第6話【ムーンライト・デッドヒート】

 見せしめのようにエプロン姿の女性を殺して、変なオブジェとして庭先に飾ったところで標的であるツバキ・ミョウレンジが帰ってきた。


 ちょうど夕食の買い出しから帰ってきたユーシアとリヴは、家の門の前で呆然と立ち尽くすツバキに近寄る。

 もちろん、相手を殺す為だ。ユーシアは陽動で、リヴは本命。きちんと役割分担が出来ている。



「入らないの?」



 ユーシアが何気なく問いかければ、驚いた様子で彼女が振り返る。


 艶やかな長い黒髪に東洋人らしい黒曜石の瞳。役職の割には可愛らしい顔立ちをしていて、本当に警察学校を卒業してキャリアを積んだ警察署長か疑問に思えてしまう。そこら辺の売れないアイドルが一日警察署長をしていると言われても納得できてしまうほど、彼女に警察署長としての威厳がない。

 警察の制服を脱ぎ捨てた彼女は、簡素なスーツと低めのヒールという格好だった金を持っているのだから、もう少し派手な衣装を身につければいいのに。そうすれば、いきなり殺されたとしてもそれが死装束になる。


 いつものように曖昧な笑みを見せたユーシアは、



「じゃあ死のうか」



 すでに体内へ【DOF】を注入し、親指姫の異能力を使って縮んだリヴが、ツバキの背後から手を伸ばす。


 ぬぅ、と伸びた手には小さめのナイフが握られていた。鈍色に輝く刃は、女性の柔肌など簡単に引き裂けるほど鋭い。

 言葉以上の殺意を白刃に込めて、リヴはその切先をツバキの柔らかい喉元に突き立てた。ぷつり、とあっさり突き刺さるナイフ。引き裂かれる喉。


 ぱっくりと裂けた喉から大量の鮮血が流れ出るが、



「はあ、はあ……け、警察署長の家に不法侵入とはいい度胸ですね」



 首を引き裂かれたというのに、スーツの胸元を血液で目一杯に汚したツバキが地獄から蘇る。


 やはり簡単に死んではくれないようだ。

 とはいえ、こちらも弱点をすでに聞いている。いくらでも対処の方法はあるのだ。


 ユーシアは外套のポケットから、リモコンのような装置を取り出す。

 黒い本体には赤いボタンが取り付けられ、明らかに押してはいけない雰囲気が漂う。赤いボタンを親指の腹で撫でながら、こちらを睨みつけてくるツバキに装置を見せつけた。



「これなーんだ」


「そ、それは……」



 表情を引き攣らせるツバキは、



「何ですか?」



 ずっこけそうになった。



「わあ、分かってないみたいだね」


「シア先輩、このアバズレ脳天気すぎでは? むしろ脳味噌がないのでは?」


「本当だよ、頭の中身を疑いたくなるね」


「私のことを遠回しに馬鹿って言ってませんか? これでも警察署長ですよ?」



 ジロリと半眼で睨みつけてくるツバキを、ユーシアとリヴは揃って鼻で笑った。



「警察署長ですって。大した実力もないのに、よくもまあ吠えますね」


「実力はあるわ!! だって私、死なないもの」


「そこが問題じゃないの?」



 ユーシアは赤いボタンの位置を指で確かめながら、



「警察官がさぁ、魔法のお薬を使ってどうするのよ。どうせお前さんも頭のどこかがおかしいんだよね」


「私は貴方たちと同類ではないわ!!」



 毅然と言い返してくるツバキだが、その主張も飽きてきた。


 自分を立派な人間だと思い込んでいるのだろうが、裏社会でマフィアと繋がっている以上、まともな人間とは言えない。

 部下にはその事実を伝えているのか不明だが、明かせば確実に元の日常には戻れないだろう。ここで死ぬか、あとで社会的に死ぬか――どちらが最良かなど馬鹿でも理解できる。


 しかし、頭がパッパラパーな警察署長には分かっていなかったようた。



「私は、私は……強い!!」



 何の根拠を叫んでか、リヴに向かって殴りかかってくるツバキ。



「えいや」



 殴りかかってくるツバキの拳を華麗に避けたリヴは、逆に彼女の顔面をぶん殴った。相手が女だろうが何だろうが関係なく、鮮やかな右ストレートが突き刺さった。


 ひん曲がる鼻、弾け飛ぶ歯。

 鼻血が夜の世界に飛び散り、ツバキが呆気なく吹き飛ばされる。


 コンクリートの硬い地面に倒れ込んだツバキは、ぶん殴られた顔をさすりながらユーシアとリヴを睨みつける。



「こ、この、女性を殴るなんて」


「相手が女であっても殺しますよ、僕は」


「正直なところねぇ、お前さんを生かしておいても俺たちに利益はないからねぇ」



