第6話【一度目の死を】
相棒の狙撃手を送り出したリヴは、ハンドルに額を押し付けて息を吐く。
本当に、あの相棒は困る。
普段は
「これは期待に応えなければいけませんね」
携帯電話に受信したメッセージに返信をしてから、リヴは車を発進させた。
さて、どうしようか。
近くではあの憎たらしい裏社会の首魁――グリムヒルド・アップルリーズが「私、裏社会とは全く関係ありません」とばかりに演説をしていることだろう。考えただけでも腹立ってきた。あのババア、二度ほど殺してやりたい。
丁寧に信号待ちをするリヴは、どうやってグリムヒルド・アップルリーズを殺すか思案する。
「あのババアを殺すにはやはり後ろからの暗殺……いえ、それでは面白みがないですね。そもそもあのババアの暗殺はシア先輩に任せてありますし」
さて、どうするべきか。
なかなか変わらない信号にイライラしてきて、リヴはトントンと指先でハンドルを叩く。
どう頑張って考えても、面白い殺し方が思い浮かばない。自分が半殺しにしておいて、ユーシアにトドメを任せた方が面白いだろうか。
最後の最後なので派手に面白く殺したいとは思うのだが、どうしてもチープでつまらない殺し方になってしまう。
「お」
携帯電話にメールが受信をし、リヴは液晶画面に指を滑らせる。
それは相棒からのメッセージだった。
何かの録音データのようで、迷わずリヴは再生ボタンに指先を触れさせる。録音データは誰かと誰かの話し声のようで、どの声も聞き覚えのある声で聞き覚えのある内容だった。
その録音データを聞いたリヴは、真っ黒な雨合羽のフードの下でニヤリと笑う。
「やだー、シア先輩。抜かりがないんですから」
その声は弾んでいた。
あの狙撃手、本当に抜かりがない。こんなものを用意するとは、確実にグリムヒルド・アップルリーズを二度殺すことが出来る。
やはりユーシア・レゾナントールは最高の相棒だ。絶対に手放せない。生活面でも、この殺し面でも色々と。
ちょうど信号が青に変わり、リヴはアクセルを踏む。
「分かりました、シア先輩。最高の殺し方を見せます」
ポコン、と音が車内に落ちた。
見れば携帯電話が新たなメッセージを受信しているところだった。
ポップアップに記載されていたのは、文章によるメッセージ。相手は最高の相棒様からだ。
ユーシア:これなら楽しく殺せるんじゃない?
☆
視界良好、車通りも問題なし。人通りは多いが許容範囲内。
車の中から周囲を見渡しながら、経路を軽く確認する。地図アプリに表示される道順を脳内に叩き込み、ついでにユーシアの位置情報も確認する。
「シア先輩、動いていないみたいですね」
寝ている間にユーシアの携帯にGPSを仕込んだが、ユーシアには外されていない様子だ。面倒なので外していないのか、それとも自分には疾しいことなどないので外さないでいるのか。
まあ、どのみち外さないでいてくれるのであれば助かる。これでいつでも相棒の位置は把握し放題だ。
地図上にピコピコと反応を示すアイコンは、オフィスビルの屋上から動いていない。屋上にいないかもしれないし、屋上にいるかもしれない。位置は動いていない様子なので大丈夫そうだが。
「まあいいでしょう。――さて、やりますかね」
リヴは携帯電話を
ギアも最大に引き上げ、最大速度で急発進。
側を歩いていた一般人たちが「きゃあ!?」「危ねえな!!」と危険を訴えてくるが、車の中にいるリヴには聞こえている訳がない。
鼻歌混じりにハンドルを回し、歩道に勢いよく乗り上げる。そこかしこから悲鳴が上がり、ゴミ箱を薙ぎ倒しながら車は確実にグリムヒルド・アップルリーズの演説する議員選挙の会場に突っ込んだ。
「きゃあああああッ!?」
「わあああああああッ!!」
「誰!? 誰!?」
グリムヒルド・アップルリーズの支持者たちは、演説中の広場に突っ込んできた車に非難の声と視線を突き刺す。自分たちの安全が脅かされようとしたのだ、当然の反応である。
リヴはエンジンを止めて、何事もなかったかのように車から降りる。
晴天の下で真っ黒な雨合羽という非常に目立つ格好をしたリヴを見た支持者どもが、一斉に押し黙った。相手がゲームルバークで指名手配されている凶悪犯罪者であると知った途端、何も言えなくなったのだ。
先程までの非難の目線を引っ込めて、ジリジリと距離を取り始める一般人など、最初からリヴの眼中にない。あるのは目の前の高台でご高説を垂れる林檎のピアスが特徴のババアだけだ。
「貴方は……」
マイクを通して聞こえるグリムヒルド・アップルリーズの愕然とした声、
なかなかの演技派と見える。女優を狙えるのではないだろうか。
まあババアの演技力など興味ないので、どうでもいいのだが。
リヴは驚愕に目を見開くグリムヒルド・アップルリーズに、雨合羽の裾を摘んで優雅にお辞儀をしながら言う。
「ご機嫌よう、麗しの女王陛下様」
雨合羽のフードの下でニッコリと微笑み、
「で? こちらの支持者全員を殺せばいいんですっけ? ええ、お任せください。僕は殺すのだけであれば得意なので。一般人など目ではないですよ」
「な、何を言って」
「あれ? 違いました? おかしいですね……」
キョトンとした様子で首を傾げるリヴは、携帯電話を取り出す。
このまま馬鹿正直に録音データを再生したところで、一般人の耳には入らないだろう。携帯電話の音声を最大限に引き上げたところで意味などない。
よし、それならこうしよう。携帯電話を奪われないようにしっかり握りしめ、リヴはグリムヒルド・アップルリーズが立つ高台に登る。
グリムヒルド・アップルリーズは殺されないようにとリヴから距離を取るが、マイクの前から離れたのが敗因だ。
「先日、こんなに熱い勧誘をなさってくれたのに。お忘れになるとはボケましたか?」
そう言って、リヴは録音データの再生ボタンに触れた。
――ジジ、ザザザ、貴方がたの勧誘ですが。
――『
――え、リヴ君そんなところに所属してたの? 格好良くない?
――そうですか? 別に普通でしょう。
明らかにグリムヒルド・アップルリーズのものと取れる音声で、彼女の支持者がどよめく。
グリムヒルド・アップルリーズの顔色が、分かりやすく青褪めていく。
とてもいい表情だ。今まさに一度目の殺人の瞬間である。
――どうですか? 我がFTファミリーに下りませんか。今なら上層部の椅子をご用意しておりますが。
録音データはここで終了した。
このあとに続くのはユーシアとリヴがお断りする言葉だが、上手いこと削除されていた。さすが相棒、惚れ惚れする手際である。
リヴは「どうですか?」と言い、
「FTファミリーとはゲームルバークの裏社会を牛耳るマフィアですね。それでアンタはそこのボス……おや、上層部と言いますと最近僕たちが殺しました連中のことですかね? おやおや、上層部を殺した連中を幹部に勧誘ですか。精神状態どうなっています?」
「奴らが悪いのよ!!」
上品な口調さえもかなぐり捨て、グリムヒルドが反論する。
「奴らはスノウホワイトと結託して組織の転覆を図ろうとした、反逆者どもは処刑されて然るべきです!! 貴方がたが息子を殺した時、このまま組織の転覆を目論む上層部も処分させてしまえば完璧だと……!!」
「つまり、アンタは僕らを利用したんですね。自分の言うことを聞く組織とやらを守る為に」
グリムヒルドは息子のスノウホワイトの殺害を望んでいた。
だが、息子の周囲には反旗を翻した七つのおとぎ話が控えている。部下を使いに出しても返り討ちに遭うのは目に見えているのだ。
それなら、同じ【OD】をかち合わせてしまえばいい。順番は狂ったが息子のスノウホワイトは殺され、その側に控えていた七つのおとぎ話も屠られた。
七つのおとぎ話どもがどう思っていようが、一度でも反旗を翻せば敵だ。もう側には置けない。いつ寝首を掻かれるのか分かったものではない。
リヴは「そうですかぁ」と頷き、
「ところで、それ全部聞こえちゃってますけど。いいんですか?」
「――――ッ!!」
グリムヒルドはハッとした様子で周囲を見渡す。
彼女の支持者はドン引きした様子でババアを見上げていた。
議員でありながら、裏社会を牛耳る暴力団組織の首魁だとは誰が思うだろうか。こんなこと、あってはいけない。
緩やかに死んでいく女王陛下に、リヴは微笑みながら宣言する。
「死にましたね、女王陛下様。一度目の死です」
一度目は社会的な死を、それなら二度目は物理的な死を。
だが、その死を与えてやるのはリヴではない。殺したい相手は他にいる。
真っ黒な雨合羽の裾からチェーンソーを滑り落とし、さらに袖からは【DOF】が揺れる注射器を取り出す。ギラリと輝く針を首筋に刺し、背後を振り返る。
「貴様……!!」
「ははは。いやー、面白く殺させていただきましたよ。一度目ですが」
グリムヒルドの秘書、ローザリアが鋭い双眸で睨みつけている。
リヴはチェーンソーを拾い上げると、幽霊のように姿を消した。
さあ、二度目の死は彼に任せて地雷を処理しよう。
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