第8話【さあ、幕引きを】

「何が……」



 ローザリアが守っていたはずのグリムヒルド・アップルリーズが遠くから狙撃された瞬間、亡骸を残さずに砂と化して消えた。


 事実を述べただけなのに、悪い夢を見ているように思える。

 だけど実際には違うのだ。これが本当に現実であり、グリムヒルド・アップルリーズという裏社会の首領はこの世から砂となって消え去った。


 ローザリアと睨み合っていたリヴは、笑いが隠せなかった。真っ黒な雨合羽レインコートのフードの下でニヤニヤと笑い、それから耐えきれなくなって声を上げてしまう。



「あーはははははは!! 無様ですねぇ、女王陛下様!! せいぜいあの世で冥府の王様相手に詭弁きべんでも吐き散らかしてくださいよ!!」


「貴様!!」



 ローザリアがその可愛らしい見た目に似合わず、汚い言葉で罵ってくる。


 しかし、リヴには通用しない。相手がどれほど威嚇してこようと、恐怖心など皆無だ。どれだけ罵倒されてもムカついて殺す程度でしかなく、恐怖心など一切ない。

 そんなものなど野良犬にでも食わせた。今はどこぞで野垂れ死んでいるのではないのだろうか。


 リヴはチェーンソーを掲げると、



「罵倒するだけで襲いかかってもこないんですから、七人の小人の【OD】も大したことないんですねぇ?」


「殺してやる!!」



 殺意を吐き捨てたローザリアが取り出したものは、病院などで見られる注射器だった。シリンダーの中では透明な液体が揺れ、それが何であるか簡単に分かる。

 何故なら、リヴもそのタイプの【DOF】を使っているからだ。身体に作用する異能力を持つ【OD】は、その分たくさんの【DOF】を投与する必要がある。


 濃度の高い【DOF】が揺れる注射器を腕に突き刺し、ローザリアは中身を注入する。



「七人の小人が一人だけ?」


「そんな訳がない」


「見えていないだけ」


「ほらこれで」


「もう見えるでしょ?」


「これが私の異能力」


「七人の小人の【OD】」



 異能力を発動したローザリアが、なんと七人に分裂していた。


 リヴが抱いた感想としては「あ、はい」という適当なものだった。もっと言ってしまえばどうでもいいとさえ思っている節があった。

 予想通りだったのだ、この分裂方法が。どうせ七人の小人だから七人に分裂するのかな、と適当に予想していたのが、見事に的中してしまつたのだ。


 これにはもう感想もクソもなかった。ただただ虚無である。



「クッソどうでもいいですね、まとめて殺します」



 リヴはチェーンソーを起動させると、首筋から【DOF】を投与して姿を掻き消す。


 ローザリアが一瞬だけ狼狽えたような表情を見せるも、時はすでに色々と遅い。

 七人に分裂したローザリアの背後に出現したリヴが、まず一人を狙ってチェーンソーを振る。血飛沫と一緒に生首が飛んだ。


 残った六人のローザリアが動きを止める。


 何が起きた、と言わんばかりの反応だった。

 見れば分かるだろう。殺されたのだ。そしてこれから蹂躙されるのだ、この六人は。


 目の前にいるのは、あのゲームルバークを騒がせた悪党なのだから。



「僕ですね、ショタってのは地雷なんですよ。同じ性別の奴が我儘言えば、それはもう大変ムカつきますね。容赦なく殺しますよ」



 純粋無垢な幼女と違い、野郎は萌えの対象外である。例えそれが女装していたとなれば尚更だ。騙されたと思ってもいい。

 人間がいるだけ萌えがあると言ってもいいだろう。同性が好きなら同性でもいいだろうし、リヴのように紳士を自称するロリコンも極めて多い。千差万別だ。


 何のことだ、とばかりの反応を示すローザリアの一人を屠りながら、リヴは続ける。



「相棒のシア先輩だけなんですよね、許せるのは。あの人がショタになっても女装しても、僕は問題ないです。職業柄、僕も女装しますので」



 また一人、また一人とローザリアを狩っていくリヴ。これで三人だ。



「なので殺します。容赦ないです、殺します。アンタをここで殺して殺して殺して殺して、その方が楽しそうなので殺します」


「狂ってる……」


「褒め言葉です」



 吐き捨てたローザリアの一人を、またチェーンソーで狩る。こいつら、回避という言葉を知らないのだろうか。


 あっという間に二人だけになったローザリアは、リヴ・オーリオという悪党をどうにか殺す方法を模索する。

 殺す方法などある訳がない。七人の小人は自分の分身を七人作るだけ、という使えるんだか使えないんだか不明な異能力だ。それを二人にまで減らされて、意味などあるのか。


 ギャリギャリガリガリとチェーンソーを起動したまま、リヴは足蹴にしたローザリアの死体を切り刻む。特に意味はない。見せしめだ。



「さて、どうします? どちらから死にますか? それとも両方死にますか」


「――――うああああああッ!!」



 ローザリアの一人が、捨て身の特攻を仕掛けた。相手はチェーンソーを持っているのに、随分と命知らずだ。


 だからこそ、リヴは「残念ですねぇ」などと言う。

 賢明な判断をしていれば、まだ痛い死に方はしなかった。あっちにはリヴの相棒であり、眠り姫の異能力を持つ天才狙撃手がいたのに。


 チェーンソーを振り上げたリヴは、特攻を仕掛けたローザリアを回避する。「え?」という反応を背後で受け止めた。



「僕が素直にアンタを殺すと思いますか。こっちには味方がちゃんといるんですよ?」



 ――――ァン、とどこかで銃声が響く。


 飛来してくるのは銃弾。それも絶対の睡眠薬を仕込んだ、特別製。

 その弾丸は寸分の狂いもなくローザリアの側頭部を射抜き、彼女の分身が膝から崩れ落ちる。眠り姫の異能力によって、分身は夢の世界へ旅立ったようだ。もう二度と放すことはない、夢の牢獄へ。


 だから言っただろう。

 賢明な判断をしていれば、痛い死に方はしなかった。



「いやー、本当に残念ですね。こんなところで女王陛下と一緒に死ぬんですね」



 起動されるチェーンソーを振り上げ、リヴは冷酷に笑う。


 目の前には固まるローザリア。目の前に振りかざされたチェーンソーの回転する凶悪な刃を見つめて、果たして彼は何を思うか。

 ――ほんの一瞬だけ、口の端が持ち上がる。



「あ」



 チェーンソーを振り上げるリヴは、それの存在に気づく。


 ローザリアの滑らかな手には、銀色に輝くナイフが握られていた。高級レストランでも見かけた銀食器である。

 小さな身長を生かして懐に飛び込んだローザリアは、チェーンソーの刃が届く範囲にいない。よく研がれたナイフの切先が、今リヴの心臓に突き刺さろうとする。


 ああ、なんと馬鹿なことだろう。



「馬鹿ですね、本当」



 命の危機に晒されているにも関わらず、リヴは笑うことを止めなかった。



「一人じゃないんですよ、僕は」



 タァン、という銃声。

 今度はハッキリと聞こえてきた。


 七人の小人の意識外から飛んできた対物狙撃銃の弾丸が、ローザリアの頬を掠める。その弾丸のおかげで我に返ったらしいローザリアの意識が、ほんの僅かにリヴから逸れる。


 あの相棒は分かってくれている、この合法女装ショタが誰の獲物であるかを。

 彼が与えてくれた一瞬の隙を見逃すな。



「じゃあ」



 リヴは親指姫の【OD】の異能力を使用して、ローザリアの目の前から掻き消える。

 幽霊の如く姿を消したリヴに、ローザリアが混乱したような態度を見せた。


 出現する場所など、一つしかないだろう。



「幕引きですね」



 ローザリアの背後に出現したリヴは、チェーンソーではなく小さなナイフで彼の喉元を引き裂く。


 ぶしゃり、と噴き出す鮮血。「かひゅッ」と息が漏れる音。

 ローザリアの小さな身体が、膝から頽れる。


 ピクリとも動かなくなったローザリアの死体を蹴飛ばして起き上がらないことを確認すると、リヴは張り詰めていた息を吐き出した。



「はーぁ、ようやく地雷撤去です」



 その姿を遠くから見ていたのか、リヴの携帯電話に着信があった。


 携帯の画面を見てみれば、それは見慣れた相棒の電話番号。

 どうやら終わったからと言って自殺をするようなことはなかったらしい。敵にも狙われずに済んだようだ。僥倖である。


 リヴは迷わず通話ボタンを指先で触れ、



「どうも、ナイスアシストでした」


『女王陛下様っていう獲物をくれたからね。そのお返しに』



 ふぅ、と電話越しに聞こえてくる煙草の息遣いに、リヴはちょっと安心する。



「では帰りますか」


『そうだね。――あ、そうだリヴ君。あの地雷はまだ形を保ってるんだよね?』


「そうですね」


『じゃあ、最後に悪党らしくさ』


「分かりました、最高です」


『まだ何も言ってないのに』



 リヴは相棒からの着信を切ると、ローザリアの首をチェーンソーを使って落とす。


 ボタボタと流れ落ちる真っ赤な液体をペンキの代わりにして、地面に文字を書く。

 それは最初と同じように。



「『Service you rightざまあみろ』と」

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