第4話【かぐや様のお家】

 裏側の世界に逃げ込めば確実に追いかけられるので、表社会のファストフード店に滑り込んだユーシアとリヴは、とりあえず水だけで粘る迷惑な客になり済ますことを選ぶ。


 店の外では大量の警官がウロウロと歩き回っており、血眼でユーシアとリヴを探している。このままでは見つかるのも時間の問題だ。

 どうせなら警官も大量に殺しちゃいたいところだが、奴らは犯罪者を捕まえることに長けた連中である。一般人を殺す感覚とは違って、本格的に武装しなければ大勢の警官を相手に出来ない。


 プラスチックのコップに注いだ水をガブガブと飲み干すリヴは、



「リリィの劇薬料理を顔面で受け止めておきながら、アイツはまだ生きてるんですか。もはやおかしくないですか?」


「おかしいでしょ。もう色々とおかしいよ」



 スノウリリィの劇薬クッキングの犠牲者に何度も選ばれているユーシアとリヴは、あの料理が持つ特性を誰よりも理解している。


 あれは食べてはいけない食べ物なのだ。

 何故なら一口食べただけでも幻覚を見ることが出来ちゃうから。命を削る麻薬のようなものである。本人はどうやらちゃんとした料理と思っているようだが。


 それなのに、あの女性警官は幻覚症状すら見せずに起き上がったのだ。よくもまあ起き上がれたものである。普通なら昇天してもおかしくないのに。



「ここはもう最終手段だね」



 ユーシアは真剣な眼差しでそう言うと、懐から携帯電話を取り出した。

 慣れた手つきでとある番号を呼び出し、例のあと人のところへ電話をかける。三度の呼び出し音を経て、相手と電話が繋がった。



『あーい、もしもし』


「こんにちは、ユーリさん」


『ユーシアじゃねえか。さっきぶり』



 電話の相手は当然ユーリである。

【DOF】の製作者の弟子であり、自らも【DOF】を調合する仕事をしているので、彼はやたらと【OD】に詳しい。今回も頼りにさせてもらおう。



「セントラル警察署の署長が【OD】なのは知ってる?」


『あー、ツバキ・ミョウレンジのことな。知ってる知ってる、不死身のかぐや姫の【OD】だ』



 あっさりと情報を明かしたユーリは、



『何? 次は警察署長を殺すつもりか?』


「出来ればそうしたい」


『お前らなら考えられるけどさァ』



 電話越しに深々とため息を吐くユーリ。FTファミリー関係の【OD】を軒並み殺しているので、相当呆れていることだろう。


 まあ、今回もユーシアとリヴの意思は変わらない。

 あの女性警官は殺す。何をやっても絶対に殺す。たとえ警官を犠牲にしても、絶対にあの女性警官はこの手で殺してやるのだ。それほど今回の殺意は強い。


 ユーシアは「頼むよ」と言い、



「あの警官は絶対に殺したいんだ」


『理由は?』


「そこにいるから」


『割と理不尽な理由だったな。でもまあ、いつものことか』



 ユーリは『やれやれ』と呟くと、



『かぐや姫の【OD】は不死身でな、何をやってもケロッと生き返る。身体をミンチにしても生き返るから、アリスの【OD】と並んで最強だ何だと言われてた』


「アリス……」


『あ、暴走すんじゃねえぞ。ちゃんと情報を渡すんだから聞いとけ』



 アリスという名前を聞いて嫌な光景が脳裏をよぎったユーシアに、ユーリが暴走しないように注意する。



『でも、かぐや姫の【OD】には一つだけ弱点がある』


「弱点?」


『家だよ、自宅のこと。かぐや姫の【OD】は一日に一度、必ず自宅に帰らなけりゃ不死身の能力を失っちまうんだよ』



 ユーシアは相棒の真っ黒なてるてる坊主に目配せをする。


 携帯電話から漏れ出る声をしっかりと聞いていたらしい彼は、目深に被った雨合羽レインコートのフードの下で小さく頷く。

 視線を合わせただけで理解してくれるとは、嬉しい限りだ。本当によく出来た相棒である。



『かぐや姫の童話があるだろ、月に帰らなきゃいけないってあれ。あの部分になぞらえてんだろうな、きっと。だから家に帰らなきゃ不死身の能力を失い、家に帰ることが出来れば誰もが恐れる不死身の能力が継続されるって寸法だ』


