第7話【姫君の処刑の定番は】
時刻は二三時五〇分。
武器と体力の限りで逃げるかぐや姫の【OD】であるツバキ・ミョウレンジを追いかけ、殺しに殺しまくってようやくこの時間までやってきた。
残り一〇分、ここで逃がせば最初からだ。
「リヴ君、気合入れて!! あと一〇分!!」
「了解です、燃えてきましたねぇ!!」
本日で何度目か分からない【DOF】を注入して、リヴは幽霊のように姿を掻き消す。度重なる【DOF】の使用でそろそろ頭の
今も「ひゃっはー!!」と奇声と共にツバキの首を掻き切っていたが、例の如く回復してしまう。まだ元気に走り回る余裕があるのはさすがだ。
そう言えば、痛みは蓄積されないのだろうか。先程から対物狙撃銃の弾丸も受けているし、リヴに何度も首を狙われているから、痛みは積み上げられていると思うのだが。
「まあ、いいか!! どうでも!!」
そう、どうでもいいのだ。
馬鹿なことを考えている余裕はない。
かぐや姫が近くの建物に駆け込んで、そこを住処としたら終わりなのだから。
「初めからやり直しなんて真似はよしてよ――ね!!」
対物狙撃銃を構えると、ユーシアは遠ざかるツバキの後頭部を狙う。
ユーシアにしか見えない幻想の少女が、ツバキの頭を守るように抱きついている。じっと恨めしげにユーシアを睨みつけているのは、一日で何度も撃ち抜いたことを怒っているのだろうか。
いいや、死人に口なしだ。この際、あの幻想の少女のことなど気にしていられない。
「許してくれよ、エリーゼ」
小さく謝罪の言葉を呟いて、ユーシアは引き金を引いた。
射出された弾丸は、的確にツバキの後頭部をぶっ叩く。
頭に抱きついていた幻想の少女は姿を掻き消し、代わりにツバキは前のめりに硬いコンクリートへ倒れ込む。顔面からコンクリートの地面へ飛び込んでいくとは、実に痛そうだ。
しかし、かぐや姫はまだ起きる。弾かれたように起き上がり、ユーシアとリヴから逃げる為に走り出す。
「まーだ起きるよ、あの女!!」
「いえでもあと少しですよ、残り七分です!!」
「完璧に殺せるまで七分かぁ、長いなぁ……」
痛みさえもリセットされてしまうのだとしたら、それはもう本当に最強と呼んでも過言ではない。不死身って怖い。
逃げるツバキ・ミョウレンジを追い詰めて、彼女を開けた場所にまで誘導することに成功した。
愚かな月の姫君が逃げ込んだ先は、薄暗い夜の気配に包まれた公園だ。街灯だけが無機質な明かりを落とし、水を噴き出さない噴水が何かのオブジェのように公園の中央を陣取る。
ぜえはあと肩で息をするツバキは、黒曜石の瞳に恨みを目一杯込めて睨みつけてくる。
「どうして狙うの……!? 一般人を殺しに殺しまくった次は警察官を狙うことにしたの!?」
「まさか」
リヴが血塗れのナイフを雨合羽の袖の中にしまい込みながら、否定めいた言葉を放つ。
「警察官も一般人も、同じ人間でしょう? 殺したかったら殺しますし、邪魔なら殺しますし、必要であれば殺しますよ」
新しい大振りのナイフを
ユーシアとリヴは、いつだってそうしてきた。自分に忠実だった。
殺したければ殺し、邪魔をするなら殺し、必要に駆られれば殺した。そうして屍の山を積み上げて、なおも尊い命を簡単に潰そうとする。悪魔と呼ばれようが死神と呼ばれようが、ユーシアとリヴにとっては些細なことだ。
そして彼女を殺したい理由なんて簡単だ。
「お前さんがFTファミリーの一員で、あの憎たらしい女王陛下のワンちゃんだからね。そんな繋がりがなかったら、まあ、死ぬ可能性は減っていたかもしれないね」
