第9話【さよならゲームルバーク】
「お」
ユーシアがオフィスビルから脱出すると、目の前の広場には人混みが出来ていた。
先程までグリムヒルド・アップルリーズが演説をしていた場所だが、今や凄惨な殺戮現場となっている。パトカーも数え切れないほど停まっているが、実況見分の真っ最中なのだろうか。
まあ犯人はすでに逃げているので見つからないだろう。見つけられるなら見つけてほしいものだ。
携帯電話を片手に広場へ集まる野次馬たちに苦笑するユーシアは、
「やっぱりやりすぎたかなぁ」
「そうですか?」
「うわ、ビックリした」
いつのまにか隣に見慣れた真っ黒いてるてる坊主――リヴが並んでいて、ユーシアは柄にもなく驚きを露わにした。もうすぐ三十路なので、手加減ぐらいしてほしい。
幽霊に対する耐性はあれど、こういうドッキリ系には耐性があまりないのだ。下手をすれば大衆の面前で得物である純白の対物狙撃銃を取り出すところである。
リヴはしれっとした様子で「すみません、驚かせましたか」などと言い、
「行きますか?」
「そうだね」
人混みに紛れて、悪党二人は殺人現場から立ち去る。
通行人は目の前で起きた事件に夢中で、その場から立ち去る悪党二人に興味がないらしい。携帯電話のカメラを向ける先には首のない死体と、嘲笑うかのように残された血文字がある。警察官に注意されても、彼らは何かに取り憑かれたように写真を撮り続けた。
一体何が彼らをそうさせるのだろう。凄惨な殺害現場に居合わせたことを世界中の人間に自慢するつもりなのだろうか。ユーシアとリヴからすれば「次はお前の番だ」と言いたいぐらいだが。
意気揚々と人混みに紛れるユーシアとリヴは、
「お腹空きましたね、何か食べて帰ります?」
「いいね。ネアちゃんとリリィちゃんにも何か買って帰ろうか」
「そうですね。リリィの奴はともかく、ネアちゃんのご機嫌を損ねたくありませんので」
「一応連絡してみようか。何がいいかなぁ」
ユーシアは懐から携帯電話を取り出すと、慣れた手つきで液晶画面を操作してスノウリリィの携帯番号を呼び出す。
通話ボタンを押すと、すぐに応答があった。
応答が早すぎる。何かあったのか、と心配してしまうが電話越しに聞こえてきた絶叫のおかげで杞憂に終わった。ついでにユーシアの鼓膜も終わった。
『ユーシアさん、街が大変なことになってるんですけど!?』
「やっちゃったよねぇ」
『のほほんとしていらっしゃいます!?』
「意外とね」
『どうするんですか、この街で生きていけないじゃないですか!!』
電話口で叫ぶスノウリリィに、ユーシアは当然とばかりに言う。
「当たり前じゃないの。裏社会の首領を殺しちゃったんだから、もうこの街で生きていけないよ」
『どうするんですか? コソコソ逃げ回りながら生活するんです?』
「だからこその旅行じゃないか」
そう、この為の旅行である。
裏社会の首領を殺してしまえば、このゲームルバークにはいられなくなる。この街で終わるのも嫌なので、どうせなら街の外に出て遊び歩こうかという結論に至ったのだ。
幸いにも、運び込まれた港から大量の金になりそうなアレコレをゲットしたので売って旅行資金にでもしよう。ユーリを経由すれば足はつかないはずだ。
「まあ、ネアちゃんとリリィちゃんは好きにしなよ。俺たちは旅行と称して街を出るつもりだけど」
『決まっているでしょう。私もネアさんもついて行くつもりです』
スノウリリィは驚くほどキッパリと言い放つ。
『あなた方を二人きりにしてしまうと、何をするか分かったものではありませんので。それに、ネアさんが寂しがるでしょう?』
「だよね。お前さんならそう言うと思ったよ」
『ええ。で? 何故電話をかけてきたんですか。無事を確認する為ですか?』
「お腹空いたから何か買って帰ろうかと思って。何がいい?」
『ぴざー!!』
スノウリリィの横で、ネアが腹の底から出る大声で主張してくる。
ピザか、最高の選択肢である。
そう言えば最近食べていないので、いいかもしれない。リヴにもその要求は聞こえていたようで、すぐに自分の携帯電話を取り出して近場にあるピザの店をピックアップしている最中だった。
出来る相棒の姿を横目に、ユーシアは電話越しにいるスノウリリィに問いかける。
「お姫様はそう言ってるみたいだけど」
『私も構いませんよ。ネアさんのはパイナップルが乗ってるものをお願いしますね』
「了解、リリィちゃんは何かある?」