「なるほどね」


『だから、帰る家をなくしちまえばいい。帰る家をなくした上で〇時を過ぎれば、不死身の能力は失っちまう』


「そうなんだ」


『でも気をつけろよ、ユーシア』



 電話の向こうにいるユーリの声は、やけに真剣みを帯びていた。



『帰る家をなくしただけじゃダメだ。別の家に逃げ込まれれば、そこが帰る家と認識されて不死身の能力が継続される。だから、どこの家にも帰らせずに足止めをしなくちゃいけねえ』


「分かった、ありがとうユーリさん」


『ッたく、今回で終わりだからってよォ。お前らは一応、オレのお得意さんなんだからな? いなくなってくれるなよ?』


「その時はネアちゃんとリリィちゃんの面倒をよろしくね」


『うおい、死ぬ気かお前ら!! 待てコラ、ユー』



 何か説教が始まったので、ユーシアは強制的に通話を切った。


 さて、問題はかぐや姫様のお家の所在だ。

 警察署長なので、きっといい家に住んでいることだろう。家を爆破しなければならないのは得意分野だ。


 本日三杯目の水を注ぐリヴは、



「死ぬ気ですか?」


「いや全く」



 ユーシアはちゃんと否定する。


 もちろん、死ぬつもりは毛頭ない。

 ここまで来たら死なずに、かぐや姫と白雪姫の女王陛下を殺して平穏を手に入れるのだ。


 今まで手をつけていなかったプラスチックのコップに手を伸ばし、ユーシアは温くなった水を口に含む。



「ここで死んだらつまらないでしょ。絶対に嫌だね」


「では電話を切ったのは何故?」


「うるさかった」


「とても面白い答えで僕は大満足です」



 きっと電話の向こうでユーリはキレているだろうが、構うものか。情報提供と、ネアとスノウリリィの保護をしてくれるのであれば文句はない。



「問題はかぐや姫の自宅の爆破だけどさ」


「自宅の所在地ですね、分かります」


「どうする? 尾行でもしてみる?」


「いえ、その点に関しましては僕にお任せください」


「お」



 ユーシアは瞳を瞬かせる。


 リヴの前職は諜報官だ。重要機関に潜入して情報を抜き取ってくることを仕事としていたので、警察署長の自宅の住所ぐらい簡単に抜き取れるのだ。

 彼の【OD】としての異能力も諜報官向けであり、情報収集に最適な人材である。これ以上ないぐらい適役だ。


 自信満々に胸を張るリヴは、



「元とはいえ、僕は諜報官ですよ。警察署長の自宅の住所ぐらい簡単に探ってきますよ」


「さすがだね、リヴ君。じゃあ任せてもいいかな?」


「ええ、大船に乗ったつもりでお待ちください」



 相棒がそう言っているのだから、ここは彼に任せることにしよう。


 きっと彼なら上手くやってくれる。

 ユーシアはリヴの仕事が成功することを確信して、彼に情報収集を依頼した。



 ☆



 散々フラグを立てておいたが、リヴ・オーリオという青年が失敗する訳がなかった。


 裏社会にある使われていない雑居ビルの一室を占拠するユーシアの携帯電話に、ピコンとメッセージアプリの通知が届く。

 液晶画面を確認すれば、そこには一枚の写真が掲載されていた。指先でポップアップに触れてみると、写真が画面いっぱいに表示される。



「わーお、凄い早い」



 なんと、そこにはあの女性警官の身分証明書の写真があった。


 財布をスられた上に身分証明書まで抜かれるとは、やはり間抜けな警官だ。殺した方が世の為、そして悪党の為である。

 こんな間抜けな警官がトップとは警察も終わったものだ。


 ユーシアは煙草を吹かしながら、メッセージアプリに返信する。



「さすがだね、リヴ君っと」



 メッセージアプリにはすぐに文章が書き込まれる。



 リヴにゃん:当然でしょう、僕ですよ?


 リヴにゃん:今から戻ります、雑居ビルから動いてませんね?


 リヴにゃん:動いていないことを確認しました、向かいます。



 連続で三つの文章を打ち込んできたリヴのタイピング能力に舌を巻くユーシアだが、その内容が非常に気になった。


 この場にリヴはいないのに、どうして動いていないことを知っているのだろうか?

 まさか何か監視カメラ的なアレがあるとか?



「リヴ君、見えてるのっと」



 ポチポチと文章を打ち込めば、



 リヴにゃん:アンタの携帯にGPS仕込んでますので。


 リヴにゃん:監視してますよ。


 リヴにゃん:二四時間、いつでもどこでも。



 何故かストーカーちっくになった相棒の文章を眺めて、ユーシアはそっと携帯電話をポケットに戻した。



「そんなことしなくても監視してるようなものだと思うけどなぁ」



 なんかもう、自分に対して色々と螺子をぶっ飛ばしすぎではないだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る