第8話【そして最後に女王陛下は嗤う】

 深夜の激しい追いかけっこを終えて帰宅したその日の朝のこと、案の定スノウリリィの絶叫が部屋から飛び出した。



「な、なななな、なななななな!?」



 この前は黄金に光り輝くホットケーキという馬鹿げたものを作ったにも関わらず、再び過ちを繰り返そうとするポンコツメイドは、開けっ放しにされた冷蔵庫を指さして震えていた。


 彼女の言わんとすることは分かる。

 何故なら、冷えていたのだ。人間の生首が。



「首がーッ!?」


「うるさいですよ、朝から」



 深夜まで追いかけっこをしていたリヴは、まだ眠い目を擦りながら浴室から姿を見せる。



「とうとう盛りでもつきましたか?」


「首ですよ、首!! 女の人の生首!! 冷蔵庫に入っているんですが!?」


「ツバキ・ミョウレンジを名乗るアバズレのものですね」


「どちら様ですか!?」


「警察署長です」



 平然とした様子でとんでもねーことを口走るリヴに、スノウリリィの正気度がピンチだった。もう気絶してしまった方がマシかもしれない。


 絶句するスノウリリィをよそに、リヴは「寝かせてくださいよ、まだ八時でしょう……」などと呟いて欠伸をしながら寝床に戻った。

 深夜までずっと苛烈な鬼ごっこをしていたので、邪悪さを体現したてるてる坊主でも眠いものは眠いのだ。寝かせないと大変なことになる。


 ややあって、スノウリリィの絶叫にようやく反応を示したユーシアは、古びたソファからモゾモゾと起き上がる。



「ふあぁ……どうしたのリリィちゃん。そんなに騒いで」


「あ、あの」



 スノウリリィは今にも泣き出しそうな表情で、冷蔵庫の中で冷やされている女の生首を指差す。



「首が……首が冷えていらっしゃいます……警察の方、なんですよね?」


「そうだね」


「警察署長さん、なんですよね?」


「そうだねぇ……」


「…………殺しました?」


「かぐや姫の【OD】だったからねぇ。ふあぁ」



 スノウリリィに料理をさせるとまずいので、ユーシアは仕方なしに起き上がる。もう少し寝ていたかったが、起きたら劇薬が出来上がっていたら悪夢と思うしかなくなる。


 さて、生首の他に食材はあっただろうか。

 冷蔵庫の前で座り込んでいるスノウリリィを押し退け、ユーシアは朝食の食材を確認する。この前買い物に出かけたばかりなので冷蔵庫は充実しているが、やはりツバキ・ミョウレンジの生首がスペースを取っているようだ。


 なんかもう、邪魔になってきた。早く処分したい。



「あの、ユーシアさん」


「何かな、リリィちゃん」



 冷蔵庫からハムと玉子を取り出すユーシアは、スノウリリィに呼ばれて振り返ることなく応じる。



「こちらの生首さんは、一体どうするおつもりですか?」


「そんなの決まってるよ」



 慣れた手つきでフライパンに油を引きながら、ユーシアはスノウリリィの愚問へ馬鹿正直に答える。



「女王陛下へのプレゼント」



 ☆



 とある高級マンションの最上階。


 大きな窓から臨む景色は最高の一言に尽き、背の高い同じような高級マンションやビルが並んでいる。

 真下を見れば高級外車が豆粒のようになって道路を縦横無尽に駆け抜け、品の良さそうなマダムが可愛らしく着飾った犬の散歩をさせている。それらもマンションの最上階から見下ろせば、豆粒か塵にしか見えないが。


 ふかふかなソファへ優雅に腰掛ける厳格そうな女性は、灰色のタイトなスーツに身を包んで新聞を眺めていた。



「なるほど。ツバキ・ミョウレンジも死にましたか」



 新聞の一面には、首のなくなった女性の死体が噴水の縁に腰掛けている写真が飾られていた。彼女の身につけた衣服は血で汚れ、無残な死に様を晒している。

 きっと、この死体が飾られた場所は立ち入り禁止になり、さらに野次馬が携帯を片手にうろついていることだろう。警察官のまたとない失態だ、面白がる連中など大勢いる。


 しかし、女性は意に介さない。フンと鼻を鳴らすと、



「『次はお前だ』ですか。趣味が悪い」



 首のない女性の死体の側には、血文字で『次はお前だ』と書かれていたらしい。


 これを書いた犯人は決まっている。ゲームルバークを騒がせる、あの二人の大悪党だ。

 一般人さえ数え切れないほど殺し、裏社会の人間も関係なく殺し、新聞を読む女性の部下さえも両手の指では収まり切らないほど殺した。見境なく殺す大量殺人鬼であり、彼らの自由奔放な殺意を止められる人間はいない。


 ユーシア・レゾナントールとリヴ・オーリオ。

 眠り姫の【OD】と親指姫の【OD】とされる、狙撃手と暗殺者。



「非常に優秀な二人ですね。配下のお伽話を全て殺すとは、恐れ入りました」



 女性はふかふかなソファから立ち上がると、部屋の隅に控えていた黒服に視線をやる。


 彼女の意図を汲み取った黒服は、素早く書類の束を女性に渡した。

 書類の束には二枚の写真がクリップに留められていて、真っ白なコピー用紙にはビッシリと情報が書き込まれている。女性の配下である情報屋に探らせた、彼ら自身の個人情報やその他だ。


 コピー用紙にクリップで留められた写真には、くすんだ金髪で無精髭の男と真っ黒なてるてる坊主が映っている。二人とも写真に気づいた様子で、完全にカメラ目線でピースサインまでしていた。

 離れた位置から望遠レンズを使って撮影したのだが、何故か気づかれている。随分と他人の気配に鋭いようだ。


 女性は「素晴らしい」と褒めると、



「『白い死神ヴァイス・トート』と呼ばれた革命戦争の英雄と、日本の諜報機関『カゲロウ』のエースですか。これは是非、うちの部下にほしいところですね」

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