終章:命尽きるまでの旅路

終章【世界の果てまで】

「わーい、りょこー!!」



 旅行という名の逃避行を全力で楽しむつもりでいるネアは、車の後部座席でキャッキャとはしゃいでいる。その隣にいる銀髪のポンコツメイドことスノウリリィは、諸々の事情を知っているので楽しんでいる気配はない。


 助手席に乗り込んだユーシアは「ネアちゃん、しっかりベルトを締めようね」と言いながら、携帯電話で地図アプリを立ち上げる。

 交通の渋滞はなさそうだし、広い国土を有する米国の地方都市なので、近くの空港まで行くのが大変そうだ。これは何日かかかる旅になりそうである。


 いつもの如く運転席に乗り込んだリヴは車のエンジンをつけながら、



「どこへお行きになるか決まりました?」


「とりあえず東に」


「居酒屋で生ビールを注文するみたいなノリですね」


「だってそういう雰囲気じゃん」



 近くの空港から大都市の空港に乗り継いで、さらに東へ大移動である。まさに旅だ。


 東と言ってもパンダが有名な国やキムチが有名な国に行く訳ではない。

 もっと身近なところ――例えば相棒の故郷とか。



「ずっと行ってみたかったんだよね、極東」


「うへえ、趣味が悪いですね」



 車を滑らせるように発進させながら、リヴは見慣れた黒い雨合羽レインコートのフードの下で顔を顰める。



「殺したくなるほど人が多いですよ」


「殺しはしないの?」


「地方都市とは違って、極東は治安国家ですからね。色々と厳しいですよ」


「それなのに諜報機関とかあるんでしょ。大丈夫大丈夫」


「何が大丈夫なんですか……」



 ユーシアは携帯電話の液晶画面に指を走らせて、まずはメッセージアプリを呼び出す。


 慣れ親しんだ名前が並ぶ中、割と頻繁に連絡を取っている知人に『もう行くね』とメッセージを投げる。

 実は昨日の時点で『ゲームルバークを出るわ』という内容のメッセージを投げていたのだ。既読にはなかったが返信はなく、まあそういう間柄で終わるのかなと思っていた。


 今朝は珍しく既読がつくと、メッセージが返信される。



『これからもご贔屓に願います』



 それからポンとチケットの写真が添付された。



「ぶはッ」


「どうしたんですか、シア先輩」


「ユーリさん、極東行きの飛行機のチケット買ってる。俺たちよりも早い便だよ、絶対に向こうで店をやるつもりだよね」


「あの人も何だかんだいい人ですよね」


「都合のいい人?」


「そうそれ」



 まあ、向こうに知り合いがいてくれるのであればネアとスノウリリィも預けやすいだろう。そんなものである。



「おにーちゃん、りょこーはどこにいくの?」


「りっちゃんのお家だよ」


「わーい!! りっちゃんのおうちはどこ?」


「日本ってところだよ」


「にほん?」



 ネアが首を傾げると、ほっそりとした白魚のような指先を二本立てる。

 意味は違うが可愛い仕草である。運転中のリヴが「今物凄く吐血したいです」と言っていた。事故死という無様な死に方をするのは嫌なので遠慮してほしい。


 スノウリリィがやんわりと「違いますよー」と言い、



「確かにリヴさんのお家がある国ですが、平和で安全な国ですよ。美味しいものもたくさんありますし」


「たべもの!!」


「ネアさん、朝ご飯食べたばかりなのにもうご飯のことですか?」


「おいしいものはべつばらなんだよ!!」



 女性陣は女性陣で楽しそうだ。

 ゲームルバークを出ること自体、異論はなかった彼女たちだ。実はちょっとゲームルバークという世界に飽きてきていたのだろう。ネアにとってはいい思い出のない街である。


 バックミラーで楽しそうに会話するネアとスノウリリィを一瞥し、ユーシアは運転中のリヴに言う。



「最初は二人だったのにね」


「いつのまにか賑やかになりましたね」



 ネアとスノウリリィがいるので比較的安全な運転を心がけるリヴは、



「シア先輩」


「何かな、リヴ君」


「次の極東でも楽しいことがあるといいですね」


「そうだね」



 悪党二人を乗せた車は、ひっそりと他の車に紛れて米国の地方都市を痕跡一つ残さず立ち去った。


 彼らが米国のとある地方都市に残した傷跡は尋常ではないものの、彼らを見つけることはないだろう。

 何故ならこの世で最も自由で理不尽な大量殺人鬼の二人は、すでに新天地を求めて旅立ったのだから。



「リヴ君、次のところでは何をしようか」


「アンタと一緒なら何でも楽しめますよ」

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