえほぼ面識ない40すぎた独身のオッサンの家で暮らすなんて、普通に考えたらヤバい。
しかも一緒に暮らすまでコウタさんがゲイって知らなかったし、リキさんという彼氏(…かな?)と同棲してることも知らされていなかったから。
もちろん母親はコウタさんの性の傾向を知っていたのだけど、前もって私に話すのためらってたっぽい。
覚悟決めてこの家へ来たとき、もう一人オトコがいて・しかも恋人と紹介され面食らったけど、それでかなりホッとした。
このことユナに話したら、すごい食いついてきたけど…。
『そっか、親と連絡取れないの、心配だね』
何かのキャラが心配してるような表情をしたスタンプも同時に送られてくる。
『ユナは何してた?』
彼女は私が行きたかった高校に通っているのだけど、進学校ゆえ授業と学校の雰囲気についていくのが大変みたいで、こうして離れ離れの環境になっても連絡取り合っていたりする。
『ヒマしてる笑』
今日は日曜日なのに、コロナのせいで出かけることも友達同士集まることもできない、ユナだけでなくヒマしてる人って多い気がする。
『なんか面白いことあった?』
ほらきた、ユナは最初のうちはコウタさんとリキさんのラブラブっぷりを聞きたがっていたけど(決してBL好きではないらしい)、色んな国の料理を作ってくれる話をしたら、それを楽しみにするようになっていた。
私はおやつの時間に食べたフィリピンの揚げバナナ・トゥロンのフォトを送った。
『なにこれ、春巻き?』
言われてみれば見た目春巻きにしか見えない。
『フィリピンの揚げバナナだって、トゥロンっていうの』
『おいしそ〜!』
ここでノックの音がコンコン鳴り響いた、
「そろそろはじめるわよー」
リキさんの声。
「はあい」
私はユナに夕食の支度にとりかかることを伝え、スマホを置いて部屋を出た。
「おう、もうはじめてんぞ」
キッチンへ入ると、デニム素材のエプロンをつけたコウタさんとリキさんがジャガイモを洗っていた。
――エプロンお
改めてこの二人はラブラブなんだと思い知らされる。
「おう、始めんぞ!エプロンしなくていいのか?」
今自分が着ているのは、部屋着がわりにもしている中学時代のジャージだったりする。
「いいんです、別にコレ汚れてもいいものなので」
二人がジャガイモを洗い終えたのを見計らい、私は手を洗った。
「ダメよー、ジャージなんて!女子力下がった干物オンナになっちゃうわよ?」
なんか、リキさんのほうが女子力ありそう…。
「エプロン実家置いてっちゃったんです」
そう、荷物の大半が実家だったりする。
「学校で調理実習はないのか?」
すかさずコウタさんにツッコミを入れられる。
「一応調理実習ありますが、今コロナで色々気をつけなければならなくて、学校が用意した使い捨てのビニールみたいなエプロン使っているんです」
高校入学してからしばらく調理実習の授業はなかったけど、去年の秋くらいから再開していた。
「へぇ、コロナの影響そんなとこまであったのねぇ…」
本当にコロナのせいでなにもかも変わった、去年高校入学したのに友達づくりもできなくて焦った(元々得意じゃないのに…)
「ほれ、皮むき頼むわ」
すでに黙々とジャガイモの皮むきを始めていたコウタさんにピーラーを手渡される、
私は黙ってそれを受け取りジャガイモの皮むきを始めた。
私がやっと一個むき終わるころにはコウタさんとリキさんはすでに2つ3つむき終え、四つ割りにしていた。
二人ともピーラー使わず包丁やペティナイフで器用な手さばきでジャガイモの皮をむいていた、
――やっぱりスゴいな…――
改めて感心してしまう。
見よう見まねで私もジャガイモを四つ割りにしてみる。
…ヘタっぴ…
誰が見ても明らかなくらい、四つに割られたジャガイモは均等じゃなかった、泣きたい…。
「おう、できたか」
コウタさんは気にもとめずに私が四つ割りにしたヘタクソなジャガイモを水を張ったボウルに入れた。
リキさんは、シンク下からお鍋を引っ張り出していた。
よくわからないけれどフランスの有名なメーカーのもので、きれいな赤いお鍋なんだけど、かなり重たかった。
「冷蔵庫から肉の入ったボウルを取り出してくれるかしら?」
「はい」
リキさんに頼まれ、ボウルを取り出して調理台の上に置く。
コウタさんとリキさんは、ジャガイモの水分をキッチンタオルで丁寧に拭き取っていた、私もそれを手伝った。
「よっしゃ」
ジャガイモを拭き終えたコウタさんは、
お鍋にオリーブオイルを入れた。
「あれっ?ココナッツオイルじゃないの!?」
リキさんが驚いたように声をあげる。
「ああ…前に作ったときにココナッツオイルを使ったのは、単に余っていたからなんだ。俺がフィリピン住んでたとき、ウチのメイドは普通にコーンオイル使ってた記憶ある…油は何でもいいんじゃね?」
ウチのメイドって……。
なんだかコウタさんがとんでもないお坊っちゃまなのでは!?って一瞬思ったけど、
だいたい東南アジアに駐在する人たちって、一家に必ず一人はメイドさんを置くもの…と、どこかで聞いたことあるのを思い出した。
「そもそもフィリピン料理にも醤油を使うのが衝撃よ、てっきり魚醤使うものとばかり思い込んでいたから…」
「まあな、いっぺんフィリピンの魚醤のパティス混ぜて作ったこともあるが、あれもなかなか旨かったよ」
「あら、それも食べてみたいわ」
「残念ながら、パティスどころか魚醤切らしてる」
「あら残念」
パティス…聞きなれない調味料だ、後でググっみようっと。
コウタさんはジャガイモを鍋で軽く炒め、
続けてボウルに入った肉を漬け汁ごと入れて煮込みはじめた。
「肉に火が通ってジャガイモ柔らかくなるまで煮るんだ、途中水分飛んだら少しだけ水を足してもいいが、あんま足すと味薄くなるから、ほどほどに…」
コウタさん、説明してくれたけど、なんかおおざっぱだな〜!
少しだけって、どれくらいなんだろ??
ふとリキさんのほうを見ると、サラダを作っていた。
「あの、そのサラダもフィリピン料理ですか?」
質問を投げかけると、リキさんは笑った。
「テキトーよぉ〜、だいたいレタスちぎってキュウリをスライスしてプチトマトなんか添えたら、サラダになっちゃうから」
ここで炊飯器がピーッと鳴った、炊き上がりのサインだ。
私はシャモジをサッと水に濡らし、
炊飯器を開けてご飯を混ぜた。
「ん、いい感じ」
しばらくしてから肉にもジャガイモにも火が通ったようで、味見をしたコウタさんが満足そうに微笑んだ。
リキさんがちょっと大きめな白いお皿を三枚持ってきた。
「これでいいかしら?」
「いいんじゃね?」
コウタさんは料理だけじゃなくお皿までこだわる。
次にコウタさんは収納棚から型を取り出して水でサッと濡らし、炊飯器からご飯を掻き出して型の中に詰め込み、お皿に乗せた。
そこまでやるなんて、なんかレストランみたい…。
型どったご飯の横にアドボを盛りつけた。
「出来上がり〜」
コウタさん、なんだか嬉しそう。
アドボはご飯と一緒に食べると旨いと言われたのでやってみたら、本当に美味しかった。
酸味の効いた豚肉とジャガイモが白いご飯によく合っていた。
「ジャガイモも悪くないな」
コウタさんはつぶやく。
私はアドボ自体を食べるのが初めてだからよくわからないけれど、ゆで卵が入ったのも食べてみたくなった。
飲み物は麦茶だった、この季節に?と不思議だったけど、フィリピンに住んでいた頃は一年中暑いため食事の時は必ず麦茶だとずっと前にコウタさんが話していたのを思い出した。
夕食を終えて後片付けをしてから、
私はいつものようにレシピを書きとめていた。
この家で暮らしはじめた頃はスマホでメモしていたのだけど、操作ミスで削除されてしまった痛い思い出があり、こうしてノートに書きとめるようになっていた。
フィリピン料理、アドボ。
材料は豚バラかたまり肉1キロ、醤油カップ1/2、酢カップ1/2より少なめ、砂糖大さじ2〜4、ニンニク一片、ローリエ一枚、粒コショウ3〜4粒くらい、ジャガイモ6個
ボウルに醤油と酢と砂糖、包丁の背でつぶしたニンニクとローリエと粒コショウを入れてよく混ぜる。
豚バラかたまり肉全体にフォークで穴を開け、一口大にカットし漬け汁にいれて寝かす(本当は一晩漬けたほうがいいみたいだけど、一時間でもOK)
ジャガイモは皮をむいて四つ割にし、水にさらして水分を取る。
鍋にオリーブオイル入れて熱し、ジャガイモを炒める。
肉を漬け汁ごと入れて煮込んで出来上がり。
今日も美味しくいただきました、
ごちそうさまでした。
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