第10話 BMW

 ウエディング・シャワーは無事に終わった。招待客の誰も、香織さんが警察に連れていかれたことに気がつかなかった。俺がお開きの宣言をして、香織さんが急用で抜けたことを言うと、そのまま素直に納得したようだ。真由ちゃんだけが、ちょっと不安そうな顔をして、何か言いたそうに俺を見ていたのを覚えている。俺は知らん顔をした。

 たくさんのギフトは、真由ちゃんの小さな赤いミニ・クーパーには入りきらず、入らなかった分は友達の車に載せた。真由ちゃんは俺にも佐藤さんにも丁寧に礼を言って帰っていった。

 

 翌日の月曜日は、「エコー」の定休日だ。いつもなら、俺はジョギングの後でゆっくりと朝食をとって、町に出かける。気が向けば映画を見たり、玉突き場に入り込むこともある。一週間分の日用品を買い込んでアパートに帰ると、コインランドリーで洗濯する間に、パソコンをいじくる。月曜日は、俺の衣服と心、両方の洗濯日だ。

 だが、今日はどこへも出かけなかった。

 ジョギングから戻ると、駐車場でシヴィックを洗ってやった。シャボンをつけたスポンジでゴシゴシとこすってから、車の屋根からホースで水を流すと、埃と泥とスモッグと鳥の糞が混じった泡だらけの茶色い水が流れていった。濡らした新聞紙でウインドウを磨いた後、勢いづいて、車の中も掃除機をかけた。俺の愛車は、ここ何年もの間になかったほど、中も外もきれいになった。

 洗車は、考え事をするにはいい仕事だ。もくもくと手を動かしながら、俺は頭の中でひたすら、答えの出ない問題を考え続けた。

 

 香織さんはなぜ、黙っていたのだろう?

 

 香織さんが実さんの殺された夜、「やまと」にいなかったことは、俺が一番よく知っている。あの夜、香織さんは九時少し過ぎに「エコー」に現れて、ウエディング・シャワーの相談を持ち掛けた。その後、俺に、家まで送ってくれ、と言った。自分の車は整備に出してるからないのだ、と言った。香織さんのアパートはパサデナだ。ダウンタウンから三十分はかかる。途中、事故の渋滞にひっかかって、着いたら十一時を少し過ぎていた。香織さんのBMWは車庫に無かった。だから、この点では、香織さんは刑事に嘘をついてる。

 なぜだ。

 整備に出したと言えば、警察はその整備工場を調べるだろう。調べられて困る理由は一つしかない。

 香織さんは車を整備に出したりしていなかったんだ。あの晩も、ちょっと変だとは思ったんだ。新車同様のBMWでもトラブルが起きたりするのかな、と。

 あの晩、車庫に車は無かった。盗まれたか? まさか。二日後には、香織さんは自分の車で「エコー」にやってきたじゃないか。

 すると。

 考えられるのは一つだ。

 火曜日の夜、香織さんは誰かに自分の車を貸したんだ。そして、その誰かが、実さんの殺された時間に、「やまと」の裏口に車を駐車していた。香織さんの車は目立つ。プライベートナンバープレートまでばっちり正確な目撃証言だ。見間違い、なんて見え透いた言い訳が通用するとは思えない。

 なぜ、香織さんは本当のことを警察に言わないんだろう。

 香織さんがあの晩、「やまと」にいなかったことは、俺が証言できる。俺だけじゃない。フリーウエイを降りた後、香織さんは、明日の朝のパンを切らしてた、と言って俺に深夜営業のドラッグストアへ寄らせた。店員は、香織さんと顔なじみらしかった。つまり、香織さんには確かな「アリバイ」があるんだ。でも、香織さんは俺にそのことを言わせなかった。あの強烈な肘撃ちは、何よりも雄弁に香織さんの意思を伝えていた。

 かばってるんだ。

 香織さんは、車を貸した誰かをかばってる。

 一体、誰を? そして、なぜ?

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