『私は特にありません、皆さんに合わせます』
「分かった。じゃあ待っててね、誰か来ても鍵を開けちゃいけないよ」
『もう、ユーシアさんは私たちを何歳だと思ってるんですか』
スノウリリィは呆れた様子で笑うと、電話を切った。
それと同時にリヴの方でもピザ屋のピックアップが終わったようで、液晶画面に表示したピザの数々をユーシアに見せてくる。
最近のピザはメニューも豊富になったようだ。リヴから携帯電話を受け取り、液晶画面に表示されるピザのメニューに目を走らせる。
「シア先輩はどれにします?」
「お肉たっぷり乗ってるものにしようかな」
「いいですね。僕も今日はお肉の気分です」
「ガッツリ食べたいよね。ポテトと炭酸のジュースも買っちゃおう」
「あー、お客様困りますー、罪の味ですー」
「デザートはアイスね」
「お客様困りますー、罪の味オンパレードですー、やばいですー」
「だって悪党だもん」
「最高ですね。惚れちゃいそうです」
「惚れても弾丸ぐらいしか出ないよ?」
「惚れた相手に安眠をお届けするんですね、分かります。あ、そこら辺で車を盗っていきましょうか」
「長距離ドライブになるだろうから、リヴ君の好きな車にしなよ」
「わーい」
軽やかな足取りで駐車場に入っていく悪党二人は、平然と盗んだ車でゲームルバークの街並みを走っていくのだった。
☆
ゲームルバークで過ごす最後の夜のこと。
ユーシアはベランダに出て煙草を吹かしていた。
夜の冷たい風が頬を撫で、煙草独特の臭いを孕んだ煙が空へ昇っていく。星の見えない紺碧の夜空を眺め、一人でセンチメンタルな気分に浸っていた。
そんな時、ベランダの扉がガラガラと開く。
「柄にもないことをしてますね」
「うわ、リヴ君。どうしたの、急に」
「別に。アンタの姿が見えたので、ちょっと様子を見にきただけですよ」
いつもの
リヴは煙草の臭いを嫌うので、ユーシアは煙草を灰皿に押し付けた。
あまり相棒の嫌がることをしてやりたくないのだ。彼は非常に優秀で日常的に助かっているので、正直なところ離れてほしくない。
長めの前髪の隙間から黒曜石の瞳を瞬かせるリヴは、
「煙草を吸っていてもよかったのに」
「リヴ君、煙草の臭いが嫌いでしょ」
「別にアンタならいいですよ」
「副流煙でお前さんの寿命を縮めたくないしね。――あ」
ユーシアはすでに自分の煙草の箱が空であることに、今更ながら気が付いた。
仕方がない、深夜だけど買いにいかなければ。近場のコンビニであれば売っているだろうか。
やれやれとため息を吐くと、ユーシアの前に「はい」と煙草の箱が差し出される。見ればそれはユーシアがよく吸う銘柄で、すでに開封されている形跡があった。
顔を上げると、何やら見慣れた白い棒を咥えるリヴの姿が。
「未成年の喫煙は禁止されてるんだよ」
「残念ですが、僕のは棒つきキャンディです」
「あっそう」
「ですが、年齢は誤魔化せるので買っておきました」
「ありがとう。お金返すよ」
「大丈夫です。お願いを聞いてもらえれば」
「お願い?」
ユーシアはリヴから煙草の箱を受け取り、首を傾げる。
リヴがお願いとは珍しい、しかも対価を用意してきたものなど余計に。
一体何をお願いしてくるつもりだろうか。やっぱりゲームルバークから離れたくないとか、相棒関係の解消とかだろうか。
「僕が二〇歳になった時、シガーキスを教えてください」
「……そんなことでいいの?」
「はい」
リヴは口の端を吊り上げて笑うと、
「実はちょっと憧れです」
「可愛いとこあるね、リヴ君も」
「惚れてもいいんですよ」
「お前さんに惚れたら殺されそうだから止めとく」
ユーシアは「じゃあ吸っちゃお」と新しい煙草を咥え、安物のライターで火を灯す。
「ねえ、リヴ君」
「何ですか?」
「色々あったね」
「色々殺しましたね」
「ゲームルバークに未練は?」
「ありません」
「相棒を解消する気は?」
「ありません」
「俺のこと好き?」
「愛してます」
「冗談なのに」
「知ってます」
そんな他愛のないやり取りを経て、ユーシアは紫煙を燻らせながら問いかける。
それは何てことはない、ただの確認。
明日の朝ご飯の内容を問いかけるような、そんな気軽な質問。
「どこに行こうか、リヴ君」
それに対するリヴの答えは、
「アンタがいるなら、どこへでも」
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