ツバキ・ミョウレンジという女は、FTファミリーと関係を持つ警察署長なのだ。まあ、あのグリムヒルドとか言う女も表では政治家をしているが、マフィアなんてそんなものである。
仮にツバキがただの【OD】だったら、死ぬ確率は格段に減っていた。ユーシアとリヴに遭遇する確率など、犬が道端を歩いて棒に当たるほどの確率なのだから。
ああ、だから本当に不運だ。自分の運のなさを嘆くといい。
「アップルリーズ議員まで殺すつもりなの?」
「殺しますよ」
「だって邪魔だからね、あのおばさん」
グリムヒルド・アップルリーズをおばさん呼ばわりしたことが気に入らないのか、ツバキはキッと眉を釣り上げた。
「あの方をおばさんだなんて、許せない!! 撤回しなさい!!」
「撤回ですって。出来ますかねぇ、そんな馬鹿なこと」
「いやー、出来ないね。だってもう――」
ユーシアとリヴは、揃って公園に設置された時計を見上げた。
時刻は二三時五九分。無駄話が功を奏したようだ。
彼女が無駄な話をしてくれて、本当に助かった。これで正式に、家に帰りそびれたかぐや姫を殺せる。
その意味を理解したのか、ツバキ・ミョウレンジの顔も徐々に青褪めていく。
「あ、ああ……」
絶望に満ちた表情で、二人の大量殺人鬼を見やる哀れなかぐや姫。
そんな彼女に、大量殺人鬼たる彼らは無常にも現実を突きつける。
これは夢でした、なんてオチはつまらない。どうせなら絶望してほしい。
「お前さん、死ぬからね」
「アンタ、死にますから」
カチ、と時計の針が動く。
ゴーンゴーンという二四時を告げる鐘が鳴る。
さながらそれは、姫君の処刑を告げる鐘の音のようだ。
「嫌……嫌よ、嫌……何で……私が何をしたって言うの……?」
「さっきそれは説明したはずですけどね」
大振りのナイフを片手にジリジリと距離を詰めていくリヴの後ろから、ユーシアは純白の対物狙撃銃でツバキの眉間を狙う。
もちろん、射線上にはユーシアにしか見えない幻想の少女がいる。小さな身体でツバキを守ろうとしているようだが、残念ながらその行動は無意味だ。
「おやすみ、かぐや姫」
ユーシアは引き金を引く。
タァン、と極力抑えられた銃声と共に弾丸が放たれ、的確にツバキの眉間を撃ち抜いた。
すでに不死身の異能力を手放してしまったかぐや姫に、永遠の眠りを与える弾丸は効果覿面だった。撃たれた衝撃で仰け反った彼女は、そのまま仰向けで地面に倒れ込む。
額を赤くするツバキ・ミョウレンジは、安らかに眠っていた。
「どうします、これ?」
「うーん」
もう目覚めることのないツバキを見やり、ユーシアは言う。
「首を落としちゃおうか。ほら、女王陛下の手土産にさ」
「いいですね」
雨合羽の袖に大振りのナイフをしまい込み、リヴは雨合羽の裾からチェーンソーを滑り落とす。
ギザギザの歯が街灯の明かりを受けて鈍く輝き、早くこの女の首を落としたいと告げているようだ。妖刀か何かか。
チェーンソーを稼働させながら、リヴはユーシアに問いかける。
「では、残った身体はどうします? バラバラにして捨てます?」
「いや、いいよ」
ユーシアは、ふと噴水に注目した。
すでに水は噴き出していない状態だが、人間を座らせるほどの台座はありそうだ。
ならばこの台座に座らせておけばいいだろう。どうせやっちまったことだし。
「あそこに座らせよう」
「おや、晒し者にするおつもりで?」
「まあね。今回は厄介だったから」
ライフルケースに純白の対物狙撃銃をしまい込み、ユーシアは「それと」と言葉を続ける。
「女王陛下にもお手紙を出しておこうと思ってね」
――――次はお前だ、と。
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