 ユーシアは背負っていたライフルケースを足元に落とし、中から純白にカラーリングされた対物狙撃銃を構える。

 近距離なので照準をしなくても弾丸を当てられる。ユーシアにしか見えない幻想の少女が目一杯に両腕を広げて、倒れ込んだツバキを守ろうとしていた。


 あの白雪姫の継母の側近は、生かしておく必要はない。いても邪魔になるだけだ。残さず戦力を削いでいき、最終的にあのアバズレの首級を挙げるのだ。



「あの女王陛下の側近は全員殺しておこうかと思ってね。大人しく死んでくれると嬉しいんだけど――」



 純白の対物狙撃銃を構えるユーシアは、先程まで握っていたリモコンを真っ黒なてるてる坊主に手渡した。


 黒い雨合羽のフードの下でにっこりと満面の笑みを浮かべたリヴは、ユーシアからリモコンを受け取ると迷いなく真っ赤なボタンを押した。

 明らかにやばいと感じる真っ赤なボタンだ。確実に何かが仕掛けられているのは予想できる。


 ――ボカンッ!! とツバキ・ミョウレンジの自宅が爆発したのは、ボタンを押して直後のことだった。



「なッ――」



 暗い夜の闇を照らすように赤々と燃える自宅を見上げ、ツバキは唖然とした。


 彼女はかぐや姫の【OD】である。自宅に帰らなければ、不死身の異能力は消えてしまう。

 今まさに、その自宅は燃えてしまった。まさか燃え盛る自宅に飛び込んでまで不死身の異能力を回復するような真似はしないだろう。


 ユーシアとリヴは燃え盛るツバキの自宅を背にして、清々しいほど綺麗な笑みを浮かべた。



「さあ、楽しい楽しい鬼ごっこの始まりだよ」


「死にたくなければ一生懸命逃げてくださいね」



 その姿は、もはやラスボスである。



 ☆



 血塗れのスーツを纏った女性を、対物狙撃銃とナイフという武器を片手に追いかけ回すという地獄絵図が展開されていた。


 傍目から見ればやばい奴だが、落ち着いてみても本当にやばい奴である。過去を振り返ってもやばい奴だということが嫌でも分かる。

 通報? そんなもの意味はない。追いかけられているのは警察署長だし、応援として警察官がやってきてもおそらく無惨に殺されて終わる。


 建物に逃げ込もうとするツバキに素早く狙いを定め、ユーシアは引き金を引く。銃口から放たれた弾丸がツバキの頬を掠め、彼女は慌てた様子で建物から離れる。



「さっさと殺されちゃいなよ。楽になるよぉ」


「だ、誰がッ!!」



 ツバキは建物と建物の間に滑り込んでユーシアとリヴをまこうとするが、



「こーんばーんはー」



 親指姫の異能力を使って先回りしていたリヴが、ツバキの前に姿を見せる。その凶悪さと言ったら、まるで悪魔のようだ。親指姫の名前など似合わない。


 ツバキは「きゃあ!?」と叫んで逃げようとするが、彼女が逃げ込んだのは周りに隙間のない狭い路地裏である。

 そして追いかけていたのは、純白の対物狙撃銃を構えるユーシアだ。遮蔽物すらなく、彼女の身を守れるのは不死身の異能力だけだ。



「じゃあ、おやすみっと」



 引き金を引けば、弾丸は真っ直ぐにツバキめがけて飛んでいく。


 弾丸は的確にツバキの眉間をぶち抜くが、傷一つない。ユーシアは眠り姫の【OD】であり、その異能力は撃った相手を強制的に眠らせるのだ。

 その際に傷は一切つかず、痛みすらなく安らかな眠りにつける。不眠症も完璧に永眠させる素敵な異能力だ。


 しかし、ツバキは死なないし眠らない。【OD】の異能力であっても、それを無効化できるようだ。



「な、何なのよもう!!」



 ツバキは悪態を吐いて、その場から駆け出す。


 悪態を吐いたのは、悪党の方も同じだ。

 相手はどうやっても死なないのだ。どう頑張っても殺せないのだ。確実に敵として立ちはだかってきた連中を殺してきたユーシアとリヴからすれば、殺しても死なない相手は厄介極まりない。



「どうして死なないんですか!!」


「頑張ってリヴ君、あと二時間!!」


「シア先輩は平気ですか?」


「弾丸の余裕はあるよ。ここに来る前に調達したからね!!」


「用意周到ですね。僕も今回ばかりは気合を入れますよ!!」



 タイムリミットの〇時まで残り二時間、どうにかツバキを殺し続けて本当に殺すのだ。

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