第4話 証言2 麻美さんの話

 俺は翌日、のりに電話をかけて、実さんが亡くなった日に「やまと」で一緒に働いていた同僚の名前を聞いた。昼番の咲枝さんは子持ちの主婦だそうだから、簡単に家をあけるわけにはいかないだろう。だが、ディナーウエイトレスの麻美さんは学生で、しかも、のりと同じ英語学校に通っているという。

「学校が終わってから、麻美さんと一緒に『エコー』に来いよ」

「ランチおごってくれる?」

「ランチはおごらない。クリームソーダぐらいならおごってやる」

「日本式のやつ?」

「ちゃんとチェリーもついてる」

「麻美さんに話してみる」

 ランチタイムの客が一段落した二時近くになって、のりと麻美さんがやって来た。麻美さんはすらりとした身体つきの、日焼けした健康そうな美人だった。ビーチバレーをやっているという。

 約束通り、メロンソーダにアイスクリームを浮かべ、チェリーをトッピングした日本の喫茶店式クリームソーダを出してやると、麻美さんは、懐かしい、と目を輝かせた。日本じゃスタバの方がおしゃれだろうけど、ここじゃアイスカプチーノより昔ながらの安っぽいクリームソーダの方が喜ばれる。無いモノねだりってやつさ。

 クリームソーダを飲んでる麻美さんに、俺は事件のあった夜の実さんの様子を訊ねた。

「別に変わったことなかったと思いますけど」

 麻美さんはアイスクリームをソーダの底にスプーンで押し込みながら言った。

「あんまり忙しくない日で、閉店してすぐに帰りました。実さんもそうだったと思いますけど」

「『やまと』の閉店は何時?」

「十時です」

「あの日、店にいたのは誰?」

「フロアにいたのはわたしと、マネージャーの梅田さん、寿司シェフが実さんとサントス、バスボーイ(テーブルの後片付けをするボーイ)がルディ、キッチンはカルロス、エマニエル、リオ、ミゲールです。いつものメンバーです」

「最後に店を出たのは誰?」

「梅田さんだと思います。裏口の鍵をかけて、警報装置のスイッチを入れて帰るんです」

「じゃあ、鍵を持っているのは梅田さんだけ?」

「実さんも持ってました。朝一番早く出勤するのは寿司シェフですから。あの日も、朝、実さんがいないから、裏口が開いてなくてキッチンスタッフが中に入れなくて困ったって聞きました。まさか、中で死んでるなんて誰も思わないでしょ」

「鍵はかかってたんだ」

「ええ。梅田さんが来て、開けたそうです。でも、どうしてこんなこと聞くんですか? わたし、知ってることは全部、警察に話しましたけど」

 俺は幡野さんと実さんの関係を説明した。

「つまり、実さんは弟弟子にあたるわけなんだ。それで、気にしてるんだよ」

 はあ、と麻美さんは納得したんだかしないんだかわからないような顔をした。

「でも、わたしに聞いても大したこと、わかりませんよ。実さんとはほとんど話したこともありませんから」

「でも、君は、『やまと』に一年近くいるんだろ?」

 麻美さんの隣にすわってずるずるとソーダを飲んでいるのりから得た情報だ。

「一年いたって、仕事以外で実さんと口きいたことなんかないです。年齢が全然違いますから」

 アメリカで暮らしていて「ところで、おいくつですか」と聞かれることは、相手が日本からの旅行者か留学生でない限り、まず絶対にない。履歴書にさえ、生年月日を書く欄はない。年齢を聞かれるのは、医者にかかる時くらいだ。おかげで、俺の年齢推定能力はかなり退化している。でも、おそらく、麻美さんはのりと同じくらいだとして二十歳台の前半だろう。実さんの正確な年齢は幡野さんも知らないらしいが、三十五歳前後じゃないか、と言っていた。

 麻美さんは口をとがらして続けた。

「年が違う上に興味の対象がまるで違うから、話すことなんかないんです。実さんに期末試験の話なんかしたってしょうがないでしょ?」

「でも、テレビとか映画とかスポーツの話なんかしなかった? 音楽とかは?」

「全然。テレビも映画も見ない人みたいでしたよ。お客さんがそんな話しても、へえ、そうですか、みたいな感じで。野球にもバスケにもフットボールにも興味なし。音楽は…一度、耳にイヤホンを入れてるから、何、聞いてるんですかって聞いたことあるんです。そしたら、スペイン語会話のテキストだって」

 麻美さんは、処置なし、といった顔をした。

「真面目なのはわかるんですけど、あんまり笑顔も無くて、わたしなんか最初、ちょっと怖いみたいに思いました」

「お店で実さんは誰とも話をしなかったの? マネージャーとか、もう一人の寿司シェフとかは?」

「みんな、梅田さんとはよく話してます。気安いというか、年が離れてるって気がしないんです。実さんも梅田さんとは普通に接してたと思いますけど、それ以上じゃないんじゃないかな。サントスはとっても陽気で、冗談ばかり言ってます。実さんとは本当は合わないたちだと思う。以前、サントスが、ミノルは酒も飲まず、遊びにも行かず、ギャンブルもしないし、ガールフレンドもいない。何が楽しくて生きてるんだろうって言ったことがありました。その時は、自分が遊び好きなもんだから、あんなこと言ってるって思ったけど、でも、考えたらその通りなんです。死んだ人のこと悪く言いたくないですけど、実さんって、近づきがたくて、よくわからない人でした」

 カウンターの向こうに立ち、うつむいて黙々と手を動かす実さんの姿が見えてくる。

「店の中で、実さんと一番仲がよかったのは誰だろう?」

「多分、ランチウエイトレスの咲枝さんじゃないですか。年が近いから。あと、仲がいいっていうのとはちょっと違うかもしれないけど、バスボーイのルディとはよく話をしてました。スペイン語会話の練習のつもりだったんだと思いますけど」

「何を話してたんだろう?」

「さあ。わたし、スペイン語はわからないんです」

 俺は礼を言って、麻美さんとのりを帰した。咲枝さんとルディから話を聞く必要がありそうだ。俺は幡野さんの携帯にメールして、森田さんから二人の電話番号を聞き出してもらうように頼んだ。今晩、あまり忙しくなかったら、早めに上がらせてもらって、どちらかに会いに行こうと思ったのだが、夕方、香織さんがエコーに姿を現したことで、計画はおじゃんになった。


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