第2話 王宮人造師ネネコ-2

 人間ではない。

 人間と同じように二本足で歩く異形、炎族だ。

 化粧っけのない青色の素肌に薄い寝間着を羽織り、豊満な乳房が透けて見える。少女は黴がこびりついた古い長衣を投げつけた。


「先生、巨大なおっぱいが透け透けですよ。だらしない」


「炎族の女は服を着ない。なぜなら素肌がもっとも美しいからね。けれど我があるがままの姿をさらしていては若いおまえが欲情して気が散るだろう」


 ネネコの外見は若い。

 だが炎族なので年齢はとうに二千を超えている。炎族は年齢によって肌の色が違う。幼年期は白、青年期は青、壮年期には黄色、そして老年期には赤。ネネコの肌は青い。炎族のなかではまだまだ若い証拠だ。


「頭脳明晰な召使いが来てくれて我は嬉しいよ。しかもその歳で士官学校第三位の早期卒業とは優秀だ。もしもおまえの目玉が左右ふたつきっちり揃っていたら首席だったろうね、あわれなデキャンタ嬢ちゃん」


「それは誰の名前ですか。私の名前はデキャンタではなくリクウェルです」


「これは失敬、オーティナル嬢」


「嫌がらせや意地悪で言い間違えるにしてもせめて上手いこと韻を踏むくらいの努力はしてくださいね」


 四度目の溜息は不発に終わった。隻眼の書記官リクウェルの臓腑にはもう吐き出すだけの息が残っていない。

 そのかわり、腹に据えかねた文句ならいくらでも吐き出せる。


「人造師になれば自身の肉体さえも自在に補修できるそうですね。私は文献で知ったのですが、はるか太古にはそうして自分の身を美しく改修した人造師も多かったのだとか。私はもともと稀代の美少女ですからこれ以上の容姿向上は望みません、ただ、母親の胎に置き忘れてしまった右眼を自らの手で造りたいのです。これが、この優秀な私がわざわざ王宮地下の人造師付き事務書記官なんていうとんでもない閑職を望んだ真なる動機です。そうとわかったらこんな大鍋なんて放って、はやく人造術を教えてください。できれば二年ほどの修行で私を一人前にするようお願いします。成人して婚期を迎えるまでに新しい目玉を造らなければ」


「美貌の少女弟子よ、なぜ焦るのだ。婚期までに目玉ふたつを揃えねばならぬ理由とは?」


「決まってるじゃないですか、エウサラス殿下のお妃選びに立候補するからです。私個人としては目玉の数なんて気にしていないのですが、やっぱり一国の王子妃となれば民の前に出る公務も多いでしょうから両眼が揃っていたほうがいいと思うし……」


 リクウェルは踵をあげて思い切り背伸びした。


「私は生まれた瞬間から優秀で、村に残してきた祖父を安心させるために五歳で都の士官学校に上がり八年間がんばりました。学友は男も女もそれ以外もみな官僚か武官になりましたが、私はぜったいにこの国のお妃になりたいのです。いやなってみせます、だってなぜなら私は殿下の運命、んぐっ」


 頬を赤らめて問わず語りを始めたリクウィルの言葉が、いきなり止まった。

 ネネコが微かに指先を振り、彼女の唇を封じたのだ。

 急に声を出せなくなったリクウィルは自分の顔に手をやる。そして喉の奥を震わせて声にならない悲鳴をあげた。

 口がない。

 顔面から唇が消えて、鼻から下がのっぺりとした肌になっている。


「……!」

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