第5話【君と生きると決めたから】
「はい、わーん」
真っ黒な
「とぅー」
次いで雨合羽の裾から黒いパイナップルをばら撒いて、コンテナの群れごと連続爆破。
「すりー」
地べたを這いつくばる黒服の頭を踏みつけたリヴは、自動拳銃で脳天を撃ち抜く。
「ふぉー!!」
テンションが上がってきてしまったのか、雨合羽の下から爆竹を取り出してポイポイポーイと投げていく。
「……ねえ、リヴ君」
「何でしょう、シア先輩」
「テンション高くない?」
「そうでしょうか?」
グッタリとした状態の黒服の襟首を掴んで引き摺り回すリヴは、不思議そうに首を傾げる。フードの下に隠れる顔には疲労の色すら浮かんでいない。疲れ知らずか。
ユーシアは純白の対物狙撃銃を構え、後ろから鉄パイプ片手に襲いかかってきた黒服の側頭部めがけて振り抜く。
本当ならこんな扱いをしてはいけないのだろうが、まあこの対物狙撃銃はかなり頑丈に出来ているので鈍器として振り回しても大丈夫だろう。何度もぶん殴る為の鈍器として使っているが、壊れる気配がないのでありがたい。
呻き声を上げて倒れた黒服にボコボコと対物狙撃銃を叩きつけ、撲殺していく。
「この殺し方、結構疲れるんだよなぁ」
「シア先輩は狙撃手なんですから、遠くで僕の支援をしてくれてもいいんですよ?」
「もう今更だよ」
そう、今更狙撃ポイントを探したところで遅いのだ。黒服はすでに大半がリヴの手によって処されてしまい、もう数人残っていればいい方になってしまった。
テンションが爆上がりした状態のリヴに、誰も敵う訳がないのだ。ぶっちゃけ喧嘩を売る相手を間違えたのである、あの女王陛下ども。
運河に死んだ黒服をボチャボチャと捨てながら、リヴは「そうですか?」と言う。
「何人か残っているので、ソイツらを殺せばよくないですか?」
「弾丸が無駄だよ。リヴ君、遊んでおいで」
「わーい」
リヴはチェーンソーを片手に残った黒服の集団に突撃し、ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり!! と黒服たちをチェーンソーで切り刻んでいく。
生々しい音が耳朶に触れ、黒服たちの断末魔が鼓膜を震わせる。無残な死に方である。合掌。
対物狙撃銃をライフルケースにしまい、ユーシアは煙草でも吸おうかと砂色の外套を探る。凹んだ煙草の箱を取り出してクタクタになった煙草を咥えると、
「シア先輩、終わりましたよ」
「早くない?」
「一塊になっていましたので、殺しやすかったですよ」
「そうなんだぁ」
一服は諦めよう、とユーシアは煙草を箱に戻そうとする。
「あ、そのまま一服していてもいいですよ」
「何でよ。移動するでしょ?」
「僕はコイツらが所持していた武器を集めて、車を取ってきますので。シア先輩はここで待っていてください」
「働き者だね」
「いやぁ、これからシア先輩には楽しいお仕事をしてもらいたいと思っていますので」
「お? 珍しいね、リヴ君が俺に獲物を指定するの」
いつもならユーシアがリヴに殺す相手を指定するのだが、逆はあまりない。殺すとなったら自分で殺してしまうリヴである、ユーシアに殺人を依頼することはないのだ。
誰か殺す相手などいただろうか、と考えてから「あ」と思いつく。
そういえば、グリムヒルド・アップルリーズが議員選挙の会場にいたか。大勢の支援者の前でお得意の演説を披露している頃合いである。
そこを撃ち抜いて暗殺したら、どれほど楽しいだろうか。
「なるほどね」
リヴの言いたいことを理解したユーシアは、
「俺が女王陛下を殺してもいいの? リヴ君も殺したくない?」
「僕は合法女装ショタを殺しますので大丈夫です。そちらの殺意のせいで余裕はありません」
「なるほどぉ」
自分の地雷原を殺すのか、さすがリヴである。
「それにシア先輩、アリスの【OD】を殺した時にアイツをこの世から退場させたじゃないですか。あれをもう一度見せてくださいよ」
「いいよ。リヴ君がきちんと会場にいてくれるなら」
「僕は合法女装ショタを殺さなければならないので、会場にはいますよ。どうせアイツ、女王陛下のすぐ側にいるでしょうし」
「じゃあ、俺も頑張っちゃおうかな」
クタクタの煙草に火を灯し、ユーシアはリヴに「じゃあここで待ってるよ」と言う。
リヴはいそいそと散らばった機関銃やら鉄パイプやら爆薬やらを雨合羽の下に収納していき、ホクホク顔でFTファミリーが所持する車を盗みに行った。
親指姫の【OD】の異能力は、自分の身長や持ち物を親指サイズにまで縮めることが出来る非常に便利な異能力だ。元の状態に戻す時も自在で、リヴは雨合羽の中に大量の武器を隠し持っている。さすが暗殺者だ。
紫煙をそっと吐き出して、ユーシアは呟く。
「エリーゼ、今回も俺に協力してくれる?」
彼の隣には、膝を抱えて座る金髪の少女がいる。
恨めしげな視線を寄越してくる彼女は、ゆっくりと立ち上がってユーシアの砂色の外套を掴んだ。それが許可を出してくれたのか不明だが、触れられない少女の頭に手を伸ばす。
やはり指先は少女の頭に触れることなく通り抜けたが、彼女は猫のように目を細めただけだ。
「お前さんは許してくれないだろうけど」
――どうか自由に生きる俺を許さないで。
☆
FTファミリーの連中から車を盗み、ユーシアとリヴはグリムヒルド・アップルリーズのいる議員選挙の会場に急ぐ。
車を極限まで飛ばしながら、リヴは巧みなハンドル捌きを披露する。いつ警察が追いかけてきてもおかしくない速度だが、まあ彼の技術なら撒けるだろう。
これなら議員選挙の会場にも早めに到着しそうだ。車があるから、一般人すら轢き殺しながら突っ込みそうだが。
ユーシアは携帯と地図アプリで近くの建物を確認しながら、
「どこかに高い建物ないかな」
「いい狙撃ポイントはありますかね」
「あるといいんだけど――――あ」
地図アプリで議員選挙の会場付近を眺めていると、ちょうどいい建物を発見した。そこそこの高さのあるオフィスビルだ。身を隠すにも最適である。
議員選挙の演説は広場のようなところでやっているので、あの腐れババアの面も狙いやすい。ここなら大丈夫だろう。
地図上にピン留めをしたユーシアは、運転中のリヴに携帯画面を見せる。
「ここに行ける?」
「もうすぐ通りますね。了解です」
リヴはハンドルを回しながら、
「見えるんですか?」
「多分ね。この距離なら大丈夫だと思うけど」
「そうですか。まあ、アンタの狙撃手の勘を信じてますので」
リヴはちょうど見えてきたオフィスビルの前に車を停める。
議員選挙の会場も近く、多くの人が集まっているように思える。ライフルケースを背負った人間は真っ先に怪しまれるだろうが、人混みに紛れてしまえば分からないだろう。
周囲に警察官の姿がないことを確認してから、ユーシアは車の扉をそっと開ける。それから急いで出ようとするが、
「シア先輩」
リヴに呼ばれて、ユーシアは振り返る。
「終わったからって、自殺しないでくださいよ」
「自殺すると思われてるの、俺?」
「ええ、前科がありますので」
リヴはじっとユーシアを見つめると、
「僕が行ったら死んでました、なんて止めてくださいよ」
「善処するよ。自殺はしないけど、誰かに殺されてたらごめんね」
「笑えませんね」
「その時は地獄まで追いかけて怒りに来てよ」
ユーシアはいつもの曖昧な笑みで返すと、
「言ったじゃん、リヴ君。『僕の為に生きてください』って」
「そうですね」
「あの時自殺を諦めた時点で、俺はもうそうするって決めてるんだよ」
ユーシアはそう言って、車の外に出た。
静かだった車内と違って、外の世界はガヤガヤと喧騒が全身を包み込む。誰もユーシアの姿に気づいている様子はなく、忙しない足取りで道を行き交う。
その中にユーシアは自然と紛れ込んでいき、努めて存在感を消す。狙撃兵として戦ってきていた経験か、それともユーシア自身の存在感が元々薄いのか。
目当てのオフィスビルの前についた時、ユーシアは携帯電話を開く。慣れた手つきでメッセージアプリを呼び出し、最後まで心配していた相棒にメッセージを送った。
『終わったら旅行に行くって話しちゃったしね。死なないように努力はするよ』
すぐにアプリに返信があった。
『シア先輩の言葉を信じます。頼みましたよ』
その返信があった後、ゆっくりと離れていく一台の車。それを見送ってから、ユーシアはオフィスビルに足を踏み入れた